第184話 本当の絶望
会議室は静まり返る。誰も言葉を発することができない。
『どうしました? できれば三鷹悠真と直接話がしたいんですが』
土台無理な要求。その場にいる全員が分かっていたため、自然と視線が岩城に集まる。岩城もそれに気づき、渋々口を開いた。
「そ、それが……あの……」
『なにかありましたか?』
モニターの向こうで、イーサンが怪訝な顔をする。
「三鷹悠真は……怪我の影響で亡くなってしまったんです。我々も必死で治療したんですが……」
岩城の言葉が通訳されると、IDRの研究者たちは驚きの表情を見せる。
『本当ですか!? 三鷹悠真が死んだというのは?』
「は、はい。間違いありません。本当に突然のことで……」
イーサンは思い悩むように手をアゴに当てる。しばらく考えたあと、再びマイクを握った。
『彼が死んだのは、いつのことですか?』
「え? ええ、確か今日の未明だったかと」
それを聞いたイーサンはマイクを置き、IDRの研究者たちと言葉を交わす。一分ほど会話をしてから、もう一度マイクを取った。
『恐らくですが、【赤の王】が進路を変えたのは、三鷹悠真が死んだからでしょう』
「えっ!? どういうことですか?」
岩城は
『世界各地に現れた"四体の王"は、同系統のダンジョンから仲間を解放し、それぞれ離れた場所で生息圏を作っているとの報告があります。これは魔物同士が争わないようにするためでしょう』
黙って話を聞いていた八杉は耳を疑う。それは先ほどアイシャが言っていたことと、まったく同じだったからだ。
額に浮かんだ汗をハンカチで拭い、眉間にしわを寄せモニターを睨む。
――まさか……あの女が正しかったと言うのか?
『赤の王も仲間を増やすため、日本にある『赤のダンジョン』に来ようとした。しかし、そこには【黒の王】の力を持つ三鷹悠真がいた。赤の王は戦いを避けるため、仕方なく日本を迂回したと思われます』
「で、では……」
岩城はすがるような目でモニターを見る。
『ええ、三鷹悠真が死んだことで赤の王が戻って来たんでしょう。私の推測ですが、赤の王は東アジアを生息圏にして、この辺り一帯に居座るかもしれません』
岩城は言葉を失う。あんなバケモノが日本周辺に居座る? そんなことになれば、生き残れる人間など……。
モニターにノイズが混じり始める。イーサンに変わり、マヤがマイクを持った。
『どうやら通信が限界のようですね。大変、残念です……三鷹悠真は人類に取って最後の希望でしたが……もう……我々に……ません』
「待って下さい! 他に対処法は!? なにか、なにかないんですか?」
岩城は必死に訴えるが、画面の中のマヤは目を閉じて首を振る。
『本当に……残念です……』
映像はプツリと消えた。なにも映し出さなくなったモニターの前で、会議の参加者たちは言葉を無くし、立ち尽くしていた。
岩城は放心状態になる。色々な言葉が頭の中を駆け巡った。
三鷹悠真が黒の王? 人類の希望? そんなバカな。ただ国を騒がせただけの危険な存在。そのはずだ。
なぜだ、なぜこうなった? なぜ……。
岩城が辺りを見回すと、後ろに控える波多野に目が止まった。
考えるより先に足が動く。波多野の元まで詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。
「貴様が! 貴様が黒鎧を処分すべきだと言ったんだろう! そのせいで日本は窮地に立たされてるんだぞ! どうする気だ!?」
襟を締め上げると、波多野は苦悶の表情を浮かべる。
「お、お待ちください! 私は、ただ総理の要望に応えただけです。黒鎧の処分を決めたのは総理自身ではないですか……」
波多野に言い返され、岩城は言葉に詰まる。「くそっ!」と言って手を離すと、波多野は苦しそうに咳込んだ。
虚ろな表情で自分の席に戻ろうとする岩城。
そんな狼狽した総理の姿を見て、誰もが一層の不安を募らせる。だが、防衛大臣の高倉だけは自分の為すべきことを理解していた。
「総理、海上自衛隊の護衛艦を沖合に待機させ、【赤の王】を迎え撃ちます。在日米軍にも応援要請をお願いします!」
自衛隊の最高司令官は高倉ではなく、総理の岩城だ。どんなに気力を失っていようと彼の許可がいる。
岩城は「ああ……好きにしろ」と力なく言う。
高倉は控えていた官僚に指示を出し、すぐに準備にかかる。ロシア、中国が止められなかった化物を倒せるとは思えない。
だが、なにもせずに死を待つだけなどできるはずがない。
その日の午後には海上自衛隊の艦艇や潜水艦が、太平洋沖に展開される。横須賀の米軍基地からも航空母艦ロナルド・レーガンを始め、駆逐艦や巡洋艦が出航した。
考えられる最大限の戦力。時間を少しでも稼ぎ、関東圏の人間を避難させねばならない。高倉は会議室で指示を出しながら、小さな溜息をつく。
「はたして、どれほどの意味があるのか……」
苦し気な表情になる高倉だが、頭を振って自分の仕事をまっとうする。
◇◇◇
翌日――
首相官邸の大ホールに総理の岩城、防衛大臣の高倉など政府要人が顔をそろえた。
誰もが暗い顔をしている。この戦いに勝利するなど、勇ましいことを言う者はほとんどいない。それでもやるしかないと、高倉は覚悟を決める。
意気消沈して座っている岩城を
「艦艇から報告はきたか?」
高倉が聞くと、芹沢が首を振る。
「いえ、現在は衛星が使えないので、通信はまったくできません。しかし竜たちの進行速度を考えれば、あと一時間ほどで会敵するかと」
一時間……。もう、そんな時間しかないのか。
住民の避難を進めているが、正直どこに逃がせばいいのか分からない。【赤の王】がやって来れば、日本全土が火の海なってもおかしくないからだ。
「御子柴の消息も掴めないのか?」
「はい、残念ながら……」
高倉は自衛隊が三鷹悠真の遺体を持ち去ったことを気にしていた。ひょっとすると三鷹悠真は生きているのでは? とも考えたが、報告では充分すぎるほどの毒が投与され、確実に死んでいるとのこと。
だとすれば、奇跡に期待することなどできない。
「通信回線を使った映像、入ります!」
職員の声に高倉は目を向ける。大ホールに設置された大型スクリーンに、参加者達の視線が集まった。
光ファイバーを介した定点カメラで、海岸線を映している。
穏やかな水平線が見えるだけ。艦艇はかなり沖に進んでいるため、その艦影を捉えることはできない。
会議に出席する政治家や専門家は、ただ映像を見つめことしかできなかった。
北関東の避難情報が随時報告され、東京にも避難勧告が発令されている。少しでも人口を分散させたいと高倉は思っていたが――
「か、海上が!!」
職員の声で全員の視線がモニターに注がれる。
水平線上の海が光り輝く。光は周囲に広がり、赤く燃えるような色に変わった。
遅れて衝撃が伝わり、モニターの画面がガタガタと揺れる。大きなキノコ状の雲が空へと昇る。
「ああ……」
気が抜けたように座っていた総理の岩城がガタリと立ち上がりモニターを凝視する。避けられない現実を、やっと直視したように。
「衛星が軌道上に来ます!」
職員の声を聞き、高倉は「すぐに艦艇と連絡を取れ!」と指示を出した。
だが艦艇からの応答は一切ない。米軍の艦隊との連絡も途絶える。その時、誰もが否応なく理解した。
本当の絶望が始まったことを――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます