第212話 激突するクラン

 ラフマッドの率いる探索者集団クラン『クジャタ』のメンバーが集まり、ザマラの率いる探索者集団クラン『マハカーラー』と対峙し、睨み合う。

 そのスキに、ヘンドリがルイの元へと駆けつけた。


「だだだだ、大丈夫ですか!? こ、こんなことになるなんて……」


 慌てふためき、オロオロするヘンドリに、明人は眉間にしわを刻む。


「なにが『こんなこと』や! ワイらはこの国のために戦ったんやで、それなのに、こんな扱いすんのか!?」

「と、とんでもない! 私もなにがなんだか分からない状態でして」


 引きつった顔をするヘンドリに、ルイが話しかける。


「ヘンドリさん、時間がない。悠真の傷が深すぎて、今から病院に運んでも助かりません。約束した【白の魔宝石】はどこにありますか? すぐに持ってきて下さい」 

「ま、魔宝石はすでにモジョケルトの行政庁舎に運ばれています。電話が通じれば持って来させることができるんですが、なにぶん連絡が取れないもので……車で取りに行くしか――」

「それやったら、さっさと持ってこんかい! 一刻一秒を争っとるやで!!」


 明人に怒鳴られ、ヘンドリは「は、はい!」と言い、足早に去ろうとする。

 そんなヘンドリの背中をルイが呼び止める。


「それと、救世主メサイアがいるのであれば、すぐに呼んで下さい。時間稼ぎならできるはずです」

「わ、分かりました!」


 ヘンドリは真っ青になりながら、すぐに駆け出した。

 ラフマッドとザマラの方は、とうとう火蓋が切られ、互いの探索者集団クランがぶつかり合う。

 同じ国の探索者シーカーが戦うという異常な光景。

 ザマラとラフマッドも剣を交え、炎と稲妻が激しく衝突してゆく。

 数十人が入り乱れる戦いを横目に、ルイはそっと悠真を地面に寝かせる。悠真は手で腹を押さえ、浅い呼吸で顔を歪めていた。

 うまく回復魔法を使えていない。


「おい、ルイ。どうする? 悠真をどこかに運ぶか?」


 明人に問われ、ルイは頭を振る。


「いや、下手に動かさない方がいい。これ以上出血が酷くなったら、取り返しがつかないことになる」


 二人は悲痛な表情で悠真を見る。まさかこんなことになるとは思っていなかった。

 ルイが奥歯を噛みしめた時、苛立ったように明人が口を切る。


「だからワイは反対やったんや! 悠真が"金属の魔法"を使うことに。例え【黒鎧】にならんでも、知らん人間から見れば恐怖の対象にしかならん。ただでさえ、世界中が魔物だらけでピリピリしとんねん。こいつの力は異様すぎるんや!」


 ルイは視線を落とす。その通りかもしれない。

 自分たちも悠真に……見たこともない【黒鎧】の力に恐怖を抱いて倒そうとした。ザマラも以前の自分たちと同じなんじゃないのか?

