第91話 激突

「アイシャ、悠真は勝てると思うか? あの怪物に」

「……苦しいな。例え『液体金属化』の能力を使ったとしても、限界がある」

「なんでだ? 悠真には莫大な魔力があるじゃねーか! その力を使えば、液体金属を派手に使えるようになるんじゃないのか!?」


 アイシャは目を閉じ、首を横に振る。


「そんな単純な話じゃない。そもそもマナを質量にするなんてこと自体、途轍もないことだ。少し質量を増やすだけでも信じられないマナを消費するだろう。悠真くんのマナを全て使ったとしても、どれくらいの質量になるか……」

「そんな……だけど悠真に桁外けたはずれのマナがあるんだろ! だったら――」

「マナがあれば強い訳じゃない!! お前だって、それは分かってるだろう!」


 アイシャにピシャリと叱責され、神崎は沈黙する。

 確かにマナがあるだけでは、戦闘に特化してるとは言えない。


「マナ指数だけを見れば、キマイラより悠真くんの方が多いだろう。だが魔物と人間の強さはマナ指数だけで比較することはできない。マナは強さの一つの側面にすぎないからな」


 アイシャの言う通り、人間より遥かに強靭な肉体を持つ魔物は別次元の存在だ。

 基本的な能力が違う。だけど――


「悠真ならやってくれる! 俺はそう信じてる!!」


 神崎とアイシャが見つめる先、今だ赤白いモヤがかかる戦場はピリピリとした緊張感に包まれていた。

 静寂が支配する中、わずかにモヤが揺らぐ。

 それを合図にしたかのように、悠真は動いた。血塗られたブラッディー・鉱石オアの‶超パワー″を発動、全身に赤い血脈が流れる。

 ――最初から全開でいく!

 赤い筋は太く鮮やかに輝く。超パワーをMAXの15倍まで上げ、意識的に自分の筋肉リミッターを解除。さらに2倍の力を引き出す。

 赤い稲妻のように大地を駆け、キマイラの足元で跳躍した。十メートル以上飛び上がり、魔物の頭が目前に迫る。

 悠真がピッケルを振り上げた瞬間、キマイラが微かに動いた。


「なっ!?」


 キマイラの蛇腹に生える脚の一本が、突如伸びて悠真の腹に突き刺さる。

 金属の体であるため貫通はしなかったが、脚はそのまま伸び続け、悠真を岩壁に叩きつけた。

 衝撃音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。


「悠真!!」


 神崎の顔が蒼白に染まる。想像もしていなかった攻撃方法。

 キマイラが足を元に戻し始めると、壁に張り付け状態になっていた悠真がダラリと下に落ちる。


「くそっ!」


 悠真の元に行こうとした神崎を、アイシャが袖を掴んで止めた。


「やめろ! お前が行っても足手まといなだけだ」

「だとしても、放っておけるか!」

「待て……よく見てみろ」


 アイシャの言葉に神崎が振り向くと、倒れていた悠真が起き上がり、再びピッケルを構えていた。


「信じるんじゃないのか? 悠真くんを」

「…………くそったれ!」


 神崎は持っている六角棍を握りしめる。

 なにもできない自分に苛立ち、臍を噛んだ。


 ◇◇◇


「あれがアイツの攻撃の仕方か……ビックリしたけど、次は喰らわねーぞ!」


 悠真は再び走り出す。それに呼応するように、キマイラは己の脚を伸ばし始めた。今度は一本ではなく、蛇腹にある数十本の脚を一斉に。

 それは降ってくる槍の如く、悠真に襲いかかる。

 脚の先端は鋭く尖っており、まるでツルハシのようだ。到達するまでの速さは、時速三百キロは超えているだろう。その脚が数十本、ほぼ同時に降り注ぐ。

 通常なら絶望的な状況だが、悠真は冷静だった。


 ――なんだ? ずいぶん遅く感じるな。


 流れ落ちてくるツルハシのような脚を掻い潜り、何本かは左手の甲から伸ばした長剣で斬りはらう。

 脚は易々と切断できた。


 ――やっぱり、俺の体の方が硬いんだ。だとすれば充分勝機はある!


 地面に数本突き刺さった魔物の脚を、右手に持ったピッケルで薙ぎ払い粉砕する。

 恐ろしい速度で大地を駆け抜け、キマイラの間近まで迫る。ピッケルを振り上げ、巨大な魔物の蛇腹に向けて叩き込む。

 衝撃と共にぐしゃりと腹が潰れ、振り抜いたピッケルが魔物の体表をえぐり取る。

 蛇の体は鋼鉄の鱗に覆われていたが、簡単に破壊することができた。キマイラは痛みを感じたのか、すぐに反応して動きを変える。

 体に無数にある突起物を伸ばし、針で突き刺すように悠真を攻撃し始めた。


「おお! 液体金属化のトゲ攻撃みたいだ。似たような能力なのか!?」


 針の攻撃に加えて、脚も伸ばし攻撃してくる。その総数は数百本に達していた。

 それでも――


「俺には効かねーよ!!」


 凄まじい反応速度でかわし、左手の長剣で斬り払う。数本が体に当たるが、悠真の鋼鉄の鎧はキマイラの攻撃を弾き返した。

 どれほど強い攻撃であろうと、金属化した悠真の体を傷つけることはできない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 悠真の全身に流れる血脈が、赤く煌めく。

 しゃがんだ後、全力で跳躍すると地面は爆散し、その勢いで悠真は弾けるように飛び上がった。ピッケルにさらなる『液体金属』を流し込み、より巨大なハンマーに作りかえる。

 下から振り抜いた鋼鉄のハンマーは、キマイラの顎を打ち抜く。

 爆発したような衝突音。悠真は自分の十倍はあろうキマイラの頭を跳ね上げた。

「オオオオーン」と低い呻き声が響くと、まるでスローモーションのようにキマイラは地面に倒れてゆく。直後、大量の粉塵が舞い上がった。

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