第118話 出発

「社長、やりました!」

「おお! ちゃんとできてるな」


 問題なく‶水魔法″を発動できたことに喜ぶ神崎と悠真だったが、その横で田中がギョッと目を見開く。


「ちょ、ちょっと待って! ここダンジョンの外だよ。どうして魔法が使えるの?」


 神崎と悠真は「あっ!」と思い固まってしまう。


「そ、そりゃ~あれだ! ダンジョンから‶マナ″が溢れてるらしいからな。この辺りにもマナがあるんだよ!」


 神崎がしどろもどろで答えると、「ああ、そう言えばそうでしたね」と田中は納得して頷く。

 それを見て二人はホッと胸を撫で下ろした。


「悠真、今使った‶水の魔力″は【水脈の棍棒】の中に蓄積される。無駄にはならないから、心配しなくていいぞ」

「そうなんですか……」


 魔宝石を取り込んだとはいえ、マナ指数は300そこそこ。無駄に使えば、あっと言う間になくなるだろう。

 棍棒の中に魔力が残ってくれるならありがたい。

 悠真が未だ光を放つ【魔法付与武装】を眺めていると、向こうから大きな声が聞こえてきた。


「地上で待機する企業の方々はこちらにお願いします! スケジュールに関する資料をお渡ししますので」


 数人の自衛官が、集まった人たちに声をかけていた。地上で作戦指揮を担当するのは自衛隊のようだ。

 悠真たちは他の企業の探索者シーカーと共に、ドームの前へと足を進めた。


 ◇◇◇


 施設内――ダンジョンの入口がある広い部屋。ルイは‶雷獣の咆哮″のメンバーとして整列していた。

 魔物に破られたという隔壁扉は、すでに修復されている。

 ――それにしても、凄い人たちが集まってるな。

 ルイは緊張した面持ちで辺りを見回す。そこに並んでいたのは、国内でもトップクラスの探索者たち。

 アイザス社のナンバー2クラン『アクア・ブレイド』、ファーメルの最強クラン『ロザリオ』、神楽坂医薬の大規模クラン『阿修羅』、その他にも準大手と言われる企業のクランがずらりと並んでいた。

 そんな、そうそうたる顔ぶれの前を横切り、用意された号令台の上に登ったのはエルシード社の本田だった。


「お待たせしました。各社の探索者集団クランが揃いましたので、これから出発します。すでに運搬する資材はダンジョンの一層に下ろし、それを守る探索者シーカーたちも一層で待機しています」


 ルイは姿勢を正した。今、この場所と一層にいる探索者を合わせれば、百名以上はいるだろう。

 そして地上には、自衛隊と探索者が五百名以上いる。

 これほど大規模な作戦は聞いたことがない。何よりその一翼を担えることに、ルイは身が引き締まる思いだった。


「五十階層までの警備はBランクの会社にお任せしています。Aランクの企業はそれ以後の警備をしてもらいますので、魔力の消費は抑えて下さい。百階層に到着すれば地上までの補給ルートの確保、簡易の『セーフティーゾーン』の設置など、やることは多くあります。しかし事態が事態だけに、迅速さも必要です」


 分かっていたこととはいえ、かなり難度の高いミッション。集まった探索者シーカーたちは誰もが強張った表情で本田を見つめていた。

 そんな面々を見渡し、本田は口元を緩める。


「まあ不安をあおってしまいましたが、ここにつどった皆様は超一流の探索者シーカーばかり、作業目標の達成にはいささかの疑念もありません。全員、無事帰還することを信じております!」


