第314話 コングロマリットの能力

 【青の王】は体の向きを変え、広い海に逃げようとする。

 自分が少しでも不利になれば戦おうとしない。やはり【青の王】はかなり頭がいいようだ。

 だが、逃がしはしない!

 悠真は走って追いかけようとした。しかし、周りは全て氷の海だ。破壊することはできるものの、これではスピードが出ない。

 まごついている間に、【青の王】はどんどん離れていく。


『このままじゃ追いつけない! だったら――』


 悠真は全身に力を込め、意識を集中した。血が沸騰するように熱くなり、体中を駆け巡る。

 背中の筋肉が盛り上がり、バサリッと大きな羽になった。

 メタルレッドと黒の羽は、さながらドラゴンのようだ。さらに尾骶骨から尻尾も伸びてくる。

 こちらも赤と黒。ドラゴンの長い尻尾だ。

 そして腰からも二本の尻尾が伸びてくる。メタルグリーンで、所々に金色の体毛が生えた尻尾。

 間違いなく【緑の王】と同じものだろう。

 悠真は上を向き、グッと膝を曲げる。力を込めて地面を蹴った瞬間、周囲は爆発したように吹っ飛び、巨人の体は高々と飛翔した。

 羽を広げ、風を捕らえる。巨人の体は"風魔法"で作り出した気流に乗って、高速で【青の王】を追いかけた。

 三本の尻尾は優雅に風になびき、バタバタとはためいている。


 ――この速度なら追いつける!


 【青の王】も海中ではかなりの速さで移動しているが、高速飛行を獲得した悠真には遠く及ばなかった。

 氷の海を進んでいた【青の王】は速度を緩め、迎撃のための魔法を発動する。

 凍った海面が割れてゆき、中から"氷の龍"が姿を現す。長い蛇のように胴をくねらせ、空に向かって泳ぐ。

 その数は十体以上。口をガパリと開け、氷の牙で巨人に襲いかかった。

 悠真は飛行スピードを落とし、左手の【赤き竜頭】を下に向ける。あぎとに火の魔力を集め、一気に吐き出した。

 灼熱の火球はその熱線だけで"氷の龍"を破壊する。

 そのまま海面に衝突し、途轍もない爆発が起きた。辺り一帯の氷は爆風で蒸発し、【青の王】は防御が間に合わず体表が焼かれてしまう。

 悠真は間髪入れずに剣を振るい、"風の刃"を放つ。

 氷の防御を全て失った【青の王】に防ぐ術はなかった。"風の刃"が巨大なクジラを斬り裂くと、黒い体表から鮮血がほとばしった。


『よしっ! このまま押し切ってやる!!』


 悠真は飛行速度を上げ、相手との距離を詰める。その時――海の底から上がってくることに気づいた。

 悠真は動きを止め、羽ばたきながら下を見る。

 爆発の熱線によって氷が解け、普通の海に戻っていた。

 そこから出てきたのは"水の魔物"たち。


 ――大海蛇シーサーペントや魚人、巨大なサメのような魔物まで……【青の王】を助けに来たのか? それとも異物である俺を排除しに来たのか?


 さらに空からは、数十匹の青の飛竜ブルードラゴンが向かってくる。

 全部合わせればかなりの数だ。こんなヤツらをいちいち相手にしてられない。悠真は右手に視線を移す。


 ――今なら、この力を自在に使えるはずだ。


 右手を軽く振る。腕にある金色の体毛がなびき、キラキラと光る鱗粉が空に舞う。

 強力な"毒"の鱗粉。大量に撒けば、生き残っている人たちにも影響が出るかもしれない。最小限に抑えないと。

 鱗粉は風に乗り、空を飛ぶ青の飛竜ブルードラゴンや海中にいる魔物たちの元へ運ばれる。

 ほんの数秒経つと魔物たちは苦しみ始め、飛竜は落下。大海蛇シーサーペントやサメの魔物は海の底へと沈んでいく。

 相変わらず、凄まじい威力だ。

 毒の効果に感心しつつ、海に目をやると、【青の王】が海底深くに潜っていくところだった。

 が悪いと見るや、すぐに逃げ出す。そのさかしさに悠真はいらついた。


 ――逃がすかよ!!


