第188話 灼熱の暴君

 東京港区にあるミッドタウン・タワーの屋上。そこにいたのはファメールの探索者シーカーたち。


「おお! 来とる来とる。ホンマにでかい竜やで」


 天王寺明人は手でひさしを作り、遥か遠方の空を眺める。


「あんなんと戦えると思うだけで、テンションが上がってきよる」


 左手に持った"雷槍ゲイ・ボルグ"を肩に乗せ、楽しそうに笑っていた。


「おい、天王寺! 遊びじゃないんだぞ。ここで探索者シーカーが全滅すれば、もう打つ手はない。国が滅亡するかどうかの瀬戸際だ!」


 ファメールのリーダー逢坂に叱責され、明人は「はいはい」と両手を上げる。


「分かっとりますよ。ワイも命かけて戦いますから」


 軽いノリで言った明人だが、これが重要な戦いであることは当然分かっていた。

 一匹でも多くのエンシェント・ドラゴンを屠り、できれば【赤の王】に一撃を入れる。そのためには自分の命も投げ出す覚悟があった。


「問題はワイの"雷槍"の攻撃が届くかどうかやな」


 上空にいる竜の群れはどんどん近づいてくる。いくつもの炎の柱が見えた。

 恐らく、竜が炎を吐きながら飛んでいるのだろう。


「好き勝手しよって」


 明人はギリッと歯噛みする。その時、一筋の閃光が空を走った。

 一瞬、なにが起きたのか分からなかったが、光が落ちた場所に視線を向ける。すると激しい輝きが辺りを包んだ。

 数秒遅れて爆音が鳴り響く。


「なんやっ!?」


 衝撃波がやってくると、屋上にいた探索者シーカーたちは吹き飛ばされそうになる。

 明人は驚愕した。【赤の王】の攻撃だ。地平線に赤い炎が広がり、キノコ雲が天を突く。


「くそっ! あれは八王子あたりか!?」


 逢坂が顔をしかめて彼方を見る。


「そんな遠くでこんな衝撃が来るんかいな! 洒落にならんで」


 明人も顔を歪めた瞬間、頭上で二筋の閃光が走る。一方は富士山の峰に、もう一方は神奈川方面に着弾した。

 激しい爆発が巻き起こり、粉塵が上空に昇る。


「また街が吹き飛んだんちゃうか!?」


 少し遅れて爆発音が聞こえてきた。


「まだ避難は終わってないはずだ……それに富士山は活火山だぞ! 何発も攻撃されたら噴火するかもしれん!!」


 逢坂は爆発音に負けない声で叫んだ。煙を上げる富士山は、峰が大きく削れているように見える。


「確かに、あんなもん何発も撃たれたら……」


 明人は眉間にしわを寄せ、竜の王を見る。中央区の上空からゆっくりと下降しビルの合間にドスンと降り立つ。

 周囲にぶありと土埃つちぼこりが舞い上がり、建物の窓が割れていく。

 明人は顔を引きつらせた。


「嘘やろ……二キロ以上離れとんのに、体が焼かれるように熱いで!?」


 明人だけではなく、ファメールの探索者シーカーたちも熱さに耐え、絶望的な表情で竜の王を見る。


「あんなもん、どうやって倒すんや!?」


 ◇◇◇


 首相官邸の地下にある官邸危機管理センター。

 都内に何台も設置した定点カメラから、光回線を通して映像が送られてきた。大型モニターには何分割もされた【赤の王】が映し出される。

 途轍もない爆発が起こる度、会議室から悲鳴が聞こえた。


「あれが……赤の王」


 高倉がモニターを凝視してつぶやく。

 赤くギラギラと輝く鱗に覆われ、大きな翼を広げる。エンシェント・ドラゴンに似ているが、より禍々まがまがしい姿をしていた。

 頭にはいくつもの角が伸び、鋭いキバを覗かせる。

 値踏みするように周囲を見渡すとおもむろに口を開け、灼熱の炎を吐き出す。火炎は一キロ近く大地を這い、直線上の建物を飲み込んでいった。

 燃え上がったビルは溶解し、運悪く屋上にいた探索者シーカーたちは灰になって消えていく。

 空を舞う無数のエンシェント・ドラゴンも次々と炎を吐き、東京の街並みを火の海に沈めていく。それは、まさに地獄絵図。

 ビルの上から魔法を放っていた探索者シーカーたちも、エンシェント・ドラゴンの炎に巻かれ、虫けらのように死んでいく。

