第70話 禁断の魔鉱石

血塗られたブラッディー・鉱石オア?」


 訳の分からない単語が出てきたので、社長も困惑しているようだ。


「少し、昔の話をしようか」そう言うと、アイシャはソファーに深く腰掛け、足を組んで真向かいに座る二人を見据える。

 何が始まるんだと、社長と悠真は顔を見交わした。


「三年前、キルギスの山奥にある『黒のダンジョン』に数名の探索者が入った。それほど深いダンジョンではなかったが、彼らは中層で変わった魔物に出会ったんだ。太く頑強がんきょうな腕を持ち、皮膚は鋼鉄のように硬い。一見すればゴリラのような姿。後につけられた正式な学名は‶ヴァーリン″という」

「知らねーな。黒のダンジョンの魔物に名前が付けられること自体珍しいが、希少な魔物なのか?」

「いや、そうでもない。黒のダンジョンの中層に生息していて、最初の発見以降、多くの目撃例がある。腕力こそ恐ろしく強いが、遠距離から火や雷の魔法で攻撃すれば倒すのに苦労はしない」

「なんだよ。じゃあドロップ率が低くて、魔鉱石の方が珍しいのか?」

「いいや、『黒のダンジョン』の魔物としては、ごく普通のドロップ率だ。魔鉱石もそこそこ出回っているはずだ」


 その話を聞いて、社長は怪訝な顔をする。


「だったら、おかしいじゃねーか! プロの探索者である俺が知らねー魔物や魔鉱石があるなんてよ」

「それはそうさ。各国政府や国際機関が隠蔽したんだからな」

「隠蔽!?」


 社長と悠真はアイシャの話が理解できない。政府が魔物や魔鉱石の存在を隠蔽する理由が分からなかったからだ。


「この魔鉱石が発見されると、当然研究者たちは効果を調べようとした。他の魔宝石と同じように被験者に食べさせ、体に起こる変化を観察する。至って普通の実験だ。そしてその効果は劇的だった。魔鉱石を食べた人間の筋力は大幅に強化され、凄まじいパワーとスピードを獲得した。まるでスーパーマンのようにね」

「すげーじゃねーか!!」


 社長の目がランランと輝く。

 強くなれると聞いて、俄然興味が出たようだ。


「ふん、単純な奴だ。問題は、その後起こったんだよ」

「問題?」

「魔鉱石の効果が三分ほどで切れると、それまで鬼神のように動き回っていた被験者が急に動きを止め、吐血したんだ。やがて穴という穴から血を噴き出し、そのまま絶命した」

「おいおい、それって……」

「死体を解剖すると、骨は砕け、血管は破裂し、筋肉や腱は引き千切れていた。体が能力に耐えられなかったんだ」


 社長と悠真は衝撃を受ける。ダンジョンから産出された‶魔宝石″や‶魔鉱石″は人体に悪影響が無いというのが世界の共通認識だったからだ。


「つまり、初めて見つかった‶有害″な魔鉱石ってことか……」


 社長が眉間に皺を寄せながら聞くと、アイシャはフンッと鼻で笑う。


「有害も有害。なんといっても被験者が死んでる訳だからな」

「そんな危険な魔鉱石を、なんでお前が持ってんだ!?」

「私は『黒のダンジョン』の研究者だぞ。こんな面白い魔鉱石を手に入れないなんて有り得ないだろ」

「お、面白い……?」


 社長は呆れかえってアイシャを睨みつけるが、アイシャは気にせず話を続ける。


「まあ、こんな物が見つかったら本来公表しなければいけないが、これが見つかったのはちょうどダンジョンビジネスが軌道に乗り始めていた頃だ。政府や企業は莫大な先行投資をしていたからな。他のダンジョンや‶魔宝石″まで危険視されれば、ダンジョンビジネスに影響が出かねない。各国政府はそう考えたんだ」

「だから隠蔽したのか!?」

「そうだ。だが、そのおかげでダンジョンビジネスは世界的な産業になった。お前も会社を設立して利益を上げられてるだろ?」

「ぐ……ぬ」


 社長は言い返せず、ほぞを噛む。


「そして各国政府はこの情報が洩れないように統制を強めた。出入りを厳格に規制し、研究する学者を絞り込む。元々人気の無かったダンジョンだけに、特に強い反発はなかったようだ。私も研究費を出してもらう代わりに黙っているよう日本政府から言われていてね」

「しゃべってんじゃねーか!」

「フフフフ」


 アイシャはおもむろに立ち上がり、部屋の中を歩き始めた。


「しかしだ。私はこの危険な魔鉱石をなんとか使えないかと、ずっと考えていてね。試行錯誤していたんだよ」

「無理だろ、どう考えたって危険すぎる!」

「そう、その通りだ。使えば死んでしまう魔鉱石なんて誰も使えない。使うはずがない、私も有効活用を諦めかけていた。しかし――」


 アイシャの目がギラリと光を帯びる。見つめられた悠真はゾクリとした。


「もし……がいたら、どうだろうか?」

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