第183話 国際ダンジョン研究機構の結論

「入手した情報をモニターに出します!」


 官僚がパソコンを操作し、会議室にある大型モニターに映像を映し出す。

 そこには太平洋を中心とした世界地図が表示されていた。会議の参加者は困惑しつつも、モニターに視線を移す。


「アメリカの分析によれば、南米に向かっていた竜の群れ232匹。日本とハワイの中間地点で急に進路を変え、まっすぐ日本に進んでいるそうです!」

「なぜだ!?」


 驚きのあまり言葉を失っていた岩城が、怒気を含んだ声で叫ぶ。


「日本を素通りしていったのに、なぜ急に戻ってくる? そんな訳の分からない行動を魔物がとるのか!?」


 その疑問に答えられる者はいない。誰もが押し黙ってしまった。

 会議室が静寂に包まれる中、情報収集を担当していた一人の官僚が声を上げる。


「メ、メールが届いています! 国際ダンジョン研究機構(IDR)からです!」


 室内は一気にザワつく。岩城も困惑して眉を寄せた。

 国際ダンジョン研究機構? ダンジョン研究の最高機関が、なぜ日本に……。色々と疑問が浮かぶが、岩城は頭を振って口を切る。


「それで、そのメールにはなんと書いてあるんだ!?」

「は、はい。日本の首脳陣と、緊急のオンライン会議を行いたいと……いつでも繋げますがどうしますか?」


 メールを読み上げた官僚も、前例のないことに戸惑っているように見える。岩城も突然のことに驚きはしたが、今は日本の窮地。

 世界最高の頭脳集団と呼ばれるIDRから助言を得られるなら、それに越したことはない。


「分かった。すぐに繋いでくれ」

「はい!」


 岩城は椅子に座り直し、ネクタイを直して姿勢を正す。

 IDRのメンバーと直接話したことはない。やや緊張するものの、こちらは一国のリーダー。緊急時とはいえ、みっともない言動は避けねばならん。

 岩城がそんなことを考えながら正面を向くと、大型モニターに映像が映る。

 円卓を囲む十人ばかりの顔ぶれ。全員が白衣を着ており、中央には老齢な女性が座っている。

 女性が話し始めると、少し遅れて日本語が聞こえてきた。

 どうやら日本語の通訳を用意しているようだ。


『岩城首相、始めまして。私はIDRの議長、マヤ・ベルガーと申します。急な申し出にも関わらず、通信会議を受け入れて頂きありがとうございます』

「マヤ博士。お話できて光栄だが、今は緊急事態。前置きはやめて、本題に入って頂けますか」


 岩城の言葉も翻訳されているようで、応答まで少し時間がかかる。


『失礼しました岩城総理。日本に【赤の王】が向かっているという情報は我々も掴んでおります。今日、お話ししたかったのは、その対抗策についてです』


 辺りから「おお!」という歓声が上がる。

 岩城も高鳴る鼓動と高揚感が抑えられない。


「対抗策……そんな方法があるのですか!? でしたら是非教えてもらいたい!」


 マヤはニッコリと微笑み口を開いた。


『日本政府は"黒鎧"を保護していると聞いています。間違ありませんね?』

「え?」


 岩城の思考が一瞬止まる。マヤがなにを言っているのか分からなかったからだ。

 黒鎧が人間だったことは、国連を通して当然IDRにも報告している。しかしなぜ突然"黒鎧"の名前が出てくるのか理解できなかった。


「黒鎧……それがどうかしたんですか?」


 マヤはコクリと頷き、円卓に座る若い男に視線を向ける。男はテーブルに置かれたマイクを手に取り、スイッチを入れた。


『それについては私が説明します。私はIDRの研究員、イーサン・ノーブルといいます』

「あ、あなたが?」


 岩城は目を剥いた。イーサン・ノーブルの名を知らない者はいない。

 ダンジョンに関する研究の権威で、彼によって解明された現象や提言された理論は数多い。

 しかし、かなりの変人だということも知られていた。極度のマスコミ嫌いのため、写真や映像はほとんど無く、その姿を見たと言う者も極少数。

 ――この男がイーサン・ノーブル……。話には聞いていたが、こんなに若いとは思ってなかった。20代後半……30ぐらいか?

 ボサボサの髪に丸メガネ、だらしない容貌に岩城は顔をしかめる。


『我々はこの数日、日本から提供してもらった映像データの解析を行っていました。その結果、一つの結論に達しました』

「結論……ですか?」

『"黒鎧"こと三鷹悠真ですが……彼は特異な性質の魔物ユニーク・モンスター【黒の王】の力を有すると、我々は考えています』

「……は?」


 岩城は素っ頓狂な声を上げ、会議室にはどよめきが広がる。

 ますますなにを言っているのか分からない。岩城は戸惑いながら、イーサンに質問を投げかける。


「黒の……王? どういうことでしょうか?」

『一年以上前、特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの【キング】の一角が倒されたという情報を、各国の研究機関に知らせました。残念ながら信用したケースは少なかったようですが、私はその後も調査を続けてきました。【黒の王】が倒されたのは間違いない。問題はということです』


 イーサンの話にザワつく室内。だが、着席したままの八杉だけは脂汗を掻き、指を組んで黙り込んでいた。

 ――まさか……。


『この案件は情報がないまましばらく棚上げになっていました。そんな折、入ってきたのが黒鎧の報告です。我々も当初、黒鎧が"黒の君主ロード"であることを疑ってませんでした。しかし、それが人間となれば話は変わってきます』


 岩城の頬に嫌な汗が伝う。イーサン・ノーブルがなにを言いたいのか分かってきたからだ。


『黒鎧の戦闘データ。明らかに意思を持った行動。なにより異常な強さと能力。我々IDRは幾度かの協議の結果、三鷹悠真は世界で初めて特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの【キング】を倒した人間であり、その力を扱える探索者シーカーであると判断しました。そしてこのことは、三鷹悠真だけが世界に現れた四体の王を倒しうるということを意味します』

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 慌てたように岩城が口を挟む。


「よく分かりませんが……か、仮に【黒の王】という魔物が関係してるとしても、人間の体を乗っ取ったり、操ったりすることも考えれるでしょう!? そうであれば危険性は排除できません!」


 岩城の主張を聞いたイーサンは、フルフルと頭を振る。


『確かに【キング】の生態については詳しく分かっていません。しかし魔物の力を取り込むという行為は、魔宝石を飲み込み魔法を使える従来の探索者シーカーたちも同じです。私の考えが正しければ、三鷹悠真は【黒の王】を倒したあと、"王の魔鉱石"を飲み込んだはずです。そうでなければ、あの強さは説明できない』


 岩城はゴクリと唾を飲み込む。

 三鷹悠真が黒の王? 四体の王を倒しうる?

 なにを言っているんだ、この男は。

 ヤツはただ危険なだけの化物だろう。

 反論しなければ。自分が下した判断が正しかったと主張するために。

 だが言葉が出てこない。相手は世界最高の学者、天才中の天才と呼ばれるイーサン・ノーブル。その男に反論など……。

 岩城はギリッと歯を噛み、モニターを見つめる。


『暴れ回る【四体の王】、人類では到底倒せないでしょう。倒せるとすれば同じ力を持つ三鷹悠真だけ。彼に戦ってもらうしかない、というのが我々IDRの結論です』


 イーサンは言葉を切り、一呼吸置いてから尋ねる。


『それで、彼は今どこにいますか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る