第306話 水と風と炎の激突

 悠真は上空をめる。

 火球による爆発で大波は跡形もなく消えた。やはり圧倒的な火力であれば水を蒸発させることができる。

 悠真はグッと身を屈め、地面を蹴って飛翔する

 大きな羽を広げて大空に舞い上がると、周囲を見回しての敵を探した。


 ――いやがったな。


 悠真の見据える先、三キロほど離れた場所に巨大なクジラがいた。街の半分を覆い尽くすの上にいる。

 頭を半分ほど出し、こちらの様子をうかがっているようだ。

 悠真はバサリと羽をはばたかせ、滑空して【青の王】へと向かう。すると巨大なクジラは反転し、氷の波の中を泳いでいく。


 ――野郎! 逃がすかよ!!


 赤き竜は飛行速度を上げ、口の中にを溜める。

 氷の中をスルスルと移動する【青の王】に、悠真は眉をひそめる。


 ――飛んでる俺と同じぐらい速さ!? どうなってんだ、こいつ!


 あっという間に海岸線まで辿り着き、海の中に入ってしまう。それでも逃がす気はない。悠真は首を持ち上げ、口内の火球を一気に吐き出した。

 火球は一直線に海に向かう。

 例え海中であろうと、この火球が爆発すればただでは済まない。

 そう確信していたが――


 ――えっ!?


 、火球を飲み込んでしまう。水の牢獄に囚われた火球は、爆発しないまま海に引きずり込まれた。

 しばらくすると、ドンッという下っ腹に響くような音がした。だが、海面に大した影響はない。

 悠真はゾッとして海を見る。

 これが"水魔法"の骨頂なのか!? 【赤の王】の火球ですら、その威力を殺してしまう。相性の悪さ……やはり覆すのは難しそうだ。


 ――だったら!


 悠真は意識を集中する。『キマイラの宝玉』、その一つが解放され、別の魔物の力が流れ込んでくる。

 悠真の体の色が変わっていく。赤から黒ずんだ色となり、やがて鮮やかな緑色へと変化した。見た目は、もはや竜ではない。

 毒々しい羽をはばたかせ、美しい触覚を伸ばす。

 二本の不気味な尾っぽを風になびかせ、全てを見通す複眼が大海原を見つめていた。


 ――【緑の王】バルド・フォリア! この魔物で決着を付けるしかない!!


 悠真はバサリバサリと羽ばたき、上昇していく。"風の魔力"を解放し、上空に巨大な積乱雲を作り出した。

 一度目の戦いと同じように、【ダウンバースト】を起こして海から引きずり出してやる! 悠真は魔力を練り込んでいく。だが、そこで予想がのことが起こった。


 ――なっ……に!?


 。【青の王】が潜ったであろう場所から、徐々に氷は広がり、とんでもない範囲の海面が凍っていく。

 

 ――くそっ! 


 悠真は構わず【ダウンバースト】を発動した。"風"の第四階層魔法。

 通常ならあらゆる生物を押し潰し、海の水すらも押しのける超常的な攻撃。


 ――ダメだ! !!


 どれだけ風圧をかけても、凍った海面はビクともしなかった。水の状態なら動かすこともできたが、氷の状態ではどうにもならない。

 悠真が困惑している間に、【青の王】は悠々と氷の海を泳いでいく。

 まるでこちらの攻撃が効かないことを分かっているかのように。


 ――ふざけやがって!!


