第324話 アメリカの探索者

「ニューヨークの……半分が!?」


 ルイは信じられないといった表情で明人を見つめる。隣にいた悠真も同じ思いだった。この更地が、そんな広範囲に及んでいるなんて。


「だとしたら、やっぱり――」


 悠真の言葉に、明人はコクリと頷く。


「ああ、こんなことができるんは、【黄の王】しかおらんやろう。例え【赤の王】でも、ここまで綺麗に街を壊すのは、無理や思うで」


 悠真はゴクリと喉を鳴らす。今まで数々の【王】を倒してきたが、【黄の王】はどこか他の【王】と違う気がする。

 もちろん出会ったこともない魔物だ。詳しいことはなにも分からないものの、なにか嫌な予感がする。

 自分の中にいる【黒の王】が警鐘を鳴らしているような、そんな不思議な感覚を、このアメリカに到着した時からずっと感じていた。


「悠真、どうかしたんか?」


 悠真の様子に気づいた明人が、眉根を寄せて尋ねてきた。


「いや、なんでもない。それより次はどこに行く?」


 悠真は自分の不安を悟られないよう、無理矢理笑顔を作った。

 自分が不安になれば、二人にも伝播してしまう。それだけは避けないと。

 悠真たち三人が今後のことを話し合っていると、上空でなにかが飛んでいることにルイが気づいた。


「あれって……」


 ルイが指さす先、上空に飛んでいたのは、一機のドローンだ。


「偵察用みたいやな」

「誰か人がいるってことだね」


 ドローンは少しの間ホバリングすると、西の空へと飛び去っていった。


「明人、追わなくていいの? 人が見つかるかもしれないよ」


 ルイの言葉に、明人はチッチッチと人差し指を左右に振る。


「ワイらの姿は確認したんや。たぶん、向こうの方から会いにくるで。のんびり待っとったらええ」

 

 そう言って明人は悠真たちが乗ってきた車に近づき、地面にゲイ・ボルグを突き刺す。後部座席のドアを開け、ゴロンと横になってしまった。

 寝ながら待つつもりのようだ。


「相変わらず図太い神経してるな」


 悠真が呆れていると、ルイは「そこが明人の良さだよ」と笑う。


「まあ、確かに……」


 悠真も同意し、二人で車に戻った。


 ◇◇◇


「ドローンを見つけてから一時間ぐらい経つぞ。誰も来ないじゃないか」


 助手席に座る悠真が不満気につぶやく。運転席にいたルイは「そうでもなさそうだよ」と言ってバックミラーを見た。

 悠真は振り返り、バックドアガラスから外を見る。

 後ろの道から誰かが歩いてくる。三人組だ。

 悠真とルイはドアを開け、外に出た。明人も音で起きたのか「ん……なんや?」と声を漏らす。

 まだ眠そうな明人も車外に降りて、こちらに来る人間に視線を移す。

 悠真たちはイヤホン型の翻訳機を耳にはめていた。向こうも耳にイヤホンをしているようだ。翻訳機とは限らないが、ルイは英語もできる。会話はなんとかなるだろうと悠真は考え、向かい合う相手の様子をうかがう。

 目の前に立つのは男性三人。黒人が一人に白人が二人。全員ラフな格好をしているが、なにかの作業着のようにも見える。

 少なくとも軍服や、探索者シーカーの制服ではないようだ

 黙ったままこちらを睨んでいるので、ルイが声をかける。


「すいません。僕たちは日本から来たんですが、みなさんはここに住んでる人ですか? 良かったら、なにがあったか教えてほしいんですけど……」


 英語で話したルイに対し、男たちは互いの顔を見合わせ、肩をすくめる。

 黒人が笑みを漏らし、一歩前に出た。


「日本から!? そんなクレイジーなヤツがいるなんて信じられないが、まあいい。オレらの拠点に連れてってやるよ」

「拠点? 拠点ってなんや!? ぎょうさん人がおるんか?」


 明人が尋ねると、黒人は振り返ってニカリと笑う。


「オレらは全員探索者シーカーだ。拠点ってのは、ここら一帯を仕切ってる探索者集団クラン『ダイアウルフ』の本拠地だよ」


 ◇◇◇


 悠真たちは車に乗り、街の中心部に引き返していた。

 助手席に座る悠真が目をやれば、前には白いワゴン車が走っている。アメリカの探索者シーカーが乗ってきた車だ。

 自分たちの拠点に案内するため、先導してくれているのだ。

 それはありがたいのだが――


「なんだ、お前らも探索者シーカーだったのか? そんで魔宝石がほしくてここまで来たって!? すげーよ。そんな頭のネジが外れた連中、アメリカでもなかなかお目にかかれねぇ」

「まあ、ワイらにかかればこれくらいの旅行、全然たいしたことないけどな」


 後部座席に乗った黒人のジャックと明人が笑い合っている。ジャックはアフロ頭で背が高く、グラサンをかけていた。

 見た目は怖いが、話してみると気さくな性格で、明人と気が合ったようだ。

 こっちの車に乗せてくれと言うので同乗しているが、正直、うるさくて仕方がない。


「おい、もうちょっと静かにできないのか? 頭がガンガンするんだけど」


 悠真が振り返って苦情を言うと、明人は眉間にしわを寄せる。


「なんや、うるさいな! こっちは異文化交流してコミュニケーションをとっとんねん。黙っとけ!」


 けんもほろろに突き放され、悠真はぶすっとした表情で前を見る。そんな悠真を尻目に、明人とジャックは楽しそうに会話を続けた。


「アメリカまでは飛行機で来たんだろ? でも大丈夫だったのか? 上空には黄金竜が飛んでることもあるのに」


 明人はケラケラと笑い、軽く手を振ってジャックを見る。


「黄金竜なんて大したことあらへん。ワイが空中戦でちょちょいっと倒したったわ。まあ、どうってことなかったな」


 今度はジャックが大笑いした。


「ひゃっひゃっひゃ! おもしれーヤツだ。黄金竜をちょちょい、か……オレも言ってみたいぜ、そんなセリフ」


 ジャックは明人の言葉を信じていないようだ。確かに最強クラスの黄金竜を簡単に倒せる人間なんてなかなかいないだろう。


「まあ、本当に倒せる探索者シーカーがいたとしたら、"プロメテウス"の連中ぐらいだろうけどな」


 ジャックの言葉に、ルイが反応する。


「え!? ジャックさん、今プロメテウスって言いましたか!?」

「うん? 言ったけど、それがどうかしたのか?」

「プロメテウスって、"炎帝アルベルト"がいる探索者集団クランですよね? 僕たちプロメテウスが全滅したって聞いたんですけど、生きているんですか!?」

「全滅? 冗談はやめてくれよ。アルベルトたちが死ぬはずがないだろう。前線で今も戦ってるさ」

「そう……ですか、良かった」


 ルイは心底安堵した表情でハンドルを握り直す。ルイに取って「炎帝アルベルト」は憧れの探索者シーカー

 全滅の話を聞いて、ずっと心配していたのだろう。

 そんなことを話し合っている内に、車は巨大な建物の前に差しかかる。それはマンハッタンにある超高層ビル。

 ジャックはニヤリと笑い、口を開く。


「これが俺たちの拠点『エンパイア・ステートビル』だ」  

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