第308話 決別

「はっ!? なんでワイらが中に入られへんねん?」


 明人が眉間にしわを寄せ、門の前に立つ軍人に詰め寄る。

 二人いた軍人は互いに顔を見交わし、迷惑そうに明人を見た。


「上からの命令なんだ。日本人を中に入れるなってな」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 後ろにいたシャーロットが、ルイや明人を掻き分けて前に出てくる。


「この人たちのおかげで、第一地区の住人は逃げて来れたのよ! それなのに街に入れないって、どういうこと!?」

「いや、我々に言われても……」


 軍人の二人はかなり困惑していた。シャーロットはイギリスで有名な探索者シーカー。そのシャーロットに睨まれ、二人は反論できないようだ。


「まあまあ、一旦落ち着きましょう」


 いきり立つシャーロットの前に、ルイが割って入る。


「彼らは政府からの命令を守ってるだけ、ここで揉めても仕方ありません」

「で、でも……」

「僕たちは外にいますから、上の人たちと話してきてくれませんか? 一緒に戦って魔物を倒す意思があることを伝えて下さい」


 納得できないシャーロットだったが、ルイにさとされ渋々了承する。

 シャーロットだけが氷の門をくぐり、街の中へと入っていく。残された三人はそれを見送ることしかできなかった。


「なんで助けたったのに、追い出されんとあかんねん! 腹立つわ」

「まあ、あとはシャーロットさんに任せよう。でも、どれぐらい時間がかかるか分からないから、ずっと待ってる訳にもいかないね」


 ルイに言われ、悠真は辺りを見回す。


「じゃあ、どっか休める場所を確保しようか。近くに入れる建物がないか探そうぜ」

「そうだね」


 悠真たちは睨みを利かせる軍人たちを尻目に、その場をあとにした。

 氷の門が見えるマンションの四階に足を運び、その一室で休息を取ることにする。マンションの住人は誰一人いない。

 まあ、全員避難してるだろうから当然か。

 悠真は部屋のソファーに寝そべり、目を閉じる。さすがに疲れたと思いつつ、チラリと窓辺を見た。

 ベランダにはルイが立ち、下を眺めている。

 氷の門からシャーロットが出てこないか確認しているようだ。シャーロットなら政府の上層部に話をして、その結果を伝えてくれるだろう。

 だが、悠真は自分たちが受け入れられないと思っていた。


 ――まあ、俺が怖がられるのはいつものことだしな。イギリス政府に拒絶されても文句はいえない。


 そう思っていた悠真の頭越しに、苛立った声が聞こえてきた。

 

「ああ~悠真のせいや! 悠真が嫌われまくっとるせいで、ワイらも巻き添えや!」


 悠真はムッとして頭を上げる。部屋を見渡すと、明人がベッドで寝そべり、頭の後ろで手を組んで天井を見つめていた。

 いくら無人とはいえ、人の家でくつろぎ過ぎだろう。と悠真は眉をひそめる。


「あ~悠真のせいや! 悠真のせいや! 悠真のせいや!」

「うるさいな! 俺に言っても仕方ないだろ!」

「せっかっくインドから飛んできて、やっとイギリスに着いたと思ったらこんな扱いやで!? おかしいやろ、世の中どうなっとんねん?」


 反論するのもめんどくさいので、悠真はまたソファーに寝そべった。

 しばらく寝よう。あとのことはルイに丸投げし、悠真は微睡まどろみの中に落ちていった。


 ◇◇◇


「悠真! シャーロットさんだ」

「うぅ……? え?」


 悠真は手でまぶたこすり、前を見る。外はすでに暗くなっており、話しかけてきたルイの顔もボヤけて見えた。


「なに?」

「シャーロットさんが"氷の門"から出てきたんだ。僕たちを探してるよ」


 まだ寝ぼけたままの悠真だったが、ソファーから立ち上がり、ルイと一緒に部屋を出ようとする。

 その時、ベッドでイビキをかきながら寝ている明人が目に入った。


 ――俺よりも神経が十倍太いな。


 明人を寝かしたまま、悠真とルイは静かに部屋を出た。


「門番をしてる軍人さんには、マンションに移動したことを伝えてあるからね」

「じゃあ、シャーロットさんもこっちに来るのか?」

「たぶんね」


 電気が止まっているためエレベーターは動かない。階段で下まで降りると、ルイの言う通り、シャーロットはマンションの前まで来ていた。

 悠真とルイは小走りでシャーロットの元へ駆け寄る。


「どうでした? 政府の反応は?」


 ルイが尋ねると、シャーロットは難しい表情をした。それだけで結果は容易に想像できる。


「ごめんなさい。ハンスさんと一緒に何度も掛け合ったんだけど、どうしても取り合ってもらえなくて。あなたたちは街に入れられないって……」


 申し訳なさそうに言うシャーロットに、ルイはやさしく声をかける。


「そうですか……仕方がありませんよ。シャーロットさんが悪い訳じゃないんだし」

「でも……」


 苦し気な顔をするシャーロットを前に、ルイは小さく溜息をつく。


「残念ですが、僕たちはこれ以上一緒に戦うことはできません。魔宝石を集めるために世界を回っているので……すいませんが」

「いいえ、謝るのはこっちです。あなたたちのおかげでここまで逃げてくることができたのに、その恩に報いることもできないなんて。本当に情けない」


 シャーロットは悠真に視線を向け、かすかに微笑む。


「ここでは一緒に戦えなかったけど……あなたの力は、きっとこの世界に希望をもたらすわ。またどこかで会いましょう。その時は力を貸してね」

「ええ、必ず」


 ルイと悠真はシャーロットと握手を交わし、その場で別れた。

 マンションの部屋に戻ると、明人は変わらず「ぶび~」とイビキをかきながら寝ていた。我関せずといった感じだ。

 悠真は明人の顔をペチペチ叩いて起こす。


「……ん? なんや? なんかあったんか?」


 大きく伸びをして上半身を起こした明人に、シャーロットとの会話を伝えた。


「なんやと!? どういうこっちゃ! 街に入れんて!! 助けたった報酬もないっちゅうことか?」

「そういうこと」


 出発の準備をしながらルイが答える。


「なんでお前ら平然としとんねん! もっと怒り狂ってええとこやろ?」

「怒ってもしょうがないよ。次の国に行く方法を考えないと」


 ルイの達観した態度に、明人は「うぐぐぐ」と歯ぎしりする。視線を悠真に向け、「悠真! お前はそれでええんか!?」と声を荒げる。


「う~ん、まあ、いつもこんな感じだからな。もう慣れちゃったよ」


 悠真も当たり前のようにバッグを担ぎ、出発の準備をする。そんな悠真を見て明人が激高した。


「お前のせいでこんな目にあってるんやないか!!」

「いたっ!」


 明人が投げた置時計が悠真の頭に直撃する。「なにしやがる!」とぶちぎれた悠真は明人に殴りかかり、二人でケンカを始めた。

 それを見たルイは「先行ってるね」と声をかけ、一人で部屋を出ていった。

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