 ルイがそんなことを考えていると、白いヒジャブを頭に巻き、制服を着た女性が駆けてくる。

 政府の職員かと思ったが、どうやら違うようだ。


「チャリタと申します。その方の傷を見せて頂けますか?」


 白い肌で、目鼻立ちがクッキリした若い女性。今回のダンジョン攻略のため、地上で待機していた救世主メサイアだろう。

 ルイは「お願いします」と言って、すぐに場所を譲った。

 チャリタは悠真のかたわらでしゃがみ、傷口に両手をかざした。温かな光が手から溢れ、腹部の傷をやさしく包む。

 悠真の苦痛に歪んだ顔が、いくぶんか和らいだように見える。


「どうでしょうか?」


 ルイが尋ねると、チャリタは険しい顔で首を横に振る。


「傷が深すぎます。私だけでは、とても治すことはできません。せめて、あと数人の救世主メサイアがいてくれたら、出血ぐらいは止められるんですが……」

「そう、ですか」


 ルイは顔をしかめ、唇を噛む。恐らく短時間で来れるのは彼女だけだろう。

 救世主メサイアは各国でも数人しかいない希少な人材だ。他に救世主メサイアがいたとしても、間に合うとは思えない。


「とにかく、できる限り回復をお願いします!」


 ルイが真剣な眼差しで頼むと、チャリタは「分かりました」と頷き、両手に一層の魔力を込めた。

 悠真は瞼をかすかに開き、虚ろな目をしている。

 意識を失えば、もう目を覚まさないかもしれない。ルイがそんな心配をしていると、ラフマッドたちの戦いを見ていた明人が口を開く。


「決着がついたみたいや」


 ルイが視線を向ける。何人もの探索者シーカーが地面に倒れ、立っている者も負傷していた。どうやらラフマッド率いる『クジャタ』が勝ったようだ。

 最後に残ったザマラも大きな傷を負い、立っているのもやっとな状態。必死に抵抗するザマラだったが、クジャタの探索者シーカーたちに捕えられ、地面に押さえ込まれた。

 それを見たラフマッドは剣を収め、こちらに歩いてくる。

 後ろ手に縛られ、無理矢理立たされたザマラがこちらを睨んで声を上げる。


「ラフマッド! あの男を殺さなかったことを後悔するぞ。あいつは必ず世界に大きな厄災をもたらす。今ここで殺すべきなんだ! 聞いているのかラフマッド!!」


 わめきながら連れて行かれるザマラを、ラフマッドは憐れむように一瞥いちべつした。

 ルイや明人の元まで歩み、しゃがんで悠真の様子を見る。


「傷の具合は?」

「……かなり悪いです。あとどれくらい耐えられるか」


 ルイの悲痛な言葉にラフマッドの顔が曇る。


「すまない。ザマラや『マハカーラー』のメンバーは、魔物に親兄弟を殺された者が多い。魔物に対する恨みつらみは、人一倍強いんだ」

「だからって、悠真を刺してええことになるんか?」


 明人が苛立ったように言う。ラフマッドは視線を落とした。


「言い訳はできない。これはザマラたちを抑えられなかった我々の落ち度だ。もっと注意して見ておくべきだった」


 ラフマッドが悔しそうに唇を噛む。ルイも明人も、それ以上ラフマッドを責められなかった。

 悠真の力を恐れ、倒そうとしたのは自分たちも一緒だからだ。

 それから二十分ほどして球技場に車が飛び込んでくる。ルイと明人がすぐに駆け寄ると、慌てふためくヘンドリが下りてきた。


「お、お待たせしました! これがお約束の【白の魔宝石】です」


 差し出されたのは、透明な四角いケース。中にはいくつかの魔宝石が入っていた。


「おう! ようやった、ヘンドリ!」


 明人は手繰たくるようにケースを掴み取り、すぐに悠真の元へ戻る。しゃがんで悠真の頭を持ち上げ、ケースから取り出した魔宝石を口に含ませる。


「おい、悠真! こいつを飲み込め、そんで"回復魔法"を使うんや!!」


 明人は必死に悠真に呼びかける。だが、悠真は虚ろな目をするばかりで、意識があるかどうかすら怪しかった。

 魔宝石を飲ませるのに苦労していると、ラフマッドが「これを使え!」とペットボトルの水を持ってくる。

 明人はその水を悠真の口に流し込み、無理やり飲ませようとした。

 水は逆流して、ボタボタと零れ落ちるが、魔宝石はなんとか喉を通ったようだ。明人は必死で叫ぶ。


「しっかりせい、悠真! お前が自分で魔法を使わんと、この傷は治されへんのやぞ! 分かっとんのか、悠真!!」


 胸ぐらを掴んで呼びかけるが、悠真に反応はない。

 口からおびただしい血を流し、ただ虚空を見つめるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る