第410話 最後の希望
イスラエル――
テルアビブにある行政府機関に、各国の首脳や大使、研究者が集まっていた。
大きな会議室に200名近い出席者が顔を並べる。だが、出席者の表情は一様に暗く、誰もが押し黙っていた。
重苦しい空気を打ち破るように立ち上がったのはイスラエルのラビン首相だ。
マイクを片手に周囲を見渡し、真一文字に結んでいた口を開く。
「大変痛ましいことですが、攻略隊としてダンジョンに潜った
沈痛な面持ちで語るラビンに、口を挟む者はいない。
特に意気消沈していたのは、末席に座るスイスの研究者ソフィアだ。顔色は悪く、虚ろな目でぼんやりと床を眺めている。
話しかける者はいない。ソフィアは今回のダンジョン攻略の責任者であり、重要な役割を担っていた。
そのことを誰もが知っていた。無謀な計画を遂行した愚かな研究者。それがソフィアに下された冷酷な評価だった。
マイクを握ったラビンは右の席に目を向ける。そこには眼鏡をかけた研究者が座っていた。
「イーサン博士。オルフェウスの上空に出現した魔物はなんなのでしょうか? それに各地から天使の集団が溢れ出しているとの報告もあります。あなたの見解を伺いたい」
ラビンが着席すると、出席者たちの視線はイーサン・ノーブルに向けられた。
職員が小走りでイーサンに近づき、マイクを渡す。イーサンは
「あー、そうですね。あくまで私の私見ですが、オルフェウスから現れた四体の天使は、【王】などの
会場からザワザワとした声が聞こえてくる。手を上げて発言を求めたのはハンガリーの大使ボジョーだ。
マイクがないため、大きな声で質問する。
「博士。お言葉ですが、現れた天使は単なる【深層の魔物】とは思えない強さです。本当に【王】ではないのですか?」
会場にいる多くの人間が同じように思っていた。一瞬で十万人以上の人間を
そんな出席者の思いを知ってか知らずか、イーサンは咳払いしてから淡々と抗言を述べる。
「白の王の強さは、あんなものではないでしょう。とは言え、四体の天使が強いのも事実です。IDRでは、四体の天使に『トリプルA』の危険度を付けました。我々に倒すのは不可能だと思います」
会場のザワつきが一層大きくなる。
出席者の混乱を避けようと、再びラビンが立ち上がってマイクを握る。
「では、博士。我々はどうすればいいのですか? オルフェウスを攻略できなければ、魔物との戦いは終わらない。しかし、あの天使がいる限りそれも叶わない。博士は我々に諦めろとおっしゃっているのですか?」
ラビンの悲痛な訴えに、イーサンは小さく首を振る。
「いえ、そうは言っていません。ただ、現状の戦力ではどうにもできないと言っているんです。上位の
「やはり諦めるしか……」
言葉を詰まらせるラビンを見て、イーサンはニッコリと微笑む。
「我々にできることはあります。"待つ"ことです」
「待つ?」
ラビンは困惑した表情で聞き返す。イーサンは「ええ」と言って微笑んだ。
「"彼"は、必ず来るでしょうから」
◇◇◇
悠真とルイ、明人の三人は、帰国した時に利用した羽田空港に再び来ていた。
イスラエルに行くことを決めた悠真は、その
空港の滑走路を歩く悠真は、見知った航空機に頬を緩める。
「あれか、また使うことになるとは……」
滑走路の先にあったのは、日本に帰国するために使ったアメリカの航空機『リアジェット35』だ。
後ろを歩く芹沢が声をかけてくる。
「すでにパイロットは搭乗しています。荷物も積み込んでいますので、いつでも出発できます」
「ありがとうございます。芹沢さん」
悠真がお礼を言うと、芹沢は小さく微笑んで首を振った。
「いいえ、こんなことしかできないのが歯痒いです。三鷹さんがイスラエルに行くと言った時は驚きましたが、あなたなら【白の王】を倒すこともできるでしょう」
見送りに来たのは芹沢と数人の政府関係者のみ。悠真は今回のイスラエル行きを数人の知り合いにしか話さなかった。
親はもちろん、D―マイナーの面々にも話していない。心配をかけたくなかったのもあるが、すぐに帰って来るつもりだったため、あまり大仰にはしたくなかった。
そのことはルイや明人、エルシード社の人たちも理解してくれた。
「白の王を倒して来ます。でも、世界のためじゃないですから、あんまり気にしないでください。あくまで自分のために行くんです」
「それでも人類が助かることに変わりはありません。どうか気をつけて」
「はい」
悠真たちは航空機に乗り込み、席に着いてシートベルトを締める。
悠真はふぅーと息を吐き、前を見つめた。オルフェウスを攻略できれば、今後天使に襲われることはなくなるだろう。
そして【白の王】を倒してコピーできれば、第六階層より上の白魔法を使えるかもしれない。楓を生き返らせる最後の希望だ。
横を見れば、ルイはなんでもないような表情で窓の外を眺めている。後ろに座る明人も文句一つ言わずついてきてくれた。
――二人とも、俺の希望に付き合ってくれてるんだ。
悠真は改めて前を向き、決意を固めた。
これが最後の戦い。必ず勝って帰って来る。
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