第342話 絶対的な王者

 黄金の鹿は、ルイに向かって突進してきた。

 脚に雷を宿し、地面の反発を利用して走る超高速移動方法。通常の探索者シーカーでは対応できないだろう。でも――

 鹿の角が当たる刹那、ルイの姿が消える。

 これには【黄の王】も驚き、足踏みして辺りを見回す。

 なにが起きたのか分からなかったが、ふいに鹿の首元が爆発する。続けて右の前脚、背中、後ろ脚が爆発した。

 ダメージは受けていない。それでも鹿は警戒してあとずさった。


「さすがに硬いな……直接打ち込んでも魔法障壁は破れないか」


 いつの間にか鹿の背後にルイは回り込んでいた。【黄の王】はゆっくりと振り向き、目の前の敵を睨みつける。

 わずかに身を屈め、角から恐ろしいほどの稲妻を放出した。

 直線上の大地が蒸発していく。当然、敵も消滅したと考えた【黄の王】だが、またしても首元が爆発する。

 ギロリと視線を動かせば、そこには刀を構えたルイが立っていた。


「小さくなってくれて助かったよ。これなら斬撃を直接当てられる」


 微笑むルイに襲いかかろうとした鹿だが、上からなにかが降ってきた。体に強い衝撃が走り、辺りが爆散する。

 黄金の鹿はわずかによろめき、空を見上げた。

 そこには宙に浮かぶ人間がいて、こちらを見下ろしている。


「なんや、ルイとばっかり遊ぶなや。お前の相手はこっちにもおるで!」


 鹿は雄叫びを上げ、体から数多の雷を放出した。全てをまとめて消滅させる。

 そう考えた【黄の王 】だったが、細い炎が自分を囲んでいることに気づく。すぐに逃れようとしたものの、炎は四方八方に展開していた。


「"雷"で"炎"は抑えられないからね。捕まえるのは簡単みたいだ」


 アルベルトが空中に浮かびながら、右手を【黄の王】に向かってかざす。開いた手をゆっくりと握り締める。

 それに呼応するように、鹿を取り囲んだ『鳥籠』が小さくなっていく。


誘引爆破ドローイン・バースト


 鹿を囲った炎が、烈火の如く爆発した。地面は吹き飛び、炎が巨大な火柱となって立ち昇る。

 距離を取ったルイが、刀を構えたまま火柱を見据える。

 空にいた明人とアルベルトも、眼下の様子をうかがっていた。誰もが分かっている。この程度では【黄の王】を倒せないと。

 それでも、多少のダメージは期待してしまう。

 火柱がゆらりと揺れ、炎の中から光り輝く鹿が出てくる。その体に傷などはない。

 ただ悠然と立ち、正面のルイに視線を向ける。前脚で地面を何度も蹴り、耳をつんざくほどの鳴き声を上げた。


「うっ!」


 ルイは片手で耳を押さえ、顔をしかめて一歩あとずさる。

 そうとう怒っているようだ。ルイは刀を構え直し、緊張感を持って【黄の王】と対峙する。


「二人とも! もう時間稼ぎは大丈夫だ。僕たちも離脱しよう!」


 上空にいたアルベルトが叫ぶ。悠真を乗せた航空機が、充分な安全圏まで脱したのだろう。

 だとしたら、これ以上の戦いは無意味。

 自分たちも早々に逃げないと。そうは思うものの、この怪物が簡単に逃がしてくれるだろうか?

 ルイの脳裏に不安が過る。だが、やってみるしかない。


「もってくれよ。僕の足……」


 目の前にいる"黄金の鹿"はわずかに身を屈め、体からバチバチと大量のプラズマを放出する。

 数多あまたのプラズマは黒く染まり、"龍"の形となって四方八方に飛んでいく。

 触れれば即死するレベルの【雷魔法】。ルイは"神速"を使い、全力で走った。上空に登ってくる龍を見て、明人も逃げを決め込む。


「これ以上、相手なんかできるか!」


 迫りくる雷龍をことごとくかわし、明人は高速で空を突っ切る。アルベルトにも雷竜は向かってきたが、最強の探索者シーカーに焦りの色はない。


「やれやれ、これはあんまりやりたくなかったんだけど……」


 アルベルトはパンッと手を合わせ、ゆっくりと離していく。するとそこには小さな火球が生まれていた。

 その火球を、アルベルトは前に押し出す。


原子核爆発アトミック・ボム


 閃光が辺りを包む。小さな核爆発を起こしたアルベルトは、その衝撃で彼方まで吹き飛ばされた。

 強力な魔法障壁を展開しているとはいえ、無傷では済まない方法。

 しかし、確実に敵の視界を奪い、逃げおおせる奥の手でもあった。

 爆発の煙が晴れてくると、【黄の王】はキョロキョロと辺りを見回す。だが、そこに敵の姿はない。

 逃げられた――【黄の王】はそう理解したが、追いかけることはない。

 黄金の鹿はきびすを返し、ゆっくりと歩いていく。

 【黄の王】は、自分が絶対的な王者だということを知っている。ゆえに無駄な狩りはしない。

 向かって来る敵をほふるだけ。

 鹿は光に包まれ、その場から消え去った。


 ◇◇◇


「ここまで来れば大丈夫か……」


 空中で静止した明人が、遥か先の大地を睨む。かなりの距離を飛んできたが、敵が追ってくる気配はない。

 明人はゲイ・ボルグの穂先を西に向けた。

 ルイを探すため、高速で空を駆ける。わずかに感じる"マナ"を頼りに、十分ほど探し回ると、更地になった大地になにかが見えてきた。

 上から見下ろせば、それは大の字で寝そべっているルイだった。明人は近づいて声をかける。


「大丈夫か、ルイ? 生きとるか?」

「ああ……明人」


 ルイは薄く片目を開け、上空を見る。


暗黒騎士ドンケルリッターの能力を使い過ぎたよ。しばらくは動けそうにない」

「しゃあないな~」


 明人は地上まで下り、ルイを担いでゲイ・ボルグにまたがる。魔女がほうきに乗るような格好で、再び浮き上がっていく。


「とりあえず、アルベルトのおっさんを探すで。それから今後のことを考えようや」

「うん……そうだね」


 二人は一時間ほど空の上を彷徨さまよったが、なんとかアルベルトを見つけることができた。荒廃した大地を、テクテクと歩いている。

 驚いたのはその場所だ。【黄の王】から離れること五十キロ地点。

 明人やルイがいた場所から、倍以上は離れている。

 つまり、アルベルトがもっとも遠くまで避難していたということだ。


「おっさん、ようこんなところまで逃げてきたな。やられたんかと思って、ちょっと心配したで」


 ゲイ・ボルグから降りてきた明人の言葉に、アルベルトは苦笑する。


「まあ、歳の功かな。強い相手に会ったら、なるべく早く逃げることにしてるんだ」

「最強の探索者シーカーとは思えへんセリフやな」

「君たちも無事で良かった。これからのことについて話そうか」


 三人は今後のことを話し合い。まずはアルベルトの案内で、悠真が運び込まれた空軍基地に行くことにした。

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