第323話 更地

 滑走路に止まった航空機、悠真たちは窓から辺りの様子をうかがう。

 変わった形の屋根に覆われたオシャレな空港。だけど人の姿は見当たらず、静寂に包まれていた。


「誰もおらへんな」


 明人が怪訝な顔で外を覗く。ルイが頷き「でも、建物自体は破壊されてないね」と返した。

 悠真も窓から見える光景には違和感を覚える。相当な被害が出ていると思っていただけに、空港がそのまま残っているのは意外だった。


「たぶん、人間はどっかに避難しとるんやろ。せやけど魔物はどこにおるか分からんからな。気をつけんと」


 悠真は「ああ、そうだな」と改めて気を引き締める。そんな悠真たちに、アテンド役をしてくれた軍人が声をかけてきた。


「空港職員がいませんので、タラップをつけることも、ブリッジを繋ぐこともできません。ハッチから直接降りてもらうことになりますが、大丈夫でしょうか?」


 申し訳なさそうに言う軍人に、明人は「かまへん、かまへん。充分や」と手を振りながら口の端を上げる。


「それより、あんたらは大丈夫なんか? このあと帰るときの給油とか、大変なんとちゃうか?」

「私たちは問題ありません。迂回うかいせずに空港に到着できましたので、帰りの燃油は残っています。ギリギリではありますが、支障はありません」

「そないか」


 パイロット二人もコックピットから出てきて挨拶をする。アテンド役の軍人は機首部分のハッチを開け、一歩下がって笑顔を零す。


「どうか、お気を付けて」

「ああ、あんたらも気をつけて帰りや」


 明人はハッチから飛び降り、地面に着地する。ルイも軍人とパイロットに挨拶し、下に飛び降りた。

 

「ありがとうございました。じゃあ、これで」


 悠真も飛び降りようとした時、軍人が声をかけてきた。


「三鷹さん、あなたが【青の王】を倒したことは、軍の間でも話題になっています。アメリカにいる【黄の王】も、あなたならきっと倒せます。がんばって下さい!」

「あ、ありがとうございます」


 悠真はちょっと気恥ずかしい気持ちになった。イギリス政府には最後まで認めてもらえなかったけど、やったことに対する影響は、間違いなく広がってるんだ。

 とは言え正面切ってお礼を言われると、なんと返していいか分からない。

 悠真はポリポリと頬を掻く。


「みなさんも、気をつけて帰って下さいね」

「ええ、どうかご武運を」


 笑顔で送り出してくれる顔を見て、悠真は下へと飛び降りた。三人が離れたのを見計らって、航空機は動き出す。

 ここは危険な場所。すぐに離れた方がいいだろう。

 悠真たちは航空機が無事に離陸するのを見送った。


「ほな、いこか」


 明人が先に歩き出し、ルイと悠真がついていく。やはり空港は閑散としており、人っ子一人いない。

 長い滑走路を、三人は辺りを見回しながら歩いた。


「これからどうしようか? まずは人捜しからか?」


 悠真が尋ねると、明人は「そやな」と顎に手を当てる。


「ワイは空から街の様子を見てくる。お前ら二人は動く車を調達したらええ。街に向かって走とったら、どっかで合流できるやろ」

「そうだね。分かったよ」


 ルイは納得して首肯する。明人はゲイ・ボルグを逆手に持ち、投擲とうてきする形で槍を投げた。飛んでいく槍を手から放った稲妻で捉え、一瞬で槍の上まで移動する。


「黄金竜に襲われるなよ!」


 悠真が大声で叫んだが、明人はすでに空の彼方だった。


「じゃあ、僕らも行こうか」

「ああ……そうだな」


 悠真とルイは空港から出て、乗れそうな車を探す。見つけたいのは、当然鍵がかかっていないもの、そしてガソリンが多く入っているものだ。

 魔物が暴れ回り、人々が大混乱していたなら、避難する際に車を乗り捨てていった人もいるだろう。

 そう思って探すのだが、見つけた車には全て鍵がかかっていた。


「意外にないな」

「そうだね。僕と悠真じゃ、明人みたいに車を強盗をする技術がないから、鍵がかかってないことはマストなんだけど……」


 ルイが力なく言い、肩を落とす。

 さらに三十分ほど探すと、ようやく鍵のついた車が見つかった。黒い4WDで、ガソリンの残量も問題ない。

 

「僕が運転するよ。すぐにニューヨークの中心部に向かおう」

「ああ」

 

 ルイが運転席に乗り込み、悠真も助手席に座ってドアを閉めた。

 しばらく車で走るものの、やはり人の姿は見あたらない。悠真とルイの脳裏に、ドイツの光景が広がる。

 ドイツはあまりにも被害が大きすぎて、国そのものが壊滅状態だった。

 フロントガラスから外を見ていた悠真は、最悪の事態を考える。


「……車が少ないね」


 ルイの言葉に悠真は怪訝な顔をする。


「車? 確かに少ないけど、それがどうかしたのか?」

「車が少ないってことは、住民が車に乗って逃げたってことだよね」

「……そう言われればそうだな」


 ドイツでは多くの車が乗り捨てられていた。それに対し、ここは車自体が少ない。ルイが言う通り、多くの人が車で逃げたんだろう。

 高いビルが、ちらほらと見えてきた。ビジネス街に入ったようだ。悠真はイギリスでハンスから貰った世界地図を開く。

 このあたりは、どうやらブルックリン区というところらしい。

 道路を塞ぐものがなにもないため、車は快調に進んでいく。だが、ある程度街中に入ったところで、ルイは「あっ」と言ってブレーキを踏む。

 急に車が止まったので、悠真は前のめりになった。


「おい、なんだよ! 急に止まって」

「悠真、あれ!」


 ルイが指をさした先に視線を向ける。


「なんだ……アレ……」


 異常な光景に悠真は絶句した。。途中までは普通の街並みが広がっているのに、ある場所から建物がないのだ。

 車でもう少し近づき、悠真とルイは車外に降りた。

 目の前にはなにもない。本当にないのだ。見渡す限りの更地。街が削り取られたように、途中から土の大地がどこまでも続く。


「これは、一体どうなってるの?」


 ルイも訳が分からないようだ。

 立ち尽くす二人の頭上から、偵察に行っていた明人が声をかけてくる。


「おーい! えらいことになっとるで」


 ゲイ・ボルグに乗ったまま、上空からゆっくりと下りてくる。

 ルイが「どうだった?」と聞くと、明人は両手を上げ「訳わからん」と首を振り、槍から飛び降りて二人の前に立った。


「上から見たら、ここの酷さがよう分かったで」

「破壊されてる地域が多いってことか?」


 悠真が尋ねると、明人は苦笑いする。


「多いどころの騒ぎやないで、この真っ平らになっとる土地やけど――」


 明人が視線を移した先、なにもかもなくなった大地を、ルイと悠真も眺める。

 どこまで続いているか分からなかったが、次の明人の言葉で二人は戦慄する。


「ニューヨークの半分はこの状態や」

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