第313話 食物連鎖の頂点

 ドシャッと大きな水柱が立った。

 水没した街に落ちた悠真は、巨大な体を動かしてなんとか立ち上がろうとする。

 しかし全身が震え、足に力が入らない。


 ――なんだ……どうなったんだ? 俺の体は……。

 

 悠真は言うことを聞かない体に鞭打ち、足を踏ん張って立ち上がった。

 見据える先には、六本の触手をうねらせる【青の王】がこちらをうかがっている。

 悠真は足を動かし、前へ進もうとした。だが海水は巨人の胸元まである。一歩踏み出すたびに水が波打ち、ゆく手を阻む。

 なかなか動けずにいると、海がピキピキと凍り始めた。

 また【青の王】が海を凍らせているのだ。


「くそっ! こんなもの……」


 悠真は藻掻いてなんとか抜け出そうとする。しかし周囲の水が全て凍りつき、体の自由がきかなくなった。

 体の不調もあり、力づくで氷を破壊することができない。


「この程度の氷……"火魔法"を使えば簡単に!」


 魔法を発動しようと全身に力を込める。いつもなら体の表面に"赤い紋様"が浮かび上がるはずなのに、なぜかうまくいかない。

 悠真が反撃してこないことを確認した【青の王】は、ゆっくりと近づいてくる。

 凍った海を進む巨大なクジラ。悠真の近くまでくると、触手を動かして、なにかを入念に調べている。

 危険がないと判断したのか、【青の王】はガパリと大きな口を開けた。

 全てのものを飲み込みそうな巨大な口。悠真はその様子を、ただ見つめることしかできない。

 放たれたのは"氷の吐息ブレス"。いや、そんな生易しいものではない。

 この世の全てを凍りつかせるような凶悪な攻撃。――"絶対零度の吐息ブレス"!

 氷の海から出ていた巨人の上半身が、白い霜に覆われていく。水耐性の上限値を遥かに超える攻撃に、悠真はすべがなかった。

 凍った海の一角が、さらなる氷に覆われる。

 悠真は氷塊の中に閉じ込められた。もはや動くこともなく、生命活動を停止する。

 自分の勝利を確信した【青の王】は、静かに体の向きを変え、悠然と氷の海を泳いでいく。

 もはや自分の敵はいない。いや、最初からいなかったのかもしれない。

 いかなる者でも、広大な海と自分の力の前では無力なのだ。世界にある大地を海に沈め、自分が動ける範囲を拡大していく。

 それが自分の目的であり、敵を排除する最善の方法だ。

 そんなことを考えながら泳いでいた【青の王】は、かすかな違和感に気づく。

 氷の海に異質な"魔力"が流れてくる。水の魔力ではない、おぞましい気配を帯びた巨大な魔力。

 【青の王】は体の向きを変え、来た方角に触手を伸ばす。

 やはり恐ろしい魔力が吹き荒れていた。出処でどころは氷塊に沈めた

 今まで一度も経験したことのない感覚が【青の王】を襲う。食物連鎖の頂点に立つ魔物は、その感情が"恐怖"であることを知らない。

 ただ本能だけが、油断のない戦闘態勢を取らせた。


 ◇◇◇


 体が燃えるように熱い。

 でも、不快な気分ではない。

 まるで体の底から湧き上がるような力が全身を包む。

 ああ、そうか。体が変化していたのか。より戦いに適した、どんな敵にも負けない体になるために。

 細胞の一つ一つが活性化し、光を発している。

 この力を使えば、できないことはないような気がした。とは言え、今は氷の中に閉じ込められている。これをなんとかしないと――

 左腕に意識を集中して、力づくで動かそうとする。

 氷にピキピキとヒビが走り、徐々に左腕が上がっていく。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 左手を一気に引き上げると、氷塊が爆発し、周りの氷も吹っ飛んだ。

 辺りは蒸気で白く曇る。火魔法がちゃんと使えたな、と思った悠真だったが、なにかおかしいことに気づく。

 ふと見れば、自分の左腕がになっていた。


「なんだ……これ!?」


 左腕だけがメタルレッドに染まり、その形は竜の頭のよう。


 ――どうなってるんだ!?


 悠真は戸惑った。まるで左腕が【赤の王】の頭部に変化したような、そんな異常な状態だった。

 その時、右腕にも激痛が走る。


「うっ!」


 痛みは右腕を通して、体全体に広がっていく。右手の形も変わっていった。

 色が黒からメタルグリーンへと染まり、金色の体毛が生えてくる。一本、一本が鋼でできた金属の体毛だ。

 腕の形も変化し、手の部分が"長剣"になった。

 剣には毒々しい紋様が浮かび、手首には金色の体毛。腕や肩はより太くなり、メタルグリーンという鮮やかな色に変わっていく。

 この色味は見たことがある。【緑の王】にそっくりだ。

 なにがなんだか分からなかったが、両腕からは凄まじい魔力が噴き出している。

 悠真は正面を見据えた。【青の王】が動きを止め、こちらをうかがっている。、ヤツを倒せるかもしれない。

 両者は一定の距離を保ったまま睨み合う。

 周りの海は凍りつき、自由に移動できるのは『水の魔物』のみ。悠真に取っては、圧倒的に不利な状況だったが、不思議と焦りはなかった。

 【青の王】が仕掛ける。氷がバリバリと砕けながら形を変えていく。

 氷の大波だ。五十メートル近い高さになって襲いかかってきた。悠真は慌てることなく、左手を大波に向ける。

 本能がそうしろと言っていた。

 悠真の左腕、竜のあぎとに"火の魔力"が集まり出す。ギラギラと燃え盛る炎、それを圧縮し、球体へと変える。


「行けええええ!!」


 左腕から発射された火球は砲弾のように飛んでいく。

 氷の大波にぶつかった瞬間――目も眩むほどの爆発を起こした。

 それはまさしく【赤の王】、爆炎の支配者が放つ火球そのもの。熱線は周囲に広がり、氷を溶かして巨大なきのこ雲を発生させた。

 竜のあぎとをもう一度【青の王】に向ける。この火球を直撃させれば【青の王】でもただでは済むまい。

 そう考えた悠真だが、【青の王】も黙ってはいない。

 周囲の氷を水に戻し、波を作って"火球"に備える。火球では、あの『水の防御』を突破できない。

 悠真は咄嗟に左腕を下げ、右手の剣を高々とかかげる。

 剣に刻まれた紋様が輝き出し、剣の周りに風が渦巻き出した。悠真は全力で剣を斬り下ろす。

 巨大な"風の刃"が発生し、【青の王】に向かっていった。

 風の刃は波の防御壁を斬り裂き、【青の王】に直撃する。地鳴りのような唸り声が辺りに響く。


「おおおおおおおおおおおん!!」


 赤い鮮血が噴き上がり、氷の海を真っ赤に染めていく。強力な風の刃が【青の王】を斬り裂いたのだ。

 悠真は改めて自分の両腕を見る。【赤の王】の力と【緑の王】の力が、同時に発現している。これなら"氷"の防御も、"水"の防御も、両方自在に突破できるぞ!

 その時、悠真はハタと気づいた。


 ――そうか……これが集合魔獣コングロマリットの力! キマイラの能力でコピーした魔物の力を、部分的に解放して使えるんだ!!


 悠真は傷ついた【青の王】を見据える。


 ――これなら勝てる! この力なら!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

本日より、コミックレグルスで『金属スライム』のコミカライズが始まりました。

作画は藤屋いずこ先生です。とてもよくできているので、是非ご覧下さい。

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