第189話 舞い降りた巨神

 街に火の手が上がっている中央区の日本橋三井タワービル。

 その屋上に二人の男の姿があった。


「おい! 早くしろ、いいが撮れねえだろうが!」

「田野浦さん、かんべんして下さいよ。こんな所にいたら死んじゃいますよ」

「大丈夫だ。化物たちとは距離があるしな。それに死ぬ時はどこにいたって死ぬさ」

「も~う、滅茶苦茶ですよ」


 ぶつぶつ文句を言う小太りの後輩、多田に舌打ちしたのは、太陽図書の記者である田野浦だった。

 ビルの上から遥か遠方を見据える。

 数多の竜が天を舞い、多くのビルが倒れ、炎が辺りを蹂躙する。およそ現実の出来事とは思えない。


「こんな面白い映像が撮れるんだぞ! ぶつぶつ言ってんじゃねえ」


 田野浦が勤める太陽図書はWebに記事を上げていたが、同サイトにはニュース動画もアップしていた。

 今回は生放送と銘打ってWebで煽った結果、信じられないほどの待機者が集まっていた。地上波のニュース番組が軒並み停止しているせいだろう。

 部下の多田に小型のIPカメラを持たせ、通信用のケーブルを繋いで中継を試みる。


「でも先輩、あの竜のせいで回線がぶっ壊されて、動画を配信できる場所は限られてるみたいですよ」

「いいんだよ。繋がる所にいる人間だけでも相当の数だ。太陽図書始まって以来の最高視聴数になるぞ! 興奮するじゃねーか」


 テンションを上げる田野浦の横で、多田はゲンナリする。午後二時十八分。

 危険な場所からの生中継が決行された。避難所に設置されたインターネットテレビや回線に繋いだパソコン画面など、限られた環境ではあるが配信された。

 視聴した人々は街が焼き尽くされる様子を見て息を飲む。

 そして――


「おい、待て!」


 避難するため商店街を走っていたアイシャと神崎。電気店のウインドウから見えるテレビを見てアイシャが立ち止まる。


「なんだ? テレビの中継か?」

「いや……"マナ"の影響で放送用の電波は使えない。ネットの回線だろう」


 個人で営む小さな電気店のようだ。アイシャが扉を開き中を覗けば、五十代ぐらいの夫婦が荷物を持って出てきた。


「おい、あんた。これはリアルタイムの映像か?」


 アイシャが尋ねると、白髪の男が顔を向ける。


「ああ、そうだ。そいつはネットに繋いであるんだ。それより、あんた達もさっさと逃げた方がいいぞ!」


 そう言って電気店の夫婦は走り去っていった。


「テレビも電気も付けっぱなしで施錠も無しか……さすがに不用心じゃねえか?」


 神崎が言うと、アイシャはフルフルと首を振る。


「こんな終末期みたいな世界じゃ、火事場泥棒もいないさ」


 アイシャは店の中に入り、テレビを見る。

 遠くから撮られているようだが、【赤の王】と思われる巨大な竜の姿を捉えていた。

 竜王が尻尾を振れば爆発が起き、あらゆる物を吹き飛ばす。口から灼熱の炎を吐けば、建物があっと言う間に溶けていった。

 もはや東京の街並みは原型をとどめない。破壊の限りを尽くされている。


「避難が終わってるとは思えない。相当な死人が出ているな」


 アイシャが呟くと、神崎は顔を曇らせた。


「そりゃそうだろう。それにしても、なんで東京の中心に居座ってんだ? とっとと飛んでいけばいいだろ」

「恐らく人口密集地が分かるんだ。に、都心から関東全域に攻撃してるんだろう」


 アイシャは冷静に分析した。赤の王には知能がある。

 人間を全て駆逐し、自分たちの生息圏を確保するつもりだ。だとすれば自分たちに生きる場所はない。

 考え込んでいるアイシャに対し、神崎が声をかける。


「おい、もう行くぞ! ここもすぐ火に飲まれちまう!」

「ああ……そうだな」


 二人が店の外に出ようとした時、アイシャは目の端でなにかを捉えた。


「待て!」


 アイシャの叫びに、神崎は「ああ?」と言って足を止める。


「どうした?」

「なにか落ちてきた」

「落ちてきた?」


 神崎はテレビに目を移すが、遠くから撮影しているため、ハッキリと分からない。

 だがアイシャは真剣な眼差しで画面を凝視していた。


「一瞬……人のように見えたが」

 

