第3話 金槌VS金属スライム

 元々ダンジョンになど興味はなかった。


 一部の民間人がダンジョンの探索者(通称シーカー)になって大金を稼いでいることは知っていたが、ダンジョンの中が危険なことは間違いなく、そこにわざわざ入ろうとするのは酔狂な人間だけ。

 まだまだ偏見の多い職業だ。悠真もそう思っていたし、それは今も変わらない。

 だが目の前には小さなダンジョンがあり、中に珍しい魔物がいる。倒せば魔宝石がドロップするかもしれない。

 珍しい魔物なら、珍しい魔宝石が出てくることだってあるだろう。

 魔宝石の中には数億円で取引される物もある。これは自分に巡ってきたチャンスなんじゃないのか?

 自分は頭も良くないし、特別才能がある訳でもない。Fランの大学にいって就職しても、人生たかがしれている。

 ここで大金を稼げれば、一生遊んで暮らせるかも……。


 そんな俗念が頭をよぎる。

 悠真は急いで家に戻り、タンスを漁って何か武器になるものがないか探す。ネットによればスライムは弱く、怪我をする心配はなさそうだ。

 危険がないなら躊躇する理由はない。

 タンスの奥から、ホームセンターで買った金槌かなづちが出てくる。確か1280円で買ったよな、と思いながら縁側でサンダルを履き、三度庭の穴に舞い戻る。

 懐中電灯で中を照らしながら、慎重に穴の中へ入ってゆく。

 その様子を、小さなマメゾウは不思議そうな顔で眺めていた。


「うわ、ほんとに狭いな」


 穴の中は、大人一人がなんとか入れる程度の広さだ。金槌を振り上げるスペースもなく、身動きを取るのが難しい。

 だが、それは相手も同じ。スライムにも逃げ場はないはずだ。

 異物が穴に入ってきたことにより、スライムは穴の端によって警戒する。悠真は体を丸め、亀のような体勢でスライムと睨み合う。

 右手に持った金槌を小さく振り上げ、スライムの頭に落とした。

 キンッ! 金槌が弾かれる。


「か、硬い!」


 予想以上の感触。金属っぽい見た目だったが、本当に金属なのかは半信半疑だった。

 しかし、この感触は間違いなく金属。それもかなりの強度を持つ鋼鉄だ。

 こんなの倒せるのか? と思っていると、目の前にいたスライムが猛スピードで動き回る。狭い空間なので逃げ場はないが、金槌を振り下ろしても当たらない。


「くそ! ちょこまかと」


 悠真も狭すぎて、うまく動けない。四苦八苦していると、スライムは悠真に向かって飛びかかる。「うわっ!」と驚くと、スライムは膝に体当たりしてきた。


「痛っ!!」


 激痛が走る。まるで鉄球で殴られたかのような痛みだ。


「こ、この……!」


 もう一度金槌を振り下ろすが、スライムは軽やかに避け、悠真の腕に向かって飛びかかってきた。右腕にぶつかると、あまりの痛みで金槌を落とす。

 スライムは安全!? 怪我をすることはない? 冗談だろ!

 悠真は必死な思いで穴から這い出し、右腕を押さえて地面に寝転がる。ハァハァと息を乱し、空を見上げていると、飼い犬のマメゾウが心配そうに近づいてきた。

 悠真の頬をぺろぺろと舐め、くぅ~んと泣き声を上げる。


「ハァ、ハァ……ダメだマメゾウ……ここには凶悪な魔物がいる……危険だから近づくな」


 悠真はヨロヨロと立ち上がり、家へと戻る。冷凍庫に入っている氷嚢ひょうのうを取り出し、あざになっている腕と膝に当てた。


「いたたた……なんだよ、酷い目にあったな」


 ソファーに座って息を吐き、氷嚢を膝に置いてスマホを持つ。

 改めてダンジョンの魔物について検索した。スライムについて出てくる情報は、どれも似たり寄ったり。

 スライムはとても弱い魔物で、子供でも倒すことができる。動きは遅く、人間より素早く動くことはできないなど、危険性を否定するものばかりだ。


「嘘ばっかりじゃねーか! 金属スライムとは全然違う」


 ダンジョンの浅い層にいる弱い魔物であれば、物理的な攻撃で倒すことはできるらしい。だが、深い層にいる強力な魔物には物理攻撃が効かず、倒すことが困難になるとネットの記事には書かれていた。

 金属スライムも打撃で倒せそうにない。


「あれも強力な魔物なのか? めちゃくちゃ浅い階層にいたのに」


 記事によれば強力な魔物でも、魔法のような間接攻撃なら効くようだ。

 魔法はダンジョンの中でしか扱えない特殊な力だが、火や水、雷などの魔法がよく使われている。


「間接攻撃……金属……だとしたら――」


 悠真は庭の低木に目をやる。


「燃やせば倒せるんじゃ……」

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