第340話 立ちはだかる者

 雷撃は鋼鉄の鎧を突き抜け、悠真の肉体を焼き、臓器を焼き、脳に深刻なダメージを与える。

 キマイラの『部分変化』は解除され、悠真は漆黒の巨人へ戻った。

 意識が遠のき、悠真は思わず膝をつく。体はピクリとも動かず、これ以上戦うことはできない。

 薄れゆく意識の中で、悠真は自分の敗北を悟った。

 黄金の巨人は悠然と立ち、こちらを見下ろしてくる。まるで勝ち誇る王者のようなたたずまい。

 【黄の王】が右の拳を振り上げる。止めを刺す気なのだろう。

 悠真の意識は、そこで途切れた。


 ◇◇◇


 大地を覆っていた粉塵が晴れてくる。

 離れた位置で見ていたルイや明人、アルベルトたちは二体の巨人の姿を捉える。


「お、おい! あれ、まずいんとちゃうか!?」


 明人が目を見開いて指をさす。そこには両膝をつく黒い巨人と、それを見下ろす黄金の巨人がいた。

 悠真が負けた。最悪の考えがルイと明人の脳裏をよぎる。

 たじろぐ二人を横目に、アルベルトは体から"火の魔力"を放出する。

 炎は螺旋状に渦巻き、アルベルトを上空へといざなった。


ほうけている場合じゃないよ。助けに行かないと!」


 アルベルトは高速で飛翔し、戦場へ向かう。出遅れたルイと明人は、慌ててあとに続いた。

 

「おっさんに先越されたで! はよ行かんと!!」


 明人はゲイ・ボルグに飛び乗り、磁場を形成して一気に浮き上がる。アルベルトに負けじと飛んで行く明人。ルイも足に力を込めた。

 暗黒騎士の能力を使えば、もっとも速く悠真の元へ行けるはずだ。

 ルイが走り出した瞬間、大地は爆散し、土煙が舞い上がる。

 迅速に動き出した三人に対し、ミアたちはついていけず、立ち尽くすしかなかった。

 三人が黄金の巨人に近づくと、巨人は右の拳を後ろに引いた。

 止めを刺す気だ。そう思った明人は大声を張り上げる。


「悠真、なに休んどんねん! さっさと立たんかい!!」


 黒の巨人が動くことはない。まるで死んだように沈黙している。

 そんな悠真に、【黄の王】は光り輝く拳を振り下ろす。瞬間――無数の爆発が黄金の巨人を襲った。

 炎が舞い散る強力な攻撃。空を駆ける明人は、それが誰の放ったものかすぐに理解した。

 アルベルトが火球を放ったのだ。


「僕が引きつける。その間に三鷹を!」

「あ、ああ! 分かった」


 明人はゲイ・ボルグの軌道を変え、悠真の元へ向かう。そこにはすでにルイがいた。槍から飛び降りた明人は、膝まづく巨人に声をかける。


「おい、悠真! 一時撤退や、元のサイズに戻らんかい」

「悠真、聞こえる? アルベルトさんが【黄の王】を引きつけてる間に、ここから離れよう」


 明人とルイが叫ぶも、巨人に反応はない。どうすれば……そう思っていると、巨人はドロリと体を溶かし、大きな球体へと変わった。

 二人は一歩下がってその様子を眺める。

 黒い球体は徐々に小さくなり、最後には直径一メートルほどになった。その球体も溶け出し、人の形となる。

 残ったのは地面に突っ伏し、動かなくなった悠真だ。


「「悠真!」」


 ルイと明人はすぐに駆け寄り、悠真の脈を確認する。


「大丈夫や、まだ生きとる!」


 明人は悠真を背中に担ぎ、ゲイ・ボルグの上に乗る。


「二人乗りやとスピードが出えへん。ルイ! 後ろを頼むで!」

「分かった。サポートするから先に行って!!」


 明人と悠真が乗ったゲイ・ボルグは低空を走った。通常より遅いようだが、それでもかなりの速さだ。

 悠真は逃がせた。ルイは後ろを振り返って黄金の巨人を睨む。

 アルベルトを殺そうと、大きな腕を振り回していた。


「アルベルトさん! 悠真は逃がしました。こっちも避難しましょう!!」


 ルイが大声で叫ぶも、アルベルトは戦いをやめようとしない。【黄の王】の周りを飛びながら、何発もの火球を撃ち込んでいる。

 黄金の巨人が全身に力を込め、数多の落雷を放つ。

 アルベルトは降り注ぐ雷を寸前のところでかわし、【黄の王】と距離を取った。

 ルイの近くに来たアルベルトは、まっすぐ前を見たまま口を開く。


「こいつを行かせたら、すぐに三鷹に追いつくだろう。誰かが抑えておかないといけない。それができるのは私ぐらいだ」


 覚悟を決めた最強の探索者シーカーに、ルイはゴクリと喉を鳴らす。


「アルベルトさん……まさか、ここで死ぬ気じゃ……」


 ルイの言葉に、アルベルトはフッと頬を緩める。


「三鷹悠真……もし、この化物に勝てるとしたら、彼しかいないだろう。【黄の王】と互角に戦う人間が、この世にいるとはね」

「だからって、命を無駄にするのは――」


 悲壮な表情で叫ぶルイに、アルベルトは苦笑を浮かべる。


「おいおい、なにも本当に死のうなんて思ってないよ。時間を稼いだら離脱するつもりさ。もっとも、命がけになるのは間違いないけどね」


 なんでもないように言うアルベルトに、ルイは呆れてしまう。こんな絶望的な状況でも、この人はなんら気負わず、前を向いているんだ。

 ただ強いだけじゃない。

 ルイはアルベルトの豪放磊落ごうほうらいらくさに、改めて驚かされる。


「それに、彼も戻って来たようだよ」


 アルベルトが親指で指し示す。ルイが視線を向けると、高速で向かってくる飛翔体があった。

 ゲイ・ボルグに乗った明人だ。

 ルイの前で滑り込むように急停止する。


「明人! 悠真はどうしたの!?」

「あの銀髪のねーちゃんに預けてきた! 今頃はプロペラの飛行機で飛び立ってるはずや!」

「そう、良かった」


 ルイが安堵の息を漏らすと、明人が顔をしかめた。


「なに言うとんねん! このバケモンを抑えんと、悠真の乗った飛行機ごと落とされてまうやろ!!」

「……そうだね。なんとか時間を稼がないと」


 ルイと明人が話していると、アルベルトが近くに降りてきた。


「ミアに預けたなら、もう大丈夫だ。プロメテウスには世界最高クラスの救世主メサイアが何人もいるからね。きっと彼を治してくれるよ」

「せやったら、あとはコイツを止めるだけやな。覚悟はできとるやろな?」


 明人がルイとアルベルトを交互に見る。二人は当然とばかりに小さく頷いた。

 眼前にはギラギラと輝く巨人がこちらを見下ろしている。この怪物を止めない限り、安心して悠真を逃がすことはできない。


「ほな、いこか」


 ゲイ・ボルグに乗った明人がゆっくりと上昇する。同じく、アルベルトも炎と共に空に舞い上がった。

 ルイは腰を落として刀を抜く。

 黄金の巨人の前に、三人の探索者シーカーが立ちはだかった。

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