第31話 自分の強み
「私が就活するって知ったルイがね、エルシード社の人に聞いてみようかって言ってくれたんだ。最初は断ったんだけど、高卒だけの学歴じゃ就活は厳しいかもしれないって言われて……」
「あいつ、そんな心配までしてたのか」
なにも知らなかった自分とは大違いだ。
なにより楓がルイにそんな相談をしていたことがショックだった。
「せっかくの好意だから受けることにしたんだ。それでメド・アイリス社を紹介してもらって……福利厚生もしっかりしてる会社だから、母さんも喜んでね」
「そう、なんだ」
無邪気に笑う楓を見て、いい会社に就職できたことを嬉しく思う反面。複雑な気持ちになった。
◇◇◇
学校から帰ってきた悠真は、腕を組み机に向かっていた。
ルイも楓も、自分の道を決めて迷わず進んでいる。悠真も大学に行くことを決めていたが、それは積極的に自分で決めた訳じゃない。
やりたいことが無かったから、親に言われるまま受験しただけ。
悠真に取っては、ただのモラトリアムにすぎない。
「本当に……このままでいいのかな……」
今までなりたいものなんて無かったし、夢も無かった。だから大学に行くことに何の疑問も持たなかった。
でも今は――
悠真は引き出しからA4サイズのノートを取り出し、なにも書かれていないページを開いた。
――探索者になりたい。
以前なら考えることもなかった願望。
だけど今は明確に探索者になりたいと思っている。
ルイに感化された? それもあるだろう。でも、それ以上に小さなダンジョンに入り続け、魔物を倒した経験が背中を押す。
なにより手に入れた特殊な力がある。
探索者になるなら絶対にプラスになるはずだ。
悠真はノートに自分の強みを書き出していく。
一つ目は、なんと言っても『金属化』の能力だろう。
五分間体を鋼鉄に変え、連続して使えば最大一時間十分『硬化』を維持することができる。五分ごとに解除することもできるし『金属化』している間は物理攻撃を一切受けつけない。
そのうえ『火』『水』『雷』『風』の耐性まである。
(どれくらい耐えられるかは分からないけど)
防御面に関しては、ほぼ無敵なんじゃないかな?
二つ目はデカスライムの能力だ。
体の一部を変化させて武器に変えるなんて漫画でしか見たことない。他の
それに――
悠真は立ち上がり、フンッと体に力を入れる。全身に黒いアザが広がり『金属化』の能力が発動した。
さらにイメージすると体の形が変わり始め、ゼリーのようにプルプルとしたゲル状になって床に落ちる。そこには少し大きめの金属スライムとなった悠真がいた。
服は金属の体の中に取り込めるため、いちいち脱ぐ必要はない。
「おっと、目玉、目玉」
スライムの体表にぐるりと二つの大きな目玉が浮かぶ。体をくねくねとくねらせ、部屋の中を移動した。
そこそこ速く動くことはできるし、形を変えて狭い場所にも入ることもできる。
人の形に戻ろうとイメージすれば、体の中に入っていた服も元の状態に戻すことができた。
これはなかなか便利だ。
この全身を変化させる能力を『液体金属化』と呼ぶことにしよう。五分経って金属化が解けると、悠真はノートの‶強み″の項目に『液体金属化』を追加した。
液体金属化していれば地面を這って動けるし、狭い場所にも入ることができる。
危険なダンジョンを探索するのに、これ以上役に立つ能力はないんじゃないかな?
うまく使えれば一流の
グフフフと思わず笑みが零れてくる。いかん、いかん。冷静にならないと。
「次はデメリットについてだな」
まずは『金属化』して真っ黒にならないと能力が使えないってことだ。どう見ても怪しいし、能力は五分ごとにしか解除できない。
問題なのは『金属化』が、明らかに身体強化系の能力だということ。
つまり『黒のダンジョン』から産出される魔鉱石を使ったことがバレてしまう。
よくよく調べると、なぜか黒のダンジョンは他のダンジョンより出入りが厳しく規制されている。
勝手に入れば不法侵入罪、見つけたのに通報しないと通報義務違反。
しかも都の条例だけではなく法律としても制定されていた。違反するとかなり罪は重くなるようだ。
だったら尚更、バレる訳にはいかない。
液体金属化の能力など論外。最悪、他の
とは言え『金属化』で黒くなるだけなら、パーカーや帽子、マスクなんかで隠せるかもしれない。
二つ目のデメリットは魔法が使えないことだろう。
魔法がなければ深層の魔物が倒せないのは有名な話だ。手足を武器に変えて戦えば浅い階層の魔物ぐらいは倒せるかもしれない。
だけど深層の魔物は、自衛隊の銃弾でも効かないと聞いたことがある。
だとしたら、とても倒せるとは思えない。やっぱり地道に‟マナ”を上げて、魔法を覚えていくしかないか。
「さて、三つ目の問題……。これが一番大きいよな」
プロの
そもそも個人では、ダンジョンの下層に入れない。ダンジョンの深部に入れるのは、国から認可を受けた企業や団体だけ。
許認可を受けるには専任技術者がいることや、財務基盤が安定しているなど厳しい基準があるようだ。
個人で入ることができるのは『青のダンジョン』の低層など、ごく一部のみ。
そもそも入れないダンジョンもある。そんな環境では、マナを上げることも、金を稼ぐこともできないだろう。
液体金属化の能力を使えば、ダンジョンの検問をすり抜けて下層に行けるかもしれないが、能力に時間制限がある以上、ちゃんと帰ってこれるか分からない。
なにより不法侵入をしたことがバレれば
活躍している
あの動画配信していたチャラい男も、有名な企業と契約してたはずだ。
それに企業は探索者の育成に力を入れていて、魔物討伐のための戦闘訓練や、迷宮攻略の講義に加え、‶魔宝石″も無料で支給してくれるらしい。
悠真に取っては、まさに一石二鳥だった。
「う~ん、やっぱりどこかの企業に入るしかないか」
ルイは企業が主催するダンジョン体験会などを通じてマナを上げていった。計画的に考えていたんだ。
今から同じことをしても、到底追いつけないだろう。
「俺は俺のやり方でやらないと」
悠真は意を決して、自分の考えを両親に話すことにした。
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