第69話 階層攻略の切り札

 国際ダンジョン研究機構は心当たりがあれば、すぐに報告するようにメールで促しているが、アイシャは報告する気などサラサラなかった。


「あんなに素晴らしい被検体を手放す訳がないだろうが、この戯け共が! 彼を利用すれば『黒のダンジョン』の謎を解明できるかもしれない」


 アイシャはパソコンの横に置かれた小さな箱へと視線を移す。


「そしてなにより、を使うことができる唯一の人間だろうからね。楽しみだよ。クックック」


 ホテルの部屋に、不気味な笑い声だけがこだました。


 ◇◇◇


「おい、悠真! 腕が曲がってないぞ。気合い入れろ!!」

「は、はい」


 朝方、ホテルの部屋で社長と悠真は腕立て伏せをしている。

 社長から腕立て50回、腹筋50回、スクワット50回を、一日3セットやるように言われていたため、今日から実践していた。

 本格的な筋トレは初めてだったため、なかなかに辛い。


「うっし、腕立て終了。朝の分はこれで終わりだな。ダンジョンまではランニングで行くからな。まだまだ、これからだぞ!」

「はい……」


 なんで四十を過ぎても社長はこんなに元気なんだろうと、悠真は顔を歪めながら考えていた。体をタオルで拭いた後、アイシャを迎えに行く。

 すると一旦部屋に入ってくれ。と言われ、社長と中に入ることになった。

 アイシャの部屋は自分たちが泊まっている部屋とまったく同じ造りで、ベッドの横に置かれているソファーに腰かける。


「やあ悪いね。ちょっと話し合おうと思って」


 アイシャが対面のソファーに座り足を組む。白いブラウスに黒のパンツ、白衣を着こんだいつものスタイルだ。


「なんだ? 話し合いって、これからダンジョンに行くんじゃないのか?」


 社長が眉間に皺を寄せる。アイシャは「もちろん、そうなんだが」と言って、指を組んだ。


「鋼太郎。どう思う? 今のままでの、階層攻略は難しいんじゃないか?」

「いや、そうだよ! 最初からそう言ってんじゃねーか!!」


 ニヤニヤと笑みを漏らすアイシャに、社長が一喝する。


「五十階層なんて、普通なら五人から八人くらいの探索者グループを作って行くのが常識だろう。たった二人で行こうなんて、無茶なんだよ!」


 社長に無茶だと言われても、アイシャは顔色一つ変えなかった。


「ああ、分かってる。そこでだ。私から提案がある」

「なんだよ。提案って?」

「悠真くんがもっと強くなれば鋼太郎。お前の負担も大幅に減るはずだ。違うか?」

「いや、まあ……そりゃあそうだが、そんな簡単にいくかよ!」


 社長の言う通りだ。筋トレを始め、格闘技も教えてもらってるが、効果が出るのは数ヶ月先か数年先の話。

 魔鉱石も大した効果を発揮しない以上、すぐに強くなるなど到底無理だ。

 悠真はそう思い、呆れた顔でアイシャを見る。だがアイシャは、取るに足らないといった表情で小さく微笑む。


「なに、対策は考えてあるよ。ちょっと待ってな」


 そう言って立ち上がり、部屋の片隅に置かれたボストンバッグを持ってくる。所々が痛んだ古びたバッグだ。

 中から金属の器具と、拳大こぶしだいの白い筒を取り出した。

 アイシャはニコニコ笑いながら、ローテーブルの上に白い筒を並べていく。


「な、なんだ、これ?」


 社長は困惑しながらアイシャに尋ねる。


「ふふん、ニトログリセリンを加工した物だよ」

「は!?」


 なにかとんでもない『ワード』が聞こえてきた気がするが、聞き間違いだよな。と悠真は恐る恐る社長の顔を見る。

 だが、社長は完全に青ざめていた。


「この前、私の研究所に来た時に悠真くんの‶ピッケル″を見せてもらってね。その武器に合わせた物を作ってきたんだ」

「ニトロだと!? 爆弾ってことか? お前、それ絶対に法律違反だろう!」


 社長が怒鳴るが、アイシャは意に介さない。


「有意義な研究のために使うんだよ。なんの問題もない。悠真くん、ピッケルを持っておいで、器具を取り付けるから」

「は、はあ……」


 どうしたものかと隣を見るが、社長は呆れて絶句していた。

 悠真は仕方なくバッグからピッケルを取り出し、アイシャに渡す。アイシャは楽しそうにピッケルのヘッドに金属の器具をはめ、そこに白い筒を取り付ける。


「悠真くん、この部分に強い衝撃を与えると爆発するからね。強力な魔物が現れたら使うといい」

「はあ……でも、こんな近くで爆発したら、俺が危なくないですか?」

「うん、危ないね。だから『金属化』してる時に使えばいいんだよ」


 アイシャは当たり前のように言い、悠真に背を向けて何かを取りにいく。

 ――無茶苦茶すぎる。俺もろとも魔物を吹っ飛ばすってことだろ!? なに考えてんだ、あの人は!


 悠真が憤りを覚えていると、アイシャは不敵な笑みを浮かべ、今度は小さな箱を持ってきた。箱をコトリとテーブルの上に置き、再びソファーに座る。


「な、なんですか、この箱?」


 またろくでもない物かと、悠真は訝しがる。アイシャが箱を開けると、中には黒くて丸い石が、一つだけ入っていた。

 魔鉱石だろうか? 表面に赤い筋が何本も入り、まるで血が流れているようだ。


「これは三年前に発見された魔鉱石でね。『黒のダンジョン』の規制が厳しくなったのも、多くの研究者が『黒のダンジョン』から手を引いたのも、こいつのせいだよ」

 

 アイシャは箱から取り出した魔鉱石を手の上に乗せ、まじまじと見つめる社長と悠真の前に差し出した。


「【血塗られたブラッディー・鉱石オア】、そう呼ばれた魔鉱石だ」

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