第71話 流れる血脈

 アイシャの言葉を聞いて、悠真はゴクリと喉を鳴らす。


「ま、まさか……」

「そう、悠真くん。君に使ってもらいたいんだ。この血塗られたブラッディー・鉱石オアを!」

「いやいやいやいやいや!」


 悠真は立ち上がって全力で拒否する。


「なんでそんなもん何で食べなきゃいけないんですか! 絶対嫌ですよ!!」

「心配ない。君の体は『液体金属化』できることから、骨や筋肉、血管や内臓に至るまで全て金属になっていると推定できる。つまり君の体は壊れない。素晴らしいことじゃないか!」


 狂気に満ちたアイシャの目を見て、悠真はヒィと身をすくめる。

 冗談じゃない。モルモットになんかされてたまるもんか! 悠真は必死の抵抗を始めた。


「体に害がないなんて言い切れないでしょ!? やめましょう、そんなこと!」

「この血塗られたブラッディー・鉱石オアの効果は三分ほどで切れることが分かってるんだ。君の『金属化』は最低でも五分はもつんだろ? じゃあ大丈夫だよ!」

「い、いやでもですね。ほとんど研究できてないんですよね? だったら使うのはおかしいでしょ! 普通に考えて」

「だから今から研究するんじゃないか! 君を使って!!」


 ああダメだ。この人、頭が飛んでる。


「とにかく! 絶対やりませんからね!!」


 悠真は席を立つ。社長も「いいかげんにしろよ、アイシャ! うちの社員はお前のおもちゃじゃねーんだぞ」と言って、一緒に席を立った。

 部屋を出ようとすると、後ろからアイシャが声をかけてくる。


「悠真くん。もちろん、タダとは言わないよ。臨時のボーナスを出そう」

「え?」


 悠真は眉を寄せて、振り返る。


「百万円、君に支払おう。それでどうだい?」

「バカにしないで下さい、お金の問題じゃありません!! 人の命に係わる話なんですよ!」

「五百万ならどうだい?」


 出ていこうとした悠真の足がピタリと止まる。「ご、五百万?」と聞き返し、ツカツカと戻ってくる。


「話だけは聞きましょう」


 そう言ってソファーに座った悠真に社長は呆れ、アイシャは「そうこなくっちゃ」と喜んでいた。


 ◇◇◇


 三人は東京に戻り、アイシャの研究所で‶血塗られたブラッディー・鉱石オア″を試すことにした。

 研究所の一階。体力測定機器が置かれている場所で、アイシャは悠真に魔鉱石を手渡す。


「君の体調面は、私が責任を持って管理する。安心して飲んでいいよ」


 アイシャはニコニコしてペットボトルも渡してきた。悠真は受け取り、自分の手にある魔鉱石を見る。

 漆黒の色に血のような赤い筋。できれば口に入れたくない。

 金に釣られて摂取することを了承したが、いざ食べるとなると躊躇してしまう。

 隣でアイシャは「さぁさぁ」と煽ってくる。悠真は覚悟を決め、魔鉱石を口に含んでペットボトルの水で一気に流し込む。


「ど、どうだい?」


 アイシャが興味津々で聞いてくる。体には特に変わりがない。だが、しばらくすると全身を何かが駆け回る。

 今までの‶魔鉱石″や‶魔宝石″とは違う奇妙な感覚。

 呼吸を整え、落ち着くのを待つ。


「…………大丈夫です」

「おお、良かった」


 アイシャはホッとして、A4の紙を挟んだクリップボードとペンを手に取る。


「では、さっそく試してみようか。まずは『金属化』してみてくれ」

「分かりました」


 悠真は全身に力を入れ『金属化』の能力を発動する。勝手に血塗られたブラッディー・鉱石オアの効果が出ないか心配だったが、問題なく体は黒く染まった。

 どうやらイメージさえしっかりしていれば、使い分けはできるようだ。

 社長も離れた場所から不安そうに見ている。


「じゃあ、次はいよいよ血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力だ。自分の筋力が上がって、超パワーを発揮するイメージをしてみて」

「はい!」


 意識を集中する。全身に血流が巡り、力が湧き上がってくるイメージ。

 最初はなにも起きなかったが、徐々に悠真の周りに湯気が立ち昇る。細くて赤い筋が、悠真の腕や首、顔などに筋となって走る。

 血管のような筋は全身に浮き上がり、かすかに赤く発光した。


「なんだか……力が溢れてきます!」

「おおおおお! せ、成功だ。間違いなく能力が発動しているよ。その状態で体力を測定してみよう」


 アイシャが持ってきたデジタル握力計を手に取る。


「力を込めてみて!」

「は、はい」


 悠真は握力計を握り込む。瞬間、バキッと嫌な音がした。

 見ると持ち手の部分が潰れている。デジタル画面は壊れたのか、なにも表示していない。


「あ!」

「あはははは、凄い、凄いよ! なんて素晴らしいんだ!!」


 アイシャは「さあ、次、次」と言って背筋力を測る測定器を持ってくるが、今度はチェーン部分を引き千切ってしまった。

 垂直飛びをすれば、測定できない位置まで飛んでしまう。


「素晴らしい。体は大丈夫かい?」

「え、ええ。大丈夫です」


 あっと言う間に能力継続時間の三分が経ち、赤い筋は消えてしまった。


「本当にパワーが上がるんだな。初めて見るが、すげーもんだ!」


 社長も悠真の体をジロジロみながら感心する。だが、クリップボード紙になにかを書き込んでいるアイシャは苛立たし気だった。


「ああ~、時間が短すぎる! もっと色々なデータが欲しいのに。今日はこれで終わりなんて!!」


 魔鉱石の能力は一度使ってしまうと、次の日まで使うことはできない。取りあえず今日は終わりだ。

 体に異常が無かったことに、悠真はホッと息をついた。

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