第374話 究極の巨人

 アメリカ・サウスダコタ州――

 高い山々に囲まれた平原に、黄金の鹿はいた。

 全身に乾いた風を受けながら、彼方の空を見やる。大きな"マナ"が近づいてくる。このマナには覚えがあった。

 以前戦った敵だ。あの時は自分が勝ったが、前よりも"マナ"が強力になっている。 黄金の鹿は逡巡する。自分もまた強くなっている。もう一度戦ったとしても、自分が負けることはないだろう。

 鹿は体の向きを変え、空を睨む。

 いいだろう。自分と戦いたいのなら、何度でも相手をしよう。

 絶対的な強者である黄金の鹿は、自分が負けることなど微塵も考えなかった。魔宝石を食らいつくした自分は絶対なる存在。

 王を超え、神の領域に近づいた魔力で、ただ敵を叩きのめすのみ。

 そう考えた鹿が見据える先、山間の向こうから小さな影が近づいてきた。


 ◇◇◇


 標高1700メートルを超えるラシュモア山の上空に、一機の機影があった。

 ジェットエンジンを搭載した『ドルニエ328』。アルベルトが大陸を移動するのに使っていた輸送機であり、現在その機内には悠真とルイ、明人が搭乗していた。


「もうすぐ【黄の王】が目撃された地域に入る。警戒はしておいてくれよ」


 アルベルトは座席には座らず、立ったまま前方を見据える。

 悠真たち三人は座っていたが、目的地に近づくにつれ、ピリピリとした空気を感じていた。窓際に座っていた悠真は、窓の外に視線を移す。


「……いるな」


 ボソリとつぶやいた悠真に、後ろの座席にいた明人は眉根を寄せる。


「どないした? なにか感じるんか?」


 悠真は無言のまま、小さな窓に手を当てる。


「……近くにいる。【黄の王】もこちらに気づいてるみたいだ」


 ルイは座席から立ち上がり、悠真の元まで歩み寄る。


「感じるんだね。黄の王の気配を」

「ああ、俺は行くよ。ルイたちは離れた場所にいてくれ。かなり激しい戦いになると思うから」

「え?」


 戸惑ったルイを横目に、悠真は『金属化』を発動した。

 全身が黒く染まった瞬間――悠真は手を『液体化』し、航空機の側面にぶわりと広げていく。


「悠真!」


 ルイが叫ぶ中、金属化した悠真は振り向いてニヤリと笑う。


「決着をつけてくる。今度は負けたりしねえからな!」


 液体は窓枠のわずかな隙間から内部に侵入し、そのまま外へ漏れ出ていった。ルイと明人は慌てて窓の外を見る。

 丸い金属スライムになった悠真が、空を落下していく。


「あいつ! 一人で行きよった」

「でも、僕らがついていっても足手まといになるだけだよ。ここは悠真に任せるしかない!」


 ルイと明人が見つめる先、金属スライムは黒い翼を広げ、飛び去っていった。


 ◇◇◇


 大きな魔力の塊を感じる。ドラゴンの翼と尻尾を生やしているが、今は金属スライムの状態。

 魔力を感知するのは容易だった。


「山を抜けた平原にいるな!」


 悠真は滑空して相手がいる場所に向かう。草原のただ中に光り輝く鹿がいた。バチバチとプラズマを走らせ、臨戦態勢に入っている。


「上等だ!!」


 悠真は空中で金属鎧の姿になり、さらにデカスライムの能力を解放して『巨人化』する。翼も大きくなり、バサッバサッと羽ばたいて風をつかむ。

 黄金の鹿も動き出す。

 こちらに向かって猛烈な速度で走ってきた。最初から全力でぶつかる気のようだ。悠真は翼を引っ込め、自由落下する。

 黄金の鹿も眩い光を放った。その光の中から現れたのは黄金の巨人。

 悠真を倒した【黄の王】の戦闘形態だ。

 黒い巨人が地面に落下し、大地が爆散する。大量の粉塵が舞って高々と噴き上がるが、黄の王は気にせず突っ込んでくる。

 悠真も腰を落とし、全身に"風の魔力"を纏った。

 黄金の巨人が放った右のストレート。それに合わせるように、黒い巨人は右の正拳突きを放つ。

 拳と拳がぶつかり合った瞬間――衝撃で地面が割れ、爆風が吹き荒れる。

 二体の巨人は互いに飛び退き、距離を取った。

 悠真はふぅーと息を吐き、敵を睨み付ける。


 ――あいさつ代わり、ってことだな。その余裕づらをぶん殴ってやる!


 悠真は左手の甲にあるキマイラの『宝玉』に意識を向ける。一つの宝玉が輝き出し、眩い光が黒い巨人を包み込む。

 光が収まった時、巨人の姿は変わっていた。黒い体はそのままだが、全身は筋肉の鎧に覆われ、手首や足首にはフサフサとした体毛が生えていた。

 体は悠真が戦った【ヴァーリンの王】そのもの。しかし、顔は黒い巨人のままだった。悠真はキマイラの"変身"ではなく、コングロマリットの"部分開放"を選んだ。

 

 ――完全に変身すると【風魔法】が使えなくなるからな。100%【ヴァーリンの王】の力が引き出せなかったとしても、この姿がベストのはずだ! 


 悠真は両拳を構え、黄金の巨人をめつける。

 体表には『緑の紋様』が浮かび上がり、風の魔力が全身を覆う。辺りには風が吹き荒れ、尋常ならざる魔力が放たれる。

 準備は整った。悠真は地面を蹴り、相手に向かって飛び込む。

 サウスダコタの大平原で、究極の巨人同士がぶつかり合った。


 ◇◇◇


 アルベルトやルイたちを乗せたドルニエ328は、悠真と【黄の王】から離れた山のふもとに着陸する。

 ハッチが開き、最初に飛び出したのは明人だった。 


「どうなったんや!? もう、戦かっとるんか?」


 手でひさしを作り、遠くを見据える。そんな明人の後ろから、アルベルトとルイも歩いて来た。


「明人、僕らじゃなにもできない。無茶して突っ込まないでよ」


 ルイの言葉に、明人は「分かっとるわい!」と険しい顔をした。


「それでも、戦いは最後まで見守らなあかんやろ! もちろん悠真が勝つんやけどな」


 ルイと明人の様子を見て、アルベルトは頬を崩す。


「君たちは信じてるんだね。彼が【黄の王】に勝つことを」


 英語が分からない明人は「あ?」と言ってアルベルトを睨んでいたが、ルイは「もちろんです」と力強く頷いた。


「以前より悠真は強くなってます。今度こそ、必ず勝ってくれますよ。必ず!」


 アルベルトも平原の先に目を移す。距離があるため、ほとんど視認できないほどだが、二体の巨人が向き合っているのは間違いない。 

 三人が見つめる中、平原の中央で爆発したような衝撃が走った。

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