第307話 議会の結論

 レイラたち一行は、ブリクストンから北西にある街『オックスフォード』に辿りついた。目の前にそびえ立つのは高い

 ここもまた魔道装置によって防御を固めた『氷の王国アイスキングダム』だ。イギリスにはこのような街が七つある。

 その内、ブリクストンを中心とした地域と、ケンブリッジを中心とした地域が氷の波に沈んでしまった。

 残す『氷の王国アイスキングダム』はあと五つ。

 その中でも、このオックスフォードを中心とする『氷の王国アイスキングダム』はイギリスのもっとも内陸部に位置するため、波の影響は受けにくい。

 命からがら逃げてきたレイラは、ここまで来れたことに安堵する。

 正門はゆっくりと開き、中から軍人が出てきた。

 その奥から見知った人間が走ってくる。


「首相! ご無事でしたか、第一地区が陥落したと聞いて心配しておりました。さあ、中に入って下さい」


 人なつっこい表情で話しかけてきたのは、第三地区を管理する特別市長のニック・ダウデンだった。

 避難してきた人々に笑顔を向け、街へ入るよううながしている。

 ニックは一見すれば人当たりのよい人間だが、政治家として腹に一物いちもつあるタヌキであることをレイラはよく知っていた。


「閣僚会議を開きたいの。急いで準備してくれるかしら」

「わ、分かりました。すぐに第三地区の議員も集めます!」


 第一地区や第三地区というのは『氷の王国アイスキングダム』と呼ばれる地域の正式な名称だ。

 そもそも『氷の王国アイスキングダム』という呼び名は民間人が勝手に名付けたもの。しかし今では定着し、多くの政治家もそう呼ぶようになっていた。


 避難民の収容が終わり、第三地区の役所で会議が行われることになった。

 長机がロの字型に並べられ、それぞれの議員が席に着く。上座に陣取ったのはもちろんレイラだ。

 レイラは周囲を見て小さく息を吐いた。

 第一地区から逃げてきた閣僚の中で生き残ったのは半分程度。残りは行方不明とのことだが、まず間違いなく死んでいるだろう。

 第三地区からもニックを始め、要職を務める議員が集まっている。


「さて、会議を始めましょうか。まず最初に、生き残ってここまで来れたことを神に感謝し、亡くなった方に冥福を捧げましょう」


 レイラの言葉に全員が賛同し、一分間の黙祷が捧げられる。

 祈りの時間が終わると、財務大臣のオリバーが口を開いた。


「首相、これからの方針はどういたしましょう? 水の魔物が内陸部まで攻め込んでくるのであれば、これまでのように守り一辺倒では国民を守り切れません。ここは、やはり打って出るべきではないでしょうか?」


 ハンスと同じ主張。当然、閣僚の間からこのような意見が出てくるだろうとレイラは予想していた。

 しかし、彼女の意見は決まっている。


「確かに第一地区を失ったのは予想外の出来事でした。しかし、この第三地区『オックスフォード』はイギリスのもっとも内陸部にあり、近くに大きな川もありません。ここならば、いくら大波を操ろうとも、攻めてくることはできないでしょう」

「では、これからも防御を固めて他国の救助を待つのですか?」

「私はそれが最善と考えます。反対の意見はありますか?」


 レイラが周囲を見回すと、それぞれの議員がなんとも困った顔をしていた。

 堂々と反対してくるものはいないだろうとレイラは考えていた。もし魔物の討伐を決定したとして、失敗した場合の責任は誰が取る?

 誰も責任など取りたがらない。無難なところで収めるのが最善なのだ。

 その時、一人の議員が手を上げる。

 レイラとは派閥の違う副首相のドミニク・プレスコットだ。


「なんでしょう? ドミニク」

はどうするのですか? 日本から来た探索者シーカーです。私は直接見ておりませんが、第一地区から避難するに際して、彼らが活躍したと聞きます。恐ろしいまでに強く、魔物を圧倒していたと」


 周囲の議員から唸り声が上がる。恐らく、そんな噂が広がっているのだろう。

 

「首相、ここは彼らに協力を求め、一緒に【青の王】を倒す部隊を編成してはいかがでしょうか? この機を逃しては、もう反撃のチャンスは来ないかもしれません」

「もちろん、日本の探索者シーカーが助力してくれたことは、私も知っています。しかし、彼らには致命的な問題があります」

「問題……ですか?」


 ドミニクが眉をひそめてレイラを見る。


「日本の探索者シーカーの一人は、魔物であると聞き及んでいます。これは噂などではなく本当の話です。魔物と同じような姿になり、魔物と同じように暴れ回る。それは人間と呼べるのでしょうか? もし部隊を組んで彼が暴れ出せば、作戦は失敗し、多くの犠牲がでるでしょう。そのリスクは考えなければいけません」


 ピシャリと切り捨てたレイラに、会議室にいる議員たちは黙り込んでしまう。

 日本の探索者シーカーが戦うところを直接見た者がいなかったため、なんと言っていいか分からなくなっていた。

 そんな中、再び切り出したのはドミニクだった。


「その話は本当なんでしょうか? にわかには信じられませんが」

「ええ、本当ですとも。私の言葉が信じられないのであれば、詳しく知る人を呼びましょう」


 レイラは後ろに控えていた役人を呼び寄せ、耳打ちしてなにかを言付ける。役人はすぐに退出した。

 しばらくしてやって来たのは、探索者シーカーのハンスだった。

 ハンスはイギリスでも一、二を争う実力者であり、信頼されるベテラン探索者シーカーとして有名だった。

 レイラに説明するよう促され、緊張した面持ちで口を開く。


「確かに日本の探索者シーカーの一人、三鷹という人物は魔物の姿に変わり戦います。以前は【黒鎧】と呼ばれ、日本政府に警戒されていたようです。しかし――」


 ハンスが話を続けようとすると「もういいわ」とレイラが口をはさむ。


「ハンスが言った通り、極めて特異な人間で、どれほどのリスクがあるか分からないということ。そんな人間と共闘できますか?」


 反論する者はいなかった。唯一、ドミニクだけはハンスに質問する。


「ハンス。君はたくさんの経験を積んだ探索者シーカーだ。君の目から見ても、その三鷹という人物は特殊で危険だと言えるかね?」


 問われたハンスは背筋を伸ばした。


「特殊かと問われれば、前例がないほど特殊です。しかし、三鷹という人物が危険な存在とは思いません。それは彼らがここまで来たことを考えても――」

「もう結構! ハンス、あなたは下がっていいわ」


 レイラにたしなめられ、ハンスは苦い表情をしながら後ろに下がった。


「さあ、決を取りましょう。リスクになる人間と一か八かの賭けに出るか。それともリスクを排除し、ここで守りを固めるか」


 睨みを利かせるレイラに、反論する議員はいなかった。

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