 悠真はバサリバサリと羽を動かし、強力な"風の刃"作り出す。

 十数発の"刃"が【青の王】に向かって飛んでいく。凍った海に激突すると、氷を斬り裂き、表面を割っていった。

 白い粉雪が舞うと、悠真は心の中で「よしっ!」とガッツポーズをする。

 これなら【青の王】にダメージが通る。そう思った悠真だったが、舞い散った粉雪が晴れていくと、その希望ははかなく崩れていく。

 風の刃で削れたのは、海面の浅い部分だけ。

 海に潜っている【青の王】にはまったく届いていない。そのうえ、削ったはずの海面の氷も修復され、元に戻ってしまった。


 ――そんな……これじゃあ攻撃手段がない。


 悠真はその時、あることに思い当たった。

 もしかして……"氷"は【火魔法】の方がいいんじゃないか? 火魔法なら熱線によって氷を溶かし、蒸発させてしまう。

 そして蒸発した氷は、簡単に再生しない。

 他方、"水"の場合は【風魔法】が有効だ。

 青の王とは一度戦い、風魔法が通用することは分かってる。ヤツが海を凍らせなければ、風魔法で倒せていたはずだ。

 悠真はそこまで考えてハッとする。


 ――まさか……学習したのか!? だから風の対抗策として氷を……。


 悠真はなにもできないまま【青の王】が大海原を逃げていくのを、ただ見つめることしかできなかった。


 ◇◇◇


 【緑の王】の姿のまま、悠真は空を羽ばたき、元いた陸地まで戻っていた。

 街を覆っていた氷の波はそのままで消える様子はない。【青の王】が離れても魔法の効果は持続するようだ。

 街の上を進でいると、北通りの前に人影があった。


 ――あれは……。


 悠真は空中で【緑の王】の変身を解除する。羽が小さくなり、徐々に"黒鎧"の姿に戻って地上まで落ちていく。

 ドンッと大きな衝撃音が鳴ると、通りにいた三人が気づき、こちらに走ってきた。


「悠真!」


 走ってくるのはルイと明人、それにシャーロットだ。


「大丈夫だった、悠真? それで【青の王】は?」


 近くに来たルイが尋ねてくる。悠真は"黒鎧"の姿のまま、フルフルと首を振った。


「そうか、ダメやったか。まあ、しゃーない! 取りあえずワイらも街から出ようや。北の方に別の街があるみたいやからな」


 明るく言う明人だったが、シャーロットが噛みついてくる。


「ちょっと待って! その姿、なんとかならないの? 落ち着かないんだけど」

「ああ、これか……」


 悠真は自分の体を見て小さく息を吐く。


「悪いけど、五分経たないと変身が解けないんだ。あと数分で解除されるはずだから、それまで待ってくれ」


 シャーロットの警戒が解けないまま、四人で歩き出した。元々シャーロットは"黒鎧"を倒すために日本に来た探索者シーカーだ。

 落ち着かないのは当然だろう。

 三分ほどで『金属化』が解け、悠真は人間の姿に戻った。


「なるほど……【青の王】の学習能力か、そいつは厄介やな」

「氷で風を防ぎ、水で火を押さえ込む。確かに、悠真の変身能力が通じないんじゃ、倒しようがないかもしれないね」


 明人とルイが深刻な顔をして悩み始めた。

 今までも【王】に高い知能があることは感じていたが、【青の王】は抜きん出て頭がいいように思える。


「変身する魔物は簡単に切り替えられないの? 例えば【赤の王】から【緑の王】、そのあとまた【赤の王】みたいな感じで」


 ルイに問われた悠真は、力なく首を振る。


「一度変身した魔物は次の日まで変身できなくなる。それに変身自体かなり精神力を使うから、そう簡単じゃないよ」

「そうか……そうだよね」


 話を聞いたルイは消沈し、肩を落とした。

 悠真も浮かない顔をしている。そんな二人を見た明人は「なに暗い顔しとんねん!」と悠真の肩を叩いた。


「痛っ……」

「どうするかはあとで考えればええ! とにかく、みんなが避難した街までとっとと行かんとな」


 悠真が周囲を見渡すと、いつの間にか"氷の門"を越えていた。

 振り返れば、壊滅した【氷の王国アイスキングダム】が目に映る。どんなに防御を固めても、あの魔物には通用しない。

 悠真はそんなことを考えながら、避難場所へと歩き始めた。

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