 右手の"剣"を、先の尖った"もり"のような形に変化させる。

 悠真は右腕を大きくかかげ、力一杯前に振り下ろす。"もり"は海に向かって一直線に発射された。

 腕と銛は黒いチェーンで繋がれ、そのチェーンが無制限に伸びていく。

 銛は"風の力"を宿し、凄まじい速度で。舞い散る水飛沫みずしぶき、海底に逃げようとした【青の王】に迫る。


 ――行けえええええええええ!!


 銛先が【青の王】の背中に突き刺さる。海全体に広がる声にならない悲鳴。

 手応えを感じた悠真は右手に魔力を込める。銛先の形が変化し、決して外れないようがついた。

 伸びていたチェーンがピタリと止まる。


『こんなにデカい獲物を釣るのは始めてだ!』


 悠真は思い切り右手を引く。さらにチェーンが逆回転し、釣り糸を巻くように縮んでいった。

 羽をはばたかせ、風魔法も使って自身を上昇させていく。

 強力な風の魔力がなければ、この獲物は釣り上げられない。悠真の全身に緑の紋様が走る。

 風の力を借りて急上昇すると、海底から巨大なクジラが姿を現す。

 体長百メートルを優に超える化物。悠真は釣り上げた【青の王】を、力任せに上空へと放った。

 クジラの体が高々と舞い上がる。

 悠真は"もり"の返しを外し、チェーンを巻き取って銛先を回収した。右手をもう一度剣に戻し、二回空中を斬りつける。

 "風の刃"が発生し、クロスしながら飛んでいった。

 【青の王】は落下している最中で完全に無防備、悠真は直撃すると確信した。


『当たれぇ!!』


 十字の刃が当たる刹那――【青の王】は全身を

 分厚くゴツゴツした鎧。並の攻撃では貫けそうにない。しかし悠真の放った十字の刃は氷を砕き、体表を斬り裂いた。


「おおおおおおおおおおおおおん!」


 腹の底に響くような唸り声。【青の王】は血まみれのまま落下していく。


『ダメだ、浅い!!』


 あの程度では仕留めきれない。悠真は左手の"竜頭"を【青の王】に向ける。赤いあぎとに炎が集まり、球体へと圧縮される。


『喰らえっ!!』


 衝撃音と共に放たれた火球はまっすぐに敵へと向かった。

 【青の王】も抵抗しようと周囲に"水の防御壁"を作り出す。だが所詮はにすぎない。

 火球が障壁にぶつかった瞬間、大爆発が起きた。

 空と海は赤く染まり、真下の海面は蒸発する。大量の火の粉と煙が舞う中、悠真は落下する【青の王】の姿を見つける。

 氷の鎧は全て溶け、体表に酷い火傷を負っていた。

 内臓や骨が見えるほどの重症。そんな【青の王】が煙を上げながら落ちていく。『青のダンジョン』の魔物は、おおむね再生能力が低いはずだ。

 だとしたらあの傷は致命傷――勝った!

 悠真がそう確信した時、海から"水柱"が立ち昇り、渦巻いて【青の王】を覆い隠した。

 すると周囲に白い蒸気が広がり、キラキラとしたものが目につく。


『なんだこれは……ダイヤモンドダスト?』


 ドンッと大きな音がした。【青の王】が海に落ちたのだ。

 悠真が目を向けると、そこは海ではなく氷の大地になっていた。また海を凍らせたのか。悠真は空に浮かびながら氷の大地をめる。

 やがて白い蒸気が晴れ、姿

 悠真はゴクリと喉を鳴らす。そこにいたのは氷の鎧に覆われた【青の王】。だが、今までとは明らかに違う。


『これが……ヤツの最終形態!?』


 大量の氷に覆われた姿は、優に三百メートルを超えていた。

 途轍もなく長い六本の首を動かし、凶悪なあぎとをこちらに向ける。氷でできた蛇腹と長い尻尾。

 それは伝説の多頭竜――ヒュドラを思わせる姿だった。

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