第32話 最初の一歩
「どうしたの? 悠真」
リビングにあるテーブルについた母親が、不安気に悠真を見た。
悠真の向かいに父と母が座っている。話があると悠真に言われたため、両親は困惑していた。
悠真がそんなことを言い出したのは初めてだったからだ。
「なにか悩みでもあるのか?」
父が心配そうに尋ねる。悠真の父親は温厚な性格で、怒ったことなど一度もなかった。だが長年、郵便局に勤める
自分の考えなど甘いと一喝されるかもしれない。
そんなことを思いながら、悠真は口を開く。
「進学のことなんだけど……」
「進学がどうしたの?」
母も、落ち着かない様子で声をかける。重苦しい空気が漂うのを感じて、悠真はゴクリと喉を鳴らす。
「俺、大学行くのをやめて、就職しようと思うんだ」
悠真の言葉に、両親は目を丸くした。
「就職って……どこか行きたい会社でもあるの?」
母が真剣な眼差しで尋ねる。
「会社っていうか……職業がある」
「それはどんな職業なの?」
当然の質問だ。だが悠真は言葉に詰まる。ダンジョンで魔物を討伐する探索者になりたいなんて言ったら、二人はどんな顔をするだろう。
職種によっては認めてくれるかもしれない。だが危険が付きまとう仕事を、果たして認めてくれるだろうか?
悠真は恐る恐る口を開く。
「ダンジョン関連の企業に就職したいんだ。そのための勉強も始めてる」
「ダンジョン関連……それは大学を卒業してからじゃダメなのか?」
静かに見守っていた父が口を挟む。
「大学は、やりたいことが無かったから行こうと思ってたんだ。やりたいことができた以上、行く意味がないよ」
「そうか……」
そう言って父は黙ってしまう。母はそわそわと何か言いたげだが、あえて口を挟まないようにしていた。
ややあって父が口を切る。
「今まで……悠真が自分の考えを言うことが無かったからな。少し驚いた。なんと言うか、何事にも無気力な性格なのかと心配してたんだ」
そう思われても仕方ない。悠真も充分自覚はあった。
「だから悠真の意思をはっきり聞けたのは嬉しくもあるんだ。やりたいことがあるなら挑戦したらいい」
「え、いいの?」
「ああ、大学には休学届を出しておく。就職がうまくいって、やっていけると思ったら言いなさい。その時は退学届を出すから」
話を聞いていた母親も頷いて微笑む。受験料は無駄になるし、休学しても授業料の一部などはかかるはずなのに。
両親に悪いと思いつつも、悠真はその優しさに甘えることにした。
「ありがとう! 就職活動がんばるよ」
悠真は自分の部屋がある二階へと駆け上がる。スマホを手に取り、ベッドに腰を下ろした。
後は本格的に就職活動をするだけだ。
今は10月。高校生が就活するには少し遅いが、ダンジョン関連企業は通年採用を取り入れている所も多い。
それも‶
ダンジョン関連企業の採用には、
調べた限り、通年採用されているのは一部の研究者と
恐らく
悠真はそう思い、目ぼしい企業に手当たり次第エントリーシートを送りまくった。
「これで後は待つだけか……」
二週間後――
「なぜだ!? なぜ落ちまくる!!」
悠真は頭を抱えていた。エントリーシートを送った企業の八割から不採用通知がきたからだ。
「おいおいおい、これがお祈りメールってやつかよ!
悠真は甘く見ていたと後悔し始める。とは言え愚痴ってばかりもいられない。
なんとか書類審査を通過した企業の面接に望みを託すことにした。ほとんどが中堅の会社だが、受かるならこの際どこでもいい。
なりふり構ってられない悠真は、面接に向けて気持ちを新たにした。
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