第72話 中層への挑戦

「私が持っている血塗られたブラッディー・鉱石オアは、あの一つしかないんだ。もっとあればデータをたくさん取れるのに……」


 悔しがるアイシャを見て、悠真は声をかける。


「ま、まあ、無い物は仕方ありませんよ。一日一回、少しずつやっていきましょう」


 そんなに急ぐ必要はないだろう。悠真はそう思っていたが――


「取りに行こう」

「え?」

「この魔鉱石を生み出す‶ヴァーリン″は、黒のダンジョンの五十六階層にいることが分かってるからね。そうだよ、そこまで取りに行けばいいんだ!」

「いやいや、五十六階層!? 深すぎますって! 一個でいいじゃないですか」


 五十六階層なんて深すぎるし、変な魔鉱石もたくさん食えなんて話が違う。

 悠真はなんとか断ろうとするが――


「まだまだ、血塗られたブラッディー・鉱石オアは必要だよ。それに能力の継続時間が長くなれば、反対に実験する時間は短くなる。大丈夫、私がサポートするから!」

「いや、でも……」

「心配ないよ悠真くん。君が血塗られたブラッディー・鉱石オアを使っても問題ないことは証明されたからね。後は数をそろえるだけだ。まあ、私に任せてくれ!」


 結局、難色を示した社長もアイシャの要求を断り切れず、悠真たちは横浜の『黒のダンジョン』にトンボ返りすることになった。


 ◇◇◇


 横浜に着いた頃には午後六時を回っていた。

 ダンジョンに潜るのは明日からにし、その日は横浜のホテルに泊まることにする。そして次の日の朝――


「準備はできたか? 悠真」

「はい、準備できました」


 悠真は大きなリュックを背負って社長に返事をする。中にはニトログリセリン爆弾が、ギュウギュウに詰め込まれていた。


「それにしてもアイシャさん。こんな大量のニトログリセリン、どこから持ってきたんですかね?」

「どこからかは知らんが、間違いなく違法なルートで入手したもんだろう。あんまり詮索しない方がいい」


 担いでるリュックに山ほどの爆弾が入ってるなんて怖すぎるが、これがないと中層まではとても行けない。

 爆弾よりも恐ろしい魔物が、わんさかといる黒のダンジョンの中層。

 嫌でも持っていくしかない。社長と悠真はアイシャと合流して、泊まっているホテルを出る。

 三人で『黒のダンジョン』の厳重な警備がされているゲートの前に立つ。

 今日から本格的な中層攻略が始まる。


 ◇◇◇


「どりゃああああああ!」


 金属化している悠真がピッケルを振り下ろす。ガキンッと鈍い音が鳴り、岩の欠片が辺りに飛び散った。頑強な腕に阻まれ、ピッケルは魔物の頭に届かない。

 目前にそびえ立つのは、二メートルを超える岩のゴーレム。全身は灰褐色で、顔には赤く輝く二つの目があった。

 今まで見た人型のゴーレムの中では一番大きい。


「くそったれが!!」


 今度は社長が六角棍を叩きつける。だが、ゴーレムはわずかによろめくだけで倒れることはない。

 地鳴りのような唸り声を上げ、岩の魔物は社長に向かってくる。

 丸太の如き腕を振り上げ、真上から落としてきた。社長も六角棍で防ぐが、あまりの衝撃で膝が折れる。

 それでも両手で持った六角棍で、ゴーレムの腕をギリギリと押し返す。


「くっ! 悠真、爆弾を使え!! 普通に戦っても、こいつには勝てない」

「わ、分かりました!」


 悠真は背負っていたリュックを下ろし、中から金属の器具とニトロの詰まった筒を取り出す。

 五十六階層に着くまで血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力は使えない。三分間しか能力を発動できないため、ヴァーリンを倒すまでは温存しないと。

 ピッケルの先端に金具を取り付け、中央に白い筒をセットした。

 白い筒の表面だけは剥き出しの状態で、『液体金属化』の能力を使い、ピッケルの全体を覆う。


「社長、準備できました! 離れて下さい」

「俺は‶水魔法″で衝撃を防げる。かまわずやれ! 悠真!!」

「は……はい!」


 悠真は走ってゴーレムに近づき、ピッケルを振り上げる。社長は「ふんっ」と力を振り絞りゴーレムを突き放す。

 それを見た悠真は、ピッケルをゴーレムの頭に叩きつけた。

 直撃した瞬間、カッと光が走る。

 ピッケルの先端が爆発し、ゴーレムの頭が砕けて、岩が辺りに飛び散った。

 社長は瞬時に‶水の障壁″を張り、飛んできた破片を防ぎきる。一方、爆発で吹っ飛んだ悠真はゴロゴロと転がって岩壁に激突した。


「……いっつ……」


 悠真は頭を振る。爆発が目の前で起こり、意識が飛ぶかと思うほどの衝撃だったが、やはり体には傷一つない。

 頑丈さは折り紙付きのようだ。

 悠真はすぐに立ち上がり、ゴーレムを見る。頭が失われ、モクモクと煙が立ち上る岩の残骸は、グラリと揺れて大地に倒れた。


「や……たか」


 悠真が息を飲んで見守る中、ゴーレムは砂となって消えていく。


「悠真、大丈夫か?」


 社長が心配してやって来る。


「はい、俺は大丈夫です。社長こそ怪我はないですか?」

「俺のことは心配しなくていーよ。これでもベテランの探索者シーカーだからな!」


 悠真と社長が話している時、アイシャは砂になったゴーレムの前でしゃがみ込む。

 そこには銀色に輝く小さな‶玉″があった。


「フフ、見ろ、二人とも」

「あん?」


 アイシャの言葉に、社長と悠真が振り向く。アイシャは手の上に乗せた玉を二人に見せた。


「希少な魔鉱石の‶純銀″だ」

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