第5話 炎と冷気の使い手
穴の中を覗き込むと、金属スライムは穴の隅で大人しくしている。
穴に入らずにスプレーをかけるには少し遠い。結局、中に入って手を伸ばすしかない。
悠真は恐る恐る穴に入り、スライムを刺激しないようにゆっくり手を伸ばす。
もし、これでスライムが襲いかかって来るようならすぐに逃げよう。悠真はそう考えていた。
スライムとスプレー缶との距離は、およそ30センチ。
プッシュボタンを押すと、シューと音を立てスライムの全身に冷気がかかる。
スライムは最初何をされているのか分からなかったのか、戸惑うようにプルプルと体を動かしていた。だが、攻撃されていると気づき慌てて逃げ出す。
「うわっ!」
悠真はビクッと体を強張らせるが、よく見るとスライムの動きがぎこちない。明らかにスプレーが効いているようだ。
「よし! 今のうちに……」
悠真はスプレー缶を更にスライムに近づけ、冷気を噴射する。
スライムの全身が、うっすらと白くなってゆく。まるで霜が降りたようだ。
完全に動かなくなったのを確認して、悠真は穴の奥まで亀のように屈んで入っていく。コチコチになったスライムを指でつつくが、動く様子はない。
「これならいける!」
冷却スプレーを地面に置き、左手に持っていたガスバーナーを右手に持ち替える。点火レバーを引くと、青白い炎が勢いよく噴き出し金属スライムを炎に包む。
「わっ!」
火は地面に広がり、激しく燃え上がった。「なんだ?」と思ったが、どうやら冷却スプレーのガスに引火したようだ。
缶の注意書きを読むと、可燃性のガスが使ってあると書かれていた。
「これのせいか……気をつけないと危ないな」
とは言え、激しく燃えてくれること自体は好都合だ。ガスも穴の奥に留まっているようで、火はこちらまで来ない。
悠真は火から距離を取り、様子を見ることにした。
しばらくするとスライムの表面が赤く発光し、凍っていた体が動きだす。
だが―― ピキッと金属スライムの外殻にヒビが入った。動けるようになっても、元の素早い動きではない。明らかにダメージを受けている。
「効いてる! 効いてるぞ!!」
もう一度、冷却スプレーを吹き付ける。金属スライムは熱されていたため、簡単には凍らなかったが、根気強く噴射し続けた。
スライムはまた動かなくなり始め、全身が薄い霜で覆われる。
「今度こそ――」
悠真はガスバーナーの火口を近づけ、点火レバーを引く。
噴き出す炎に焼かれ、金属スライムはじわじわと赤い光を帯びる。パキッ、パキッと表面が割れていく音がした。
表面が脆くなっているんじゃないか? ここで打撃を与えれば、きっと倒せる!
そう確信したが、冷却スプレーとガスバーナーしかない。なにか岩でもないかと手探りしていると、手に硬い物が当たった。
――あ、これは!?
さっき金属スライムから逃げた時に落とした金槌だ。悠真は金槌を手に取り、のろのろと逃げようとする金属スライムに向かって構える。
狭い穴の中、小さく振り下ろした金槌がスライムの体に直撃した。
バキンッ! という衝撃音が響き渡り、あれほど硬かった金属スライムの体が粉々に砕け散った。
「やった!」
バラバラになったスライムの体は、黒く細かい砂となり、サラサラと舞って消えていく。ダンジョンの中にいるモンスターの消え方はテレビで見たことがあった。
なるほど、こうやって消えるのかと納得する。
悠真は『魔宝石』が落ちてないか懐中電灯で穴を照らし入念に探した。だが、どこにもそれらしい物は無い。どうやらドロップはしなかったようだ。
「まあ、そりゃそうだよな。魔物のドロップ確率なんて、すげー低いって聞いたことあるし」
悠真は早々に諦めて穴から這い出す。不思議そうな顔で見つめてくるマメゾウに、「変な奴はやっつけたぞ。もう大丈夫だ!」と笑って声をかけた。
なんにせよ魔物はいなくなった。これで終わったんだ。
悠真は家から大き目のダンボールを持ってきて穴を塞ぐ。近くにあった石をダンボールの上に置いて重しにした。
取りあえずこれでいいだろう。今日はもう疲れたので何もやる気がおきない。
「今度時間ができたら穴を埋めるから、それまでコレで我慢してくれよ。マメゾウ」
「わんっ!」
悠真は使った金槌や冷却スプレー、ガスバーナーを片付けるため、家の中へと戻ってゆく。
この時はこれで終わったと思っていた。そう、この時は。
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