第187話 東京へ

「幕僚長?」


 悠真が手を離すと、川原はすぐに姿勢を正し、慌てて敬礼する。どうやらお偉いさんのようだ。


「私は陸上自衛隊統合幕僚長、御子柴だ。君をここへ運ぶように指示したのは私でね」

「あなたが……」

「君は戦いにいくつもりなのか?」


 毅然とした態度で聞いてくる御子柴に対し、悠真も背筋を伸ばそうとする。


「……守りたい人たちがいるんで」


 御子柴は「そうか」とだけ答え黙り込む。しばらく考えたのち、後ろに控えていた部下になにかの指示を出した。

 再び悠真を見た御子柴は、フゥーと息を吐く。


「君がどうしても行くというなら、我々に止める権利はない」


 その言葉に驚いた川原は「し、しかし」と口を挟もうとする。だが、御子柴は鋭い眼光を向け、目で制した。

 川原はなにも言えなくなり、緊張した面持ちのまま直立する。


「三鷹さん。関東は今、竜の襲撃を受けているが、ただ多くの竜が暴れているだけではない。群れの中には【赤の王】と呼ばれる恐ろしい魔物もいる」

「赤の……王?」


 聞いたことのない魔物だが、【黒の王】であるデカスライムと同じように強い魔物なのだろう。それでも――


「行きます! なおさら俺が行かなきゃ」


 悠真の決意を感じ取った御子柴は頷き、「分かった」と言って口を閉ざす。

 このまま行かせてくれるだろうか? と悠真が心配していると自衛官の一人が御子柴の元に駆け寄り、なにかを手渡した。

 それは小さな紺色のケース。

 御子柴は悠真の元まで歩み寄り、ケースの蓋を開ける。中には青い宝石がいくつも入っていた。


「これは青の魔宝石『ブルーダイヤモンド』と『サファイア』だ。自衛隊が保管していたものを搔き集めてきた」

「そんな物を……どうして?」


 悠真が不思議そうに尋ねると、御子柴は小さく息をつく。


「本当は有事の際、君に戦ってもらいたいと思っていた。我々は国防を担う組織だからね。しかし、今の君の状態では戦わせる訳にはいかない。将来、魔物に対抗するため、君を避難させようとしたんだ。この魔宝石と一緒に」

「でも、そんなことしたら日本が……」

「ああ、このままでは日本は滅びるだろう。それでも君に無理をさせる訳にはいかない。君は日本の……いや、人類最後の希望だからね」


 御子柴は本田との会話を思い出し、ふっと微笑む。


「だが、君が行くと言うのなら、我々に止めることはできない。役に立つのであれば、この魔宝石を持っていきなさい」


 差し出された宝石に悠真は一瞬たじろぐ。

 だが、御子柴が頷くのを見て「ありがとうございます!」と言い、両手でケースを受け取った。


「"マナ"がかなりの量ないと体に取り込めないが……大丈夫か?」


 心配そうに聞いてきた御子柴に対し、悠真は苦笑して答える。


「大丈夫です。マナは、けっこうある方なんで」


 ◇◇◇


 陸上自衛隊相馬原駐屯地にある格納庫の前に悠真は来ていた。

 そこには大型の輸送ヘリコプター"CH-47チヌーク"がハッチを開けた状態で待機している。

 前後に二つのローターブレードがある大きなヘリに、悠真は「うわ~」と感嘆の声を漏らした。


「これに乗っていくんですか?」

「ええ、そうです。三鷹さん、これを着て下さい」


 川原から渡されたジャケットに袖を通し、ヘルメットを被った。

 数人の自衛隊がヘリに乗り込み、悠真と川原も後に続く。操縦席にはすでに自衛官が座っており、その他の自衛官も向かい合う椅子に座っている。

 悠真も川原に促され、席に着いた。

 

「陸上自衛隊なのに、ヘリがあるんですね」

「ええ、陸自にも航空戦力はあります。この相馬原駐屯地には第12旅団のヘリコプター隊がありますから。ちなみに自分はその隊の所属です」

「そうなんですか……」


 川原が悠真の体を固定するベルトをつけていると、ローターが回る音が聞こえてきた。すぐに発進するようだ。

 悠真が東京へ行くと決まったあと、御子柴は川原に対し、悠真を安全に送り届けるよう命令を出した。

 それは空から竜の群れに近づくことを意味する。

 なんの不満も言わず命令に応じた川原だが、悠真は心配になる。


「川原さん、すいません。俺のわがままのせいで危険なことに巻き込んでしまって」


 自分で行くだけならまだしも、人に運んでもらうのは気が引ける。

 そう思った悠真だったが――


「なに言ってるんですか! 自分は光栄です。三鷹さんのことは幕僚長から聞いています。世界で暴れる魔物を倒せるかもしれない、唯一の存在だって。それが本当なら絶望的な戦いに勝ち目があるってことでしょ?」


 川原は顔を輝かせて悠真を見る。


「かならず三鷹さんを東京まで送り届けますから、我々自衛隊員とこの――」


 川原はガンガンと輸送機の側面を叩く。


「航空機、CH-47チヌークを信じて下さい!」川原は自信あり気に微笑み、その他の自衛隊員もニカリと笑った。

 輸送機のハッチとドアが閉められ、徐々に機体が浮き上がる。

 悠真は小さな丸い窓から外を見ると、格納庫の前に多くの自衛官がおり、その中に御子柴の姿もあった。

 彼がいなければ自分は死んでいたのか、と悠真は改めて思った。輸送機が飛び立ち機体が揺れる。

 悠真は御子柴に感謝しつつ、今から向かう東京へと思いをせた。


 ◇◇◇


 東京千代田区、港区、新宿区にある高層ビルの屋上に、探索者シーカーたちの姿があった。空を飛ぶ魔物との戦いは極めて難しいため、高所に陣取り、敵を待ち構えていた。

 やがて北東の空が赤く染まっていく。


「おいでなすった」


 泰前が空を睨む。東京都庁の屋上に待機していたのはエルシード社の探索者集団クラン【雷獣の咆哮】だ。

 まだ腕に包帯を巻く天王寺やルイ、泰前、そして茨城から避難していた石川も合流していた。


「天王寺、腕は大丈夫か?」


 石川が聞くと、天王寺は苦笑いする。


「まだ痛みは引かないが、そんなこと言ってる場合じゃない」

「そうか」


 石川はそれ以上なにも言わなかった。これから始まるのは生きるか死ぬかの戦い。怪我をしてるかどうかなど、些末な問題でしかない。

 泰前が空に向かって、右手に装備した"電磁投射手甲"を構える。


「遠距離攻撃ができる俺の魔法付与武装は、竜にも効くはずだ。一匹残らずぶっ飛ばしてやるぜ!」


 鼻息荒い泰前に、天王寺は冷静に諭す。


「竜の鱗は鋼鉄並みに硬いらしい。"電磁砲レールガン"だけで倒すのは難しいだろう。砲撃で竜を誘きよせてくれ、とどめは俺たちが刺す」


 天王寺が視線を向けると、ルイがこくりと頷く。


「ちっ! 分かったよ」


 泰前も不満を漏らしつつ納得し、天王寺たちと共に空を見やる。

 遥か視線の先。そこには凶悪な群れを率いる、一際大きな竜がいた。

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