第二章 就職活動編

第30話 将来の選択

 巨大な金属スライムを討伐した翌日、悠真は悩んでいた。


 ――昨日、冷却スプレーやバーナーのボンベを使い切っちゃたからな。今日はどうやって金属スライムを倒そうか……。


 頭を捻りながら階段を下り、庭へと向かう。

 すると不思議なことに気づく。いつも吠えまくっているマメゾウだが、今日はやけに大人しい。

 悠真が近くまで行くと、犬小屋から飛び出し、尻尾を振って甘えてくる。


「どうした、マメゾウ?」


 マメゾウの頭を撫でて、ふと目をやると昨日まであった穴が見当たらない。


「え!?」


 あまりのことに呆気に取られる。穴が無い? 悠真は辺りを見回し、穴があったはずの場所を入念に調べた。

 だが、そこにはなにも無く、普通の地面になっている。

 一年以上悠真を悩ませ続け、変てこなスライムが出てきた小さなダンジョン。

 それが突然、跡形も無く消えていた。


「ええ~!? こんな急に無くなるの?」


 困惑する悠真とは対照的に、マメゾウはご機嫌だった。庭をぐるぐると駆け回り、わんわんと駆け寄ってくる。

 どうやら本当にダンジョンは無くなったようだ。


「ま、まあ、これで朝早く起きなくてもいいし、マメゾウも変な奴がいなくなって良かったよな」

「わんっ!」


 悠真は自分の部屋に戻り、学校へ行く支度をする。時間に余裕ができたせいか、特にやることもなくなってしまった。

 悠真はいつもよりも早く家を出る。


「良かった、良かった。どうせ金にもならなかったから清々したぜ!」


 穴が無くなったのは、いいことなのに違いない。だけど何故か胸にポッカリと穴が空いたような気持ちになる。寂しささえ感じていた。

 日課になっていたせいだろうか?

 金にならないと分かってから、あれほど無くなれと願っていたのに。

 それにしても、どうして突然消えたんだろう。やっぱり、あのデカスライムを倒したせいかな? ボス的な存在だったのか?

 そんなことを考えていると、後ろから明るい声が飛んでくる。


「おはよ! 今日は早いね」

「ん? ああ、かえでか。おはよう」


 楓の爽やかな笑顔を見ると、考えていたことなど全部吹き飛んでしまう。

 最近、少し大人っぽくなったように感じるのは気のせいだろうか?


「聞いたよ! 昨日、大遅刻したんだって? 夜、遊びすぎて寝不足にでもなったんじゃない?」

「そんなんじゃねーよ!」

「まー、ここ一年くらい早起きしてるようだから心配してないけど」

「母親みたいなこと言うな! 昨日はたまたま寝過ごしただけだ。もう無いよ、そんなことは」


 そう、もう無いんだ。ダンジョンが理由で遅刻することなんて。


「そっか……ところで悠真、大学合格したんだって? おめでとう! 春からキャンパスライフだね」

「お、おう。まあ、偏差値の高い大学じゃねーけどな」

「フフッ、でも憧れるよ。キャンパスライフなんて、私は就職するのが決まったからさ」

「えっ!? 就職?」


 悠真は楓の言葉に驚いた。てっきり大学に進学すると思っていたからだ。


「お前、頭いいんだから大学なんてどこでも行けるだろ!」

「買い被り過ぎだよ。そんなに成績がいい訳じゃないし、それにうちは裕福じゃないからさ。早く働きに出たいんだ」

 

 楓の家が母子家庭なのは知っている。だけど、金銭的な理由で進学しないなんて話は一度も聞いたことがない。


「働くって、もうどこに就職するか決めてるのか?」

「うん、実はね。もう内定も出てて、春から出社するんだ」

「そ、そうなのか!?」


 もうそこまで決まってるのか! と驚く悠真だが、なんとか平静を装う。


「そ、それで、どんな企業に就職するんだ?」

「メド・アイリスっていう医療ベンチャー系の会社。事務や受付の仕事をするの」

「そうなんだ……」


 そんなしっかりした会社に――と思ったが、医療ベンチャーという言葉に聞き覚えがあった。


「その会社って、もしかして……」

「うん、ダンジョン関連の企業だよ。実はルイの紹介で面接に行けたんだ」

「ルイの!?」


 急に出てきたルイの名前に、悠真は動揺を隠せなかった。

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