第29話 未踏の領域

 学校から帰ってきた悠真は、自分の部屋でドロップした‶魔鉱石″を眺めていた。

 それは黒い魔鉱石で、普通の金属スライムと色も形も大きさも同じだ。ただ違うのは、石の表面に紋様みたいなものが浮かんでいること。

 白い植物のレリーフで、輪を描いた花飾りのように見える。


「なんか意味あんのかな、これ?」


 悠真はまずマナ指数測定器を取り出し、自分に向けてスイッチを押す。あれだけ強い魔物を倒したんだ。少しぐらい‶マナ″が上がっていてもおかしくないだろう。

 期待して表示画面を見るが、やはりゼロだった。


「……ちぇっ、なんだよ。あんなに苦労したのに」


 不満を吐露する悠真だったが、次にドロップした魔鉱石も測ってみる。するとこちらもゼロだった。

 

「こいつもゼロか……使うことはできるってことだな」


 悠真は台所に持っていき、水で洗っていつものように飲み込んだ。

 しばらくすると腹の底から熱が込み上げてくる。もう慣れた感覚だったが、今回は少し違った。


「う!? なんだ? この熱さは」


 今までとは比べものにならないほどの熱が全身を駆け巡る。

 食べちゃいけないものだったか!? と恐怖心を抱くが、しばらくすると落ち着いてきた。


「は~大丈夫か……ちょっと怖かったな」


 この魔鉱石はどんな能力だろうかと思い、試すために庭に行く。

 わんわんと吠えるマメゾウを横目に、まずは『金属化』を発動する。真っ黒な姿になるとマメゾウは怖がってしまうが、大丈夫、大丈夫と言って何とかなだめる。


「さて、あのデカスライムの特徴が能力になってる可能性があるけど……」


 今朝出会ったデカスライムを思い浮かべる。なんと言っても触手を伸ばした攻撃は怖かったな。

 体の一部を武器に変えていた。あんなことができれば――

 そう考えていると、うねうねと自分の手が形を変えていく。もしかしてと思い、手を武器に変えるイメージをしてみる。

 すると手が次第に変化し、片刃のナイフのような形になった。


「おお……すげー! 本当にできた」


 ちょっと感動してしまう。他にもできないか色々試してみた。

 手をハンマーに変えたり、鉄球にしてみたりと、イメージするだけで体を様々な形に変えることができた。単純な形なら、すぐにできるようだ。

 特に凄かったのが――


「おおーこんなこともできんのか! メチャクチャ面白い」


 悠真は丸い金属スライムの形になっていた。まさか体まるごと変形できるとは。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、マメゾウと戯れる。

 なかなか面白いと思ってはしゃいでいたが、ふと家のガラス戸に目を移すと自分の姿が反射して映っていた。

 丸っこいスライムの姿になってピョンピョン飛び跳ね何本もの触手を伸ばし、うねうねと動かしている。

 悠真は冷静になって考えてみた。


「あれ……これって……魔物に見えてないか?」


 ◇◇◇


 その日、国際ダンジョン研究機構(IDR)はかつてない事態に騒然となる。

 研究所の一角に設置された‶オルフェウスの石板″。その前に多くの研究者が集まっていた。

 石板を見上げ驚愕の声を上げる人々の中に、イーサン・ノーブルの姿もあった。


「イーサン!」


 慌てた様子でクラークが走って来る。


「どうしたんですイーサン! これは何の騒ぎですか?」


 辺りを見回して困惑するクラーク。急な出来事に研究所は混乱していて正確な情報が伝わっていなかった。

 そんなクラークを見て、イーサンはフフッと悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「あれだよクラーク。みんなの興味を引いているのは」


 イーサンが指差したのは壁に立てかけられた‶オルフェウスの石板″の上部。

 色とりどりの鉱石が並んでいる場所だ。


「なんです? また公爵デューク君主ロードが倒されたんですか!?」

「いやいや……違うよクラーク。もう、その程度では誰も驚かない」


 不敵に微笑むイーサンに、クラークは眉をひそめる。


「よく見てごらん。石板の最上部を」


 言われた通り視線を移せば、鉱石の一つが砕けていた。それは今まで破壊されたことがなかった一番上の鉱石。


「石板に記される最上位の魔物、六体いるキングの一角――」


 イーサンは石板の最上段を見やり、口角を上げる。


「【黒の王】が倒された」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る