第373話 滑走路で待つ者

 オーストラリアの領空を抜けたところで、航空機の後部ハッチが開いた。 

 空を飛んでいた明人と悠真は航空機に近づき、後部ハッチから中に入ろうとする。最初にゲイ・ボルグに乗った明人が入り、次に黒竜から"金属鎧"の姿に戻った悠真が、エンシェントドラゴンの羽を生やした状態で降り立つ。

 二人が中に入ったのを確認した航空機のパイロットは、後部ハッチを閉じて機体の速度を上げる。


「なんや、竜は一匹もけえへんかったな。二、三百匹は倒したろうと思とったけど。いや~残念、残念」


 明人は腕をグルグル回しながら周囲を見る。数十人の乗組員たちはパチパチと拍手しながら明人と悠真を歓迎した。

 明人は上機嫌で闊歩し、機体前方のシートに座る。

 悠真もあとに続き、シートに座ろうとすると、席についてたルイが拳を突き出してくる。


「お疲れ」

「おう」


 悠真は拳を合わせ、シートに腰を下ろした。ベルトを締め、堅い背もたれに体を預ける。この航空機は機体側面にシートが並ぶ仕様なので、座り心地はかなり悪い。


「竜は襲って来なかったみたいだね」


 ルイの言葉に、悠真は「ああ」と返す。


「なんでか分かんないけど、一匹も近づいてこなかった」

「そらデッカイ"黒竜"に変身しとったんや。怖すぎて他の竜は近づいてこれんかったんやろ。まあ、結果オーライっちゅうことや」


 隣に座る明人は、小指で耳をほじくりながら話す。確かに"黒竜"の魔力量はすさまじかった。

 他の竜が警戒してもおかしくはないだろう。

 そんなことを思いつつ辺りを見回すと、多くの乗組員たちは機体中央の床に座って身を寄せ合っていた。

 本来は戦車など収容する輸送機のため、やはり人を多く乗せるには不向きのようだ。


 ――まあ、文句を言う訳にもいかないけど。


 アメリカ到着までは十八時間。悠真は瞼を閉じ、しばらく眠ることにした。


 ◇◇◇


 ロサンゼルス国際空港――

 晴れ渡った空のもと、長い滑走路にアルベルトの姿があった。部下は連れておらず、単独で行動していた。

 周囲を見回し、フッと息を漏らす。


「滑走路に損傷はないね。着陸するのに問題はなさそうだ」


 アルベルトは空を見やる。三鷹悠真たちが戻ってくるとすれば、潜水艦か航空機。潜水艦ならサンディエゴ海軍基地に入港するだろうが、アルベルトは潜水艦で戻って来るとは思っていなかった。


 ――潜水艦が無傷のままとは考えにくいし、三鷹たちの実力なら上空の竜を蹴散らすのも可能だろう。彼らだけであれば、航空機で戻って来れるはずだ。


 アルベルトは数日前からロスに入り、三鷹たちが帰ってくるのを待っていた。

 【黄の王】の力は日に日に強くなり、もはやアルベルトの探索者集団クラン"プロメテウス"でも、対抗するのが難しくなっていた。


「情けないが、もう彼らに期待するしかない。まあ、戻って来るというのは淡い期待でしかなかったが……」


 アルベルトは空を見たままニヤリと笑う。


「どうやら、僕の考えは正しかったようだね」


 アルベルトが見つめる先、上空には二機の航空機がこちらに向かって来ていた。こんなご時世、一般人が航空機を使うはずがない。

 間違いなく三鷹たちが乗っている機体だ。

 なにより、恐ろしいほどの"魔力"をアルベルトは感じていた。


 ――この禍々まがまがしい"魔力"の波動……以前の三鷹を遙かに凌駕するものだ。だとすれば、タルタロスの攻略が成功したんだろう。


 二機は無事に着陸し、エンジンの逆噴射とブレーキをかけながら滑走路を進む。

 アルベルトの前を横切り、百メートル以上進んだところで停止した。しばらくすると後部ハッチが開き、乗組員たちが降りてくる。

 見知った軍人、ブレイスの姿もあった。

 アルベルトは小さく微笑み、人々の元へと足を進めた。


 ◇◇◇


 航空機の後部ハッチが開き、乗組員たちが次々と降りていく。

 多くの人々が母国に戻れたことに喜んでいるようだ。悠真も乗組員たちに続いて外に降り、辺りを見回す。

 黄の王に破れてから一ヶ月あまり、もう一度再戦のチャンスを得ることができた。

 だが、と悠真は思う。


 ――【黄の王】も日に日に強くなってると聞いてる。本当に俺の力は通用するだろうか?


 そんな不安を抱いていると、隣にいた明人が大きく息を吐く。


「はあ~やっと戻ってきたで。さっさと【黄の王】もぶっ倒して、今度はアメリカやのうて日本に帰ろうや! なあ悠真」

「ああ、そうだな」


 いつでも前向きな明人の存在はありがたい。そう思いつつ、滑走を歩いていると、少し先でブレイス艦長が誰かと話しているのが見えた。

 金髪で大柄の男性。悠真はすぐにそれがアルベルトだと気づく。


「アルベルトさん!」 


 悠真が走り出すと、ルイと明人もあとに続いた。


「やあ、三鷹くん。無事でなによりだ」


 アルベルトが振り向き、いつもと変わらぬ笑顔を向けてくる。近くまでいくと、明人が眉をひそめた。


「オッサン、なんでこんなところにおんねん。【黄の王】はどないしたんや!」


 アルベルトはフフッと笑い、悠真たちを見る。


「大丈夫、ちゃんと監視は続けているよ。今はサウス・ダコタの辺りをウロついているみたいだ」


 なんでもないことのように言うアルベルトに、悠真は真剣な眼差しを向ける。


「アルベルトさん、オーストラリアは今、反乱を起こした探索者シーカー牛耳ぎゅうじられてるんだ。アメリカから支援を送れないかな?」

「その話はブレイス艦長から聞いたよ。我々もオーストラリアまで安全に行く方法を考える。ただし、そのためには――」


 アルベルトは言葉を切り、悠真の目を見つめる。その視線の意味はすぐに理解できた。

 悠真は一呼吸置き、アルベルトを見つめ返す。


「俺が……【黄の王】を倒さなきゃいけないってことだな」

「その通り。【黄の王】を倒さない限り、アメリカに未来はないからね。オーストラリアに行くこともできない」


 もちろん分かっていることだ。悠真はグッと拳を握り込む。

 アルベルトの顔から笑みが消えた。


「【黄の王】はさらに力を増している。それでも勝つ自信はあるかな?」


 問われた悠真は、わずかに口の端を上げる。


「全力で戦うだけだよ。アイツの元へ、俺を連れて行ってくれ!」

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