 本田の口上が終わると、各クランのリーダーが指示を出し、それぞれダンジョンの一層へと下りていく。

 大規模な探索者集団クランによる合同作業が、ついに始まった。


 ◇◇◇


 赤のダンジョン十二階層。周囲を警戒しながら、一行は灼熱の大地を進んでいた。

 先頭にはダンジョン走行用に改良された小型の資材運搬車が、ガタガタとキャタピラを唸らせながら走っている。

 人間の足と変わらない速度だが、重い資材をまとめて運べるのはありがたい。

 運搬車の周りに中堅企業の探索者シーカーが警護に張り付き、その後ろを上位の探索者シーカーたちが隊列を組んで歩いていた。

 まだ浅い階層のため強い魔物は出ていないが、それでも普段見かけないような魔物が多く目につく。

 より深い階層の魔物が上がってきているようだ。

 Bランクの探索者シーカーが次々と魔物を倒し、資材運搬車の通る道を確保していた。


「さっき話してたのは知り合いか?」


 集団の後方を歩いていた天王寺が、隣を歩く石川に声をかける。


「ん? ああ、そうだな。昔からの腐れ縁ってやつだ」

「そうか……若いヤツもいたな。ルイと同じくらいの」

「ああ、あそこの新入社員だ。どうした? 気になるのか?」

「いや……」


 天王寺は顎に手を当て、なにかを考えるような仕草を見せる。


「あの若いのは優秀みたいだぞ。マナ指数も高いと思うが」


 石川にそう言われた天王寺だが、フルフルと頭を振る。


「マナは特に感じなかったが、なにか奇妙な違和感があった」

「違和感?」


 石川が聞き返すが、天王寺はうまく説明することができないようだった。


「……いや、なんでもない。気のせいだろう。忘れてくれ」

「そうか、まあ若い社員のことは詳しく知らんが、社長の方は昔からよく一緒に仕事をしていてな。マナ指数こそ高くないが、優秀な男だよ」

「石川がそう言うなら相当だろう。ちなみになんて会社なんだ?」

「ああ、D-マイナーっていう小さな会社だ」

「D-マイナー!? じゃあ、あいつらが……」


 天王寺が驚いた顔をしたので、石川は眉を寄せる。


「なんだ、知ってるのか?」

「いや……実は――」


 ◇◇◇


 一行は一日で五十階層まで到達し、そこにある『セーフティーゾーン』と呼ばれる宿泊施設で一晩過ごすことになった。

 施設の外に置かれた資材を、探索者シーカーが交代で見張っている。

 辺りは日が沈み、徐々に暗くなってきた。あちらこちらで小枝や薪をくべ、焚火をして明かりをとる。

 上位の探索者集団である‶雷獣の咆哮″は見張りをする必要はなかったが、ルイは一人外に出て、手近な岩に腰を下ろしていた。

 自分で起こした焚火を見やり、ゆらゆらと揺れる火を眺める。


「不思議なもんだな。ダンジョンの中なのに夜があるんだから」


 突然声をかけられたので振り向くと、そこにいたのは石川だった。


「石川さん……」

「眠れないのか?」

「ええ、緊張してしまって」


 石川はルイの隣に腰を下ろし、目の前でパチパチと弾ける焚火を眺める。


「ダンジョンでの寝泊りは『緑のダンジョン』でもやってただろ? 大して変わらないさ」


 ルイは微笑みながら首を横に振る。


「同じじゃないですよ。『緑のダンジョン』と『赤のダンジョン』では魔物の強さも違いますし、なによりこっちは非常事態ですから」

「まあ、確かにな」


 石川は足元に落ちていた枯れ枝を拾い、ヒョイッと投げて火にくべる。

 一瞬、火が大きくなるが、すぐに元の大きさに戻った。二人で火を眺めていたが、しばらくすると石川が口を開く。


「ドームの前で話してた友達、仲がいいのか?」

「……悠真ですか? はい、幼馴染ですから仲はいいですよ。子供の頃から遊んでましたし」

「そうか……実はさっき面白い話を聞いてな」

「面白い話?」

「天王寺から聞いたんだ。横浜のダンジョンが攻略されたことは知ってるだろ?」

「もちろん。『黒のダンジョン』ですよね。けっこうな騒ぎになってましたから」


 ルイは石川がなにを言いたいのか分からなかった。だが次の言葉に衝撃を受ける。


「その『黒のダンジョン』。攻略したのは、お前の幼馴染のいるD-マイナー社だ」

「ええっ!?」

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