 ◇◇◇


 頭から落ちていく。激しい風が顔や体にぶつかり、目を開けることもできない。

 体温は奪われ、寒さが全身を駆け巡る。悠真は「ふんっ」と力を入れた。体に激痛が走る。

 川原には体調が良くなってきたと伝えたが、あれは嘘だ。

 体の痛みは消えておらず、力もうまく入らない。気を抜けば意識を無くしそうになる。体調は最悪だ。それでもやるしかない。

 全身が黒く染まり、徐々に『金属』へと変わっていく。

 衣服は『液体金属』の中に取り込まれる。体は二回り大きくなり、黒い鎧に覆われる。頭からは長い角が伸び、獰猛なキバが生えてきた。

 金属鎧になったことで視界が開け、地上の様子が見える。

 落下する直線上に飛んでいる竜がいた。悠真は右手の甲から剣を伸ばし、全身に【水の魔力】を宿した青い筋を走らせる。

 エンシェント・ドラゴンに近づいた瞬間、凄まじい衝撃が悠真を襲う。

 竜が放つ"魔法障壁"にぶつかったのだ。だが、水の魔力を纏った悠真の体は障壁を突き抜け、落ちていく。

 竜と交錯した刹那、右手の剣を振るい、首をやすやすと斬り落とした。切断された首は宙を舞い、竜と共に落下してゆく。

 悠真も重力に逆らうことはできず、そのまま地面に落ちていった。

 大きな衝撃音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。

 百メートル以上先にいた【赤の王】は炎を吐くのをやめ、顔を向けた。

 そこにはエンシェント・ドラゴンの死体があり、すぐ近くにむくりと立ち上がる人影があった。

 赤の王は興味深そうにを見つめる。竜の本能が、決して見過ごせない存在だと警鐘を鳴らしていた。


 ◇◇◇


 悠真は頭を振り、フラつきながら立ち上がる。

 周囲を見渡せば、首を失った竜の死骸があった。どうやら飛んでいた竜は倒せたようだ。

 前を見る。そこには異様な魔力を纏う巨大な竜がいた。

 こちらを見下ろす竜に、悠真はハハと笑う。


「すげー威圧感だ。こんなヤツがいるのか……」


 マナを感じる能力がない悠真でも、この魔物の強さは否応なく分かった。ビリビリと空気が震え、"熱耐性"によって感じるはずのない熱気が体に伝わる。

 とうてい戦いになるような相手ではない。

 悠真は胸を押さえ、一歩下がった。『金属化』しても毒による痛みは取れない。

 立っているのがやっと。呼吸が浅くなり、ハァハァと肩で息をする。赤き竜王は顎を開き、口内に炎を集めた。

 どうやら手加減する気はないようだ。

 悠真は足を踏ん張り、まっすぐに【赤の王】を見る。この魔物を倒さない限り、この国では誰も生きられない。

 家族やマメゾウ、学校の友達やルイ、それに楓の顔が頭をよぎった。

 避けられない戦い。絶対に倒さなきゃいけない相手。

 悠真は胸を強く押して語りかける。


「おい、聞いてるかデカスライム!? 俺の力じゃアイツには勝てない。お前の力が必要だ!」


 体に変化はない。だが『黒のダンジョン』でキマイラを倒した"デカスライム"の力は絶対に必要だった。


「いるんだろ? 俺の中で生きてるはずだ。このままじゃ一緒に殺されちまう!! それでもいいのか!?」


 赤き王の口から炎が漏れ出す。開かれた顎はこちらに向けられた。

 "炎のブレス"。喰らえば跡形も無くなるだろう。だが悠真は焦りを見せなかった。


「お前が出てきても、今度は意識を持っていかせねえからな。あくまで主導権は俺、お前を使いこなすのはこの俺だ!!」


 竜王の口は限界まで開き、莫大な魔力が放出される。


「お前の力を、貸しやがれーーーーーーーーーーー!!」


 吹き下ろされた火炎は全てを飲み込む。炎は止まることのない波となって、大地を焼き尽くした。

 ビルも路面も、なにもかもが蒸発してゆく。

 次の瞬間――爆発したように粉塵が空に昇った。辺りにいた探索者シーカーたちは何事かと目を向ける。

 空高く舞い上がった粉塵が徐々に収まると、そこには巨大な人影があった。

 それは【赤の王】に匹敵する大きさ。頭からは長い角が伸び、全身は黒い鎧で覆われる巨人。

 両肩には身の丈ほどのシールドがついており、青い筋が幾重にも走っている。

 その盾で竜の火炎を防いでいた。ダメージを最小にしたいという悠真の願いが巨人の姿を変えたのだ。

 竜に向けていた盾を持ち上げ、【赤の王】と正対する。

 "黒き巨人"と"赤の竜王"が睨みあう。悠真は自分の意識が保てていることに安堵し、ゆっくりと呼吸を整え前を見る。


「さあ……始めよう」

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