第173話 爆炎の支配者

「本当なのか? 魔物に"核"を使う議論はあったが、実際に効くかどうか分からんのだろう?」


 岩城は疑わしそうに、高倉を睨みつける。


「その通りです。しかし"エンシェント・ドラゴン"は危険度ダブルAの魔物。赤の王がそれ以上に強いと考えれば危険度はトリプルAとなり、国連が示した核攻撃を行う魔物に該当します」


 危険度トリプルAは、かつてオーストラリアのダンジョンで発見されたキマイラを想定して作られた基準。

 キマイラは液体金属の魔物と分析されていたため、例え再生能力があっても超高温の熱攻撃。すなわち"核"の爆発が有効と考えられた。

 しかし、他の魔物で通用するかはまったく分かっていない。


「まあ、ロシアは核弾頭を6000発ほど保有する軍事大国だ。いかに強力な魔物といえど耐えられまい。結果はいつ頃分かる?」

「次に衛星が通信可能な位置にくるまで、あと二時間ほどかかります」

「二時間……」


 高倉が伝えた時間に、岩城は顔をしかめる。予想以上に長い時間だ。日本から近い場所に現れた【赤の王】の動向はすぐに知りたいところだが……。


「ふん、まあいい。その間に緊急の専門家会議を行う。すぐに招集を」


 岩城が告げると、後ろに控えていた秘書官の波多野がうやうやしく頭を下げ、会議室を出ていった。

 岩城は椅子に深く腰掛け、腕を組む。

 立て続けに起こる問題に頭を悩ませる日々。よりによって酷い時期に総裁になったものだと、岩城は自嘲気味に笑う。だが党の総裁選をなんとか勝ち抜け、やっとの思いで首相になったのだ。この職を早々に手放す気はない。

 この事態をなんとかうまく切り抜けることができれば、支持率も徐々に上がっていくだろう。

 そうすれば長期政権も充分可能だ。

 岩城の頭の中は、今後の政局のことしかなかった。

 だが、二時間後に行われた報告に、政局どころではない内容を聞かされる。


「なに!? まだ移動してる?」


 高倉の報告に岩城は驚愕した。核攻撃によって竜の群れは全滅している、そう思っていたからだ。


「クレムリンからの報告では、シベリア軍管区と極東軍管区の部隊が対処にあたり、数百発の"核"を撃ち込んだそうです」

「なのに倒せなかったのか!?」

「はい……残念ながらそのようです」

「それで、何匹減らせたんだ?」


 事前に報告で、【赤の王】は二百以上のドラゴンを従えていると聞いていた。

 例え竜の群れを全滅させることができなくても、魔物の数を大幅に減らすことができれば問題ない。そう思った岩城だが……。


「ゼロです」

「は?」


 岩城の口から、素っ頓狂な声が漏れる。高倉は改めて言い直した。


「核によって死んだ竜はゼロです! 炎の障壁によってあらゆる攻撃が阻まれ、逆に竜が放つ炎によってロシア軍の戦闘機は全て破壊されたそうです。地上戦力もほとんどを失い。そのうえクラスノヤルスク周辺の都市や町も焼き尽くされたとか」

「そんな……」


 座って聞いていた岩城は眩暈めまいを起こしそうになる。これは想像していたより、遥かに絶望的な状況になっている。

 しかも日本からそう遠くない場所で。

 もし日本にまで来たら……そう考えるだけで、岩城の胃がキリキリと痛んだ。


「さらに深刻な情報も上がっています」

「まだあるのか!?」


 もう、うんざりだ。と言いたげな岩城を前に、高倉は話しを続けた。


「これはまだ未確定な情報ですが、【赤の王】が吐き出した炎で、近隣の都市一つが消えたとの報告があります」

「消えた……消えたとはどういう意味だ?」


 高倉は深刻な表情でうつむく。ややあってから顔を上げ、口を開く。


「ロシアの研究機関が出した推測値によれば、10メガトンから20メガトンの爆発が起こったのではないかと言っています」


 聞きなれない数字に岩城は困惑した。


「20メガトン……それはどれほどの威力なんだ?」

「核爆弾と同等の威力です」

「なに!?」


 岩城の顔から血の気が引く。生物が核兵器に匹敵する攻撃を行うだと? そんなことが有り得るのか?

 信じられない報告に岩城が絶句していると、高倉はさらに話を続ける。


「都市部は【赤の王】による攻撃で壊滅したそうです。そのあと竜の群れは南下し、モンゴルを経由して中国へ向かったと……今、分かっているのはそれだけです」

「次に情報が入ってくるのはいつだ?」

「衛星回線が繋がるのは三時間以上あとになります」


 岩城は苛立った様子で、「ええい!」とテーブルを叩く。もどかしさで憤懣ふんまんやるかたない。


「専門家の招集はどうなっている?」


 岩城が振り返って聞くと、秘書官の波多野は申し訳なさそうに頭を振る。


「今日中には無理かと……明日の午前中には全員そろいます」

「どいつもこいつも悠長な! 高倉、その魔物が日本に来る可能性はあるのか!?」


 岩城の問いに、高倉は深刻な顔をする。


「残念ですが、その可能性はあります。日本には世界で二番目に大きな『赤のダンジョン』があるため【赤の王】が向かって来てもおかしくはないかと」


 高倉の話を聞いて、岩城は愕然とする。ロシア軍でも敵わないような化物どもが、この日本に?

 考えただけでも恐ろしい。日本に迎え撃つ兵力などありはしない。

 岩城が頭を抱える中、高倉が口を切る。


「しかし、中国へ行ったのは僥倖ぎょうこうかもしれません」


 岩城は視線を上げ、高倉を見る。


「どういう意味だ?」

「中国には水魔法最強の使い手"洪暁明ホン・シアミン"がいます。彼が率いる探索者集団クランもまた水魔法の手練れ揃い。炎の魔物とは相性がいいはずです」

「バカな! 核攻撃を行う魔物に、人間が敵うはずなかろう!!」


 当然の反論を受けた高倉だが、首を振って話を続ける。


「いえ、そうとも限りません。"核"ほど威力がある魔法なら、連続して使うことはできないでしょう。相手が攻撃できない間に、探索者シーカーと軍が連携して倒すこともできるはずです」


 岩城は腕を組んで目を閉じる。確かに可能性はあるのかもしれない。しかし憶測を並べても意味はないだろう。


「とにかく! 詳細な情報を集めて、明日の専門家会議にかけるんだ。私も出席するからな。準備をしておけ!」


 岩城は席を立ち、会議室を出る。高倉も立ち上がり、退出する総理に頭を下げた。

 再び席に着いた高倉は短く息を吐く。想像を遥かに超える事態が世界中で起こっている。

 高倉は防衛省の官僚と共に、通信衛星の回復を待った。

 そして回線が繋がった時、高倉は自分の甘さを思い知ることになる。【赤の王】に対し、中国の北部戦区空軍は"水素爆弾"による攻撃を実行した。 

 人類史上、初となる水爆による戦闘行為。

 しかし結果は絶望的なもの。【赤の王】には傷一つ付かず、速度を落とさず南下しているという。火の魔物であるゆえ、熱に耐性があるのか?

 さらに高倉を驚愕させたのは、赤の王が行った炎の攻撃だ。

 20メガトン級の火球を三百発以上も放ち、進路上の都市や街を焼き尽くしているという。

 そんな魔法を使って平然としている。高倉のひたいから嫌な汗が噴き出す。

 まるで……

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