第325話 エンパイヤ・ステートビル

 大きなホテルのような入口。悠真たちは三人のアメリカ人と共に、エンパイヤ・ステートビルに足を踏み入れる。

 有名なビルだけに、悠真も名前ぐらいは知っていた。

 だけど実際に見るビルは、想像を遥かに超えるものだった。エントランスはシックな色合いで美術館のよう。

 そこから訪問者を迎える美しいロビーが見える。

 悠真が呆気に取られていると、前を歩いていたジャックが振り返った。


「な、すげーだろ! 住民が全員避難しちまったからな。俺たちはこのビルを使いたい放題って訳よ。本来なら俺らみたいな庶民が来るところじゃねーんだけどな」


 楽しそうに笑うジャックに、悠真は「はぁ……」と答えるしかなかった。

 豪奢なロビーを歩き、エレベーターの前で止まる。ロッドと名乗った白人の探索者シーカーがボタンを押した。

 六人はエレベーターに乗り込み、上階へと向かう。白人が押した階は六十八階。

 それを見て、明人が眉根を寄せた。


「そんな高い階に行って大丈夫なんか? 黄金竜が飛び回ってるんやから、攻撃されることもあるやろ」

「大丈夫だよ、心配しなくても。この辺りに黄金竜が近づくことはないから」


 ロッドが笑いながら話す。「どういうこっちゃ?」と不思議がる明人に、もう一人の白人、ニコライが説明する。


「このビルや近くのビルには、対魔物用の兵器が配備されてるんだ。魔物もそれが分かってるから近づいて来ないんだよ」


 悠真たちはピンときた。イギリスに配備されていたものだ。

 確かアメリカにもあると誰かが言っていたな、と悠真は思い返す。

 明人が「ほんなら、この辺りに魔物は近づかんちゅうことか?」と聞くと、今度はジャックが答える。


「いや、あるのは対空兵器だけだからな。地上から来る魔物は防げない。だからなるべく高い階の部屋を使ってるんだ」

 

 明人は腕を組みながら「なるほど」と唸り、悠真とルイの二人も納得した。

 そんな会話をしている間にエレベーターは六十八階に到着する。外に出ると、キラキラと光る黄金の廊下が続いている。

 いくらなんでも金かけすぎじゃないのか? と悠真は思うものの、滅多に来れない場所にテンションは上がっていた。

 アメリカの探索者シーカー三人は扉の前に立ち、ノックもせずにそのまま入っていく。

 悠真たちもあとに続いた。そこは普通の部屋ではなく、ビジネスで利用するような会議室。中には十人ばかりの人間がおり、性別や年齢、人種もバラバラだ。


「どうしたジャック。その人たちは?」


 ガタイのいい三十代ぐらいの男性が歩いてくる。ジャックとガシリと握手を交わし、互いの背中をポンポンと叩く。

 ジャックは振り返って悠真たちを見た。


「街で見つけたんだ。日本から来た探索者シーカーらしい」

「日本!? まさか海を渡って来たのか? ちょっと信じられんが……」


 困惑する白人を余所よそに、ジャックは悠真たちに視線を向ける。


「紹介するよ。こいつがこの探索者集団クラン『ダイアウルフ』のリーダー、オーランドだ。気のいいヤツだから、分からないことがあったらなんでも聞いてくれ」


 ジャックがバンバンとオーランドの肩を叩く。迷惑そうな顔をするオーランドだったが、悠真たちに明るい笑顔を向けてきた。


「まあ、君らがどこから来たかはともかく、ここは非常に危険な場所だ。長くいない方が賢明だと思うよ」

「危険じゃない場所なんて、どこにあんねん?」


 明人が軽口を叩くと、ルイが「明人!」と注意する。明人は気にする様子もなく、両手を頭の後ろで組み、口笛を吹く。


「確かにな。今から日本に帰るのも困難だろう。もし君たちが良ければ、我々と行動を共にしないか?」

「それはありがたいです。オーランドさんたちは、どんな活動をしてるんですか? それに探索者集団クランのメンバーって他にいるんでしょうか?」


 ルイが質問すると、オーランドは笑顔で答える。


探索者集団クランのメンバーは、俺を入れて二十人ほどだ。俺たちはアメリカの、まあ、中堅の探索者シーカーだ。そんな重要な任務をこなしてる訳じゃない。この辺りの魔物の動向を監視するのが仕事だな。それを定期的に報告しているんだ」

「報告? 報告する方法があるんですか?」


 ルイが興味深そうに尋ねる。


「はは、そうだな。通信できなくなって久しいから、どうやってるかは気になるだろう。実際見た方が早いよ。こっちに来てくれ」


 オーランドは悠真たちを連れ、部屋を出て同じ階の別の部屋に向かった。

 扉を開き、中に入った瞬間、悠真は「あ!」と声を漏らす。

 そこにあったのはいくつもの『ケージ』。オーランドたちがなにで連絡を取っていたのか、すぐに分かった。


「鳩! 伝書鳩を使って連絡とっとるんか? すごいアナログな方法やな」


 明人が感心して辺りを見回す。悠真とルイも驚きを隠せない。部屋の中はちょっと臭かったが、聞けば百羽近くの鳩をここで飼育しているようだ。

 臭いがきついのも当然だろう。


「アメリカ軍では『魔導装置』を用いた通信機器もあるんだけど、数が少なくてね。俺たちみたいな末端じゃ、こんな通信手段しかないよ」

「でも、鳩を放って魔物に襲われないんですか? 途中で殺されたりとか……」


 ルイの疑問に、オーランドは「ハッハッハ」と豪快に笑った。


「鳩を襲うような魔物は黄金竜しかいないが、あの魔物は鳩など気にしないよ。それより鷹やカラスに襲われる可能性の方がよっぽど高いね」


 ルイは「なるほど」と納得した様子だ。

 しかし、悠真は今ひとつ腑に落ちなかった。魔物の動向を把握したところで、今の現状が変わるとは思えない。

 一体、アメリカは今後どうするつもりなのだろうか?


「オーランドさん、今アメリカ政府は機能してるんですか? それとも探索者シーカーが先導して魔物と戦ってるんですか?」


 悠真の質問に、オーランドはニッコリと微笑む。


「海外から来たのなら、そこは一番気になるところだろうね。アメリカの政府はちゃんと機能してるし、探索者シーカーも健在だ。今は探索者シーカーと軍が、がっちりタッグを組んで連携してるって感じかな。まあ、最終目的はなんだけど」

「あいつ?」


 悠真が尋ねると、オーランドはわずかに口の端を上げた。


「破壊神と呼ばれる魔物……【黄の王・ガルドムンド】。ヤツがこの辺りに来ないかどうか、それを見張るのが俺たちの役目だ」

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