第341話 時間稼ぎ

「すぐに三鷹を運んで! 絶対に助けるのよ!!」


 オスプレイに乗り込んだミアは、担架で運ばれる三鷹に視線を向ける。

 ぐったりと横たわり、頬は所々すすけているものの、それほど酷い外傷があるようには見えない。だが、【黄の王】の雷撃を受けたのだ。

 内臓や脳に、想像以上のダメージを負っているだろう。

 プロメテウスのメンバーも一緒に乗り込み、四人の救世主メサイアが三鷹に回復魔法をかけていく。

 アメリカでも最上位の救世主メサイア。彼らに任せるしかないだろう。

 ミアは一刻も早くこの場から離れようと、パイロットに声をかける。そんなミアにプロメテウスのメンバー、ライアンが食ってかかった。


「いいんですか、ミアさん!? アルベルトさんを残したまま撤退するなんて! 死んでしまうかもしれないんですよ」


 プロメテウスの創設時からいたライアンは、アルベルトとも親しく、なにより兄のように慕っていた。そんな彼が不満を漏らすのは当然だろう。

 だが、ミアはライアンに対して冷徹な目を向ける。

 

「撤退するのはアルベルトの意思よ。彼は三鷹悠真を逃がすために、わざわざおとりになってくれたの。それを無駄にすることなんてできない」

「でも――」


 なおも食い下がろうとするライアンを無視し、ミアはコックピットに向かって大声で叫ぶ。


「離陸して! すぐ、この場から離れて!!」

「分かりました」


 操縦席から顔を覗かせたパイロットがエンジンをかけ、操舵桿そうだかんを握った。ミアは横たわる三鷹悠真に視線を移す。


 ――アルベルトはこの子に希望を見出した。だから命をかけて守ろうとしている。だったら私も全力で守らないと!


 オスプレイが垂直に上昇していく。機内がガタリと揺れ、ミアは倒れそうになるのをこらえつつ、救世主メサイアの女性に声をかける。


「どう? 傷は治せそう?」


 問われた女性は深刻な表情をした。


「全力で魔法をかけていますが……なにぶん、強力な魔法でついた傷です。治すには相当時間がかかるかと」

「そう……よね」


 床にしゃがんだミアが力なく肩を落とす。あの【黄の王】につけられた傷だ。そう簡単に治せる訳もないか。

 それでもここから逃げ切ることができれば、充分助かる可能性はある。

 ミアたちを乗せたオスプレイは回転翼を水平にし、西にあるマッコーネル空軍基地を目指し、飛行速度を上げていった。


 ◇◇◇


「おう……さすがに凄い威圧感やな」


 ゲイ・ボルグに乗ったままの明人が、【黄の王】を睨みながらつぶやく。ルイも同じ思いだった。

 今まで【赤の王】【緑の王】【青の王】を目にしてきたが、眼前にそびえ立つ黄金の巨人は、どの王よりも凶悪で強烈な威圧感を放っている。

 悠真が敗れたのも納得できるほどに……。

 黄金の巨人は右手をゆっくりと上げ、手の平をこちらに向けた。


「君たち、気をつけて。あれを喰らったら跡形もなくなっちゃうよ」 


 アルベルトがフフと笑いながら言うと、明人が「分かっとるわい! そんなこと」と悪態をつく。次の瞬間、閃光が大地に直撃した。

 地面はえぐれ、大量の土砂が空高く昇っていく。

 明人とアルベルトは空中に逃れ、ルイは大きく回り込んで相手の攻撃を回避する。

 一撃でも喰らえば即死してしまう。ルイは走りながら刀を下段に構え、炎の斬撃を中空に放つ。

 舞い散った炎は三羽の鳥となり、【黄の王】に襲いかかった。

 明人やアルベルトも次々に攻撃を繰り出す。全員の魔法は黄金の巨人に直撃し、頭や胸、肩などにぶつかり爆発する。

 的が大きいだけに、外すことはない。

 だが、煙が晴れてくれば、傷一つない巨人が姿を現した。やはりこの程度の攻撃では効かないということか。

 それでもルイたちは怯むことなく、何度も攻撃をこころみる。

 数十発の魔法を撃ち込むが、まるで効果がない。ルイは直接攻撃できないかと思い【黄の王】の足元に近づこうとした。

 せめて一撃……そう考えたルイだが、近づけば近づくほど、バチバチと体にプラズマが巻き付いてくる。

 これ以上進めば体が黒焦げになるだろう。

 ルイはやむなく【黄の王】と距離を取った。そんなルイに構うことなく、巨人は足を肩幅に開き、全身に力を込める。

 周囲に凄まじい数の稲妻が飛散した。大地を引き裂き、空気を引き裂き、あらゆるものを破壊する【黄の王】の雷撃。

 稲妻の一本、一本が龍の如き姿となり、辺りに広がっていく。

 これが【黄の王】の広範囲攻撃。三人は必死にその攻撃をかわそうとした。

 かすりでもすれば、その瞬間に命がなくなる。アルベルトも明人もルイも、攻撃に転じている暇などない。

 逃げの一手。それしか助かる道はない。

 三分ほど続いた"雷の嵐"は徐々に収束し、最後は砂ぼこりの舞う『更地』だけが残った。


「はぁ……はぁ……えげつないやっちゃで。こいつは……」


 ゲイ・ボルグに乗って空中にいた明人はひたいに汗し、肩で息をしていた。空中移動は精密な魔力操作を必要とするため、気力も体力も削られる。

 ルイも雷撃を回避するため、何度も【暗黒騎士】の力を使った。

 元々、体に負担の大きい"神速"の能力。攻撃を避けるために無理をしたため、ルイの足は限界にきていた。


「くそ、このままじゃ……」


 ルイは足に力を込め、刀を正眼に構えた。まだまだへばってる場合じゃない。

 例えどんな攻撃でも、当たらなければ意味がない。このまま避け続ければ活路を見い出せる。

 そう考えていた時、黄金の巨人に変化が起こった。

 巨人の全身が輝き出し、光に包まれたのだ。ルイたちはあまりの眩しさに目をすがめる。

 数秒で光が収まると、そこにいたのは光り輝く『鹿』だった。


「まさか……攻撃が当たらないからフォルムを変えた? だとしたら、やっぱり高い知能があるってことか」


 ルイはギリッと歯噛みして"黄金の鹿"を睨む。空からは「気をつけろよ!」と明人の声が降ってきた。

 無論、油断するつもりなどない。

 ルイは炎の灯った刀を振り上げる。距離を取っての魔法攻撃、これしか時間を稼ぐ方法はないだろう。

 ルイが刀を振るおうとした瞬間、空の異変に気づいた。

 先ほどまで晴れていた空に暗雲が垂れ込め、ゴロゴロと唸り声を上げている。

 嫌な予感がして一歩後ずさった。その刹那、間近に


「これは――"黒雷"!!」


 雷の第二階層魔法。喰らえばただでは済まない。だが、黒雷は一発ではなかった。

 数百という"黒雷"が、上空から無数に降ってくる。

 なんとかギリギリのところでかわし、ルイは空を見上げる。明人やアルベルトも必死になって回避しているようだ。

 だが、雷撃が収まる気配はない。

 黄金の鹿は空に向かって雄叫びを上げた。鹿の姿になってより素早く、正確な攻撃を繰り出してくる。

 ルイは雷撃をかわし、追い込まれた状況にほぞを噛んだ。

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