第174話 専門家とオブザーバー
翌日――
朝早くから首相官邸の大ホールに呼ばれていたのは、各分野における専門家たち。
議題は言うまでもなく、世界各地に現れた強力な魔物についてだ。ロの字に並べられた長机に、それぞれ着席していく。
顔ぶれは様々で、ダンジョンや魔物の研究者。生物学の権威に軍事の専門家など、二十名ばかりが向かい合う。
上座には総理の岩城がドカリと腰を下ろし、緊張した面持ちの面々を見渡す。
ホールの端にはオブザーバとしてエルシードの本田や、ファメール、神楽坂医薬の責任者が顔をそろえた。
重々しい空気の中、総理の岩城がテーブルに置かれたマイクを手に取る。
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。ご存じとは思いますが、いま世界中のダンジョンから魔物が溢れ出し、甚大な被害を出しております。日本では低層階にシェルターを設置し、なんとか押さえ込んでいますが、楽観はできません」
岩城は一旦言葉を切り、周囲を見渡した。誰もが深刻な顔をし、口を真一文字に結んでいる。
危機感は充分伝わっているようだ。
「特に問題なのは、中国大陸を南下する魔物です。都市を破壊し、町や村も焼き尽くす竜の群れが、徐々に日本に近づいています。このまま日本に来れば、被害がどこまで広がるか想像もできません。皆さんの
「よろしいですか?」
手を上げたのは国立科学研究所の所長、鴨川愛子だ。岩城が「どうぞ」と言うと、手を下ろし、少し強張った表情で話はじめた。
「今までに入ってきた情報をまとめますと、アメリカやイギリス、インドやロシアに現れた魔物が暴れ回り、被害にあって亡くなった人の数は一千万とも二千万とも言われています。とてもどうにかできる相手とは思えません。早急に国民を避難させるべきではないでしょうか?」
「避難? 一体どこへ避難させると言うんですか、鴨川さん」
苛立たし気に声を上げたのは日本ダンジョン協会、主任研究員の八杉だった。
ダンジョン関連の研究において権威と呼ばれ、この会議においても議長を務める。
専門家会議にはいつも出席しており、政府からの信頼も厚い。
「いま問題なのは、中国を縦断している【赤の王】と呼ばれる魔物だ。数百匹の上位竜を従え、悠然と空を飛んでいる。その魔物が吐く火球の一つで街が消滅し、あらゆる軍事兵器を跳ね返すと聞いている。もし、そんな魔物が日本に来れば、逃げられる場所などないぞ!」
語気を強めた八杉に対し、反論する者はいなかった。
場が静まりかえった所で、総理の岩城が口を開く。
「……ロシア、中国が使った"核"がまったく効かなかったと聞いています。特に中国は"水爆"まで用いたのに、殺せたのはエンシェント・ドラゴン三匹のみ。その点においてはどう思われますか? 水野先生」
水を向けられたのは、軍事の専門家である水野忠敏だ。元陸上自衛隊の幹部で、現在は大学で教鞭を取っている。
魔物に対する現代兵器の有効性を研究していることで知られていた。
「ロシアや中国が使った"核"は戦術核ではなかったようです。もっと威力の強い種類のもので、生物が耐えられるとはとても思えません」
水野も分からないといった様子で頭を振る。
「その点に関して、どなたかご意見はありませんか?」
岩城が促すと、年配の男が手を上げる。くたびれたスーツに身を包み、無精ひげを生やした長髪の人物。
日本で著名な魔物学者、宝田だ。
「どうぞ、宝田先生」
「いや、どうもどうも」
頭を掻きながら立ち上がった宝田に、全員の視線が集まる。
「まず、竜の群れに核攻撃が効かなかった理由ですが、恐らく火や熱に対して耐性があるからでしょう。元々、火の魔物に"火"の魔法は効きにくいですから、炎の竜と相性が悪いのだと思われます」
「では、通常兵器でヤツは倒せないと?」
岩城の言葉に宝田は頷く。
「火と水の魔物には、効果が薄そうです。逆にインドで使われた核はかなり効いていたとの報告があります。火に弱いと言われている"虫の魔物"が相手だからでしょう」
「だとすれば、竜に対抗策はないんですか!?」
声を荒げた岩城に対し、宝田は「残念ながら」と声を落とす。
ホールには重苦しい空気が広がった。軍の兵器が効かないのなら、
しかし常軌を逸した力を持つ魔物に、人間が敵わないのは明らかだ。
誰もが口を閉ざす中、一人の男が手を上げる。
「発言、よろしいでしょうか?」
岩城が目を向ける。手を上げていたのは、オブザーバーとして壁際に座っていたエルシード社の本田だった。
「どうぞ」
岩城が発言を許可すると、本田は「ありがとうございます」と一礼し、立ち上がった。
「エルシード社の本田です。今後、日本に危機的な状況が訪れるなら、我々は自衛隊と共に戦う所存でいます。しかし、
本田の話に、専門家たちはさらに深刻な顔になる。
中国はアメリカに次ぐ強力な
会場内に絶望の色合いが広がるのを感じつつ、本田は話しを続ける。
「しかし、まったく希望が無い訳ではありません」
「どういう意味だ?」
岩城が顔を上げ、本田を見る。
「黒鎧……三鷹悠真がいます。彼を
「それは危険すぎる。黒鎧が本当に人間か分かっていないうえ、黒鎧一人いた所で戦局が変わるとは思えない」
完全に否定する岩城だが、それでも本田は食い下がる。
「報告では黒鎧は戦闘時、"水魔法"を使ったと聞いております。だとすれば火の魔物である竜たちとは相性がいいはず。どうか三鷹悠真の身柄は、我々エルシードに預けてもらえませんか? 必ず、お役に立てるよう努めますので」
熱弁を振るう本田を前に、岩城は腕を組み「う~ん」と唸り声を上げる。
世論の動向もあり、めんどうな黒鎧は早々に処分したい。しかし、いま入ってくる世界の情報を聞く限り、簡単に結論は出せなかった。
アメリカでは降り注ぐ稲妻で多大な犠牲が出ている。イギリスではケルト海が凍りつき、海岸沿いの住人が凍死していているとの報告もある。
インドでは大地を埋め尽くす"虫の魔物"を核攻撃で焼き払ったと聞くが、結局ダンジョンからそれ以上の魔物が溢れ出し、まったく意味がなかった。
確かに非常事態。戦力になるのなら、悪魔の手でも借りたいぐらいだ。
だが【赤の王】と戦いになった場合、足元で黒鎧が暴れ回れば、対処などできる訳がない。
専門家の見解も「危険すぎるからすぐに処分を」や「もっと調査、研究が必要だ」あるいは「緊急時なんだから力を借りるべきだ!」など、様々に意見が分かれ一向に結論は出ないまま。
岩城は、より頭を抱えることになった。
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