 まるで敵を屠ることを誇るように、竜たちは悠然と空を泳いだ。

 赤の王は上空に向かって咆哮を放つ。耳をつんざく轟音。

 ただそれだけで辺りのビルは倒壊し、瓦礫が吹き飛ぶ。自衛隊は砲弾やミサイルを遠距離から撃ち込むが、【赤の王】に当たる前に蒸発してしまう。

 竜の体から溢れ出す"炎の障壁"を突破できないのだ。

 高倉は立ち眩みを起こし、一歩後ろに下がった。

 は人間が敵うような存在ではない。この生物こそが地球の支配者。食物連鎖の頂点なのだ。人間は捕食される側にすぎない。

 赤の王が連続で火球を放つ。神奈川、千葉、埼玉、山梨、静岡に次々と着弾して、都市を消し飛ばしていく。住民の避難が終わっていない場所だ。

 上空まで噴煙が昇り、かなり離れているはずなのに足元が揺れている。

 高倉が振り返ると、ミーティングテーブルに座る岩城が目に入った。モニターも見ず、一人頭を抱えている。

 もはや指揮をることもなく、ただ絶望しているようだ。

 高倉は頭を振ってモニターに目を移す。


「もう……なにもできないのか?」


 ◇◇◇


 上空を飛行する大型輸送ヘリ"CH-47チヌーク"が、東京へと入ってきた。

 操縦席の窓から外を見た悠真と自衛官たちは、思わず息を飲む。都心にモクモクと煙が立ち込め、至る所から火の手が上がる。

 ビルは倒壊し、家々は瓦礫と化していた。

 その上空を数百匹の竜が我がもの顔で飛んでいる。


「もう、こんなに被害が……」


 川原はうめくように言う。悠真も頷いた。この竜は今まで戦ったどの魔物より凶悪で厄介だ。

 さらに視線を移せば、破壊された街の中心に巨大な竜がいた。


「あいつが……【赤の王】」


 悠真が顔をしかめていると、輸送ヘリは高度を上げ、着陸できる場所を求めて旋回する。


「今から安全な場所を探して着陸します! 少しだけ待って下さい」


 ヘリのパイロットがそう伝えると、悠真は首を横に振った。


「いえ、竜たちの真上に行ってください。そこから下に飛び降ります!」

「えっ!?」


 川原を始め、その場にいた自衛官は驚いた表情を見せる。


「飛び降りる!? 危険すぎます、三鷹さん! パラシュートはありますが、素人が簡単に使えるものじゃありません」


 否定する川原を見て、悠真は苦笑した。


「パラシュートは使いません。そのまま飛び降ります」

「そんな!」

「みなさんも知ってると思いますが、俺の体は特別なんですよ。高い所から落ちたぐらいじゃ死にませんから」

「で、でも……」

「川原さん、俺を信じて下さい」


 悠真に真剣な目で見つめられた川原は、口を真一文字に結んで黙り込む。しばらく考えたあと、意を決したように立ち上がり、操縦席のパイロットと話をする。

 パイロットは頷き、コレクティブ ・レバーを引き上げた。

 機体の高度はさらに上がり、竜のいる中心部へと向かう。


「竜の攻撃を受けない高さまで行きます。かなりの高度になりますが、本当に大丈夫ですか?」


 川原が心配して聞いてきたが、悠真は「はい、大丈夫です」と明るく答える。


「体調はどうです? 毒の影響が酷いんじゃ……」

「だいぶ良くなりました。今なら戦えると思います」

「そうですか……分かりました」


 ヘリは【赤の王】がいる地点の上空に差しかかる。ホバリングで空中に停止すると側面のハッチが開いた。

 機内の空気が抜け、巻き起こる風で衣服がバタバタとはためく。

 悠真はヘルメットを外し、ジャケットを脱いだ。


「俺が飛び降りたら、安全な場所まで避難して下さい!」


 風の音がうるさいため、悠真は大声で叫ぶ。

 川原も「分かりました」と大きな声で言う。悠真はハッチの横にあるポールを掴み、川原の顔を見る。まだ不安そうに眉を寄せていた。


「大丈夫、必ずうまくいきますよ」


 明るく笑った悠真に川原は頷き、「ご武運を」とだけ伝える。

 悠真は「ありがとう」と返し、そのまま扉の向こうへと消えていった。

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