第119話 異質な魔物

 驚くルイを横目に、石川は話を続けた。


「天王寺はダンジョン協会の人間から聞いたと言っていた。まだ発表されてない機密事項なんだが、協会に知り合いがいるらしい」

「悠真が……『黒のダンジョン』に?」

「社長の神崎と研究者、それにお前の幼馴染の三人で最下層まで行ったそうだ」

「三人!?」


 ルイは驚愕した。『黒のダンジョン』は百五十階層を超える【深層のダンジョン】と言われている。

 そんな階層のダンジョンを制覇しようと思えば、上位探索者シーカー数十人はいるだろう。

 それをたった三人、研究者を除けば探索者シーカー二人で行ったことになる。そんなことが有り得るのか? ルイの頭の中で疑問がグルグルと駆け回った。


「凄いよな。その人数で深層まで行くこともそうだが、そこから生還している。お前の幼馴染は、俺や天王寺でも経験したことがないことをやってのけたんだ!」


 ルイは黙り込む。悠真が探索者シーカーになると聞いた時は驚いた。大変な仕事だし、すぐにはうまくいかないだろうと思っていた。

 だが、悠真は自分より先を歩いている。

 自分が辿り着いたことのない、迷宮の最奥に――


「ルイ、俺はお前の才能を高く評価しているし、お前は充分それに答えてる。だから同世代で追随するヤツはいないだろうと思っていたが、どうやら違うようだ」


 石川は立ち上がり、ポンッとルイの肩を叩く。


「気を抜くなよルイ、後ろからライバルが迫ってるみたいだからな!」


 ハハハと楽し気な笑みを浮かべ、石川はセーフティーゾーンである宿泊施設に戻っていった。

 ――ライバル……そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 ルイは夜空を見上げ、不思議な気持ちになる。

 幻とは思えないほど、満天の星空が広がっていた。


 ◇◇◇


 翌日、資材を運ぶため探索者シーカーたちは六十二階層まで進んでいた。

 異変はその階で起こる。


「なに? 下の階層で!?」


 部下からの報告に、石川は眉を寄せる。


「どうかしたんですか?」


 ルイが尋ねると、石川は「ああ」と言って深刻な顔をする。


「六十三階層に偵察に行っていた部隊からの報告だ。【深層の魔物】が上がってきているらしい」

「深層の魔物!? まだ中層の入口付近ですよ?」


 信じられないといった表情のルイ。集団の最後尾を歩いていた‶雷獣の咆哮″のメンバーは全員立ち止まり、どうするかを話し合う。


「具体的にどんな魔物が上がって来てるんだ?」


 天王寺が尋ねると、報告に来た探索者シーカーは緊張した面持ちで答える。


「む、無線で聞く限り、ヘル・ガルムが数頭……それにゴブリンの上位種もいると言っています」


 その場にいるメンバーの顔が曇る。ヘル・ガルムは一頭でも厄介な魔物だ。

 それが複数。人型のゴブリンも知能が高いため、集団で襲ってくれば手こずる可能性もある。


「進行を一旦止めて、下の様子を確認させよう。他の会社の探索者集団クランとも話し合ってくる」


 天王寺はそう言って上位探索者集団クランのリーダーの元へと向かった。

 一行は足を止め、大手四社、準大手三社の計七社の探索者集団クランのリーダーが集まって、どうするかを話し合った。


「俺たちが行こう」


 名乗りを上げたのはアイザス社のNo2クラン【アクア・ブレイド】。

 青いバトルスーツに身を包み、それぞれが槍や斧の‶魔法付与武装″を持っている。全員が水魔法の使い手で、赤のダンジョンでの戦闘経験も豊富。

 もっとも適任だと誰もが思った。

 天王寺が「気をつけろよ」と声をかけると「誰に物を言っている!」と、アクア・ブレイドのリーダー、城田ジェイムズ・オリバーが自信を覗かせる。

 イギリス人と日本人のハーフで、頭脳明晰、容姿端麗。長い金髪をなびかせ、颯爽と歩く姿はモデルにしか見えない。

 特に女性の人気が高い探索者シーカーだが、その実力は折り紙付き。

 他の探索者もそれが分かっているため、誰も文句はつけない。下層の調査は城田率いる探索者集団クラン、【アクア・ブレイド】で決定した。


 ◇◇◇


「どうなった?」


 話し合いを終えて戻ってきた天王寺に、石川が尋ねる。


「話はついた。アイザスの【アクア・ブレイド】が下に行って魔物の様子を探ってくることになった」

「全員が‶水魔法″の使い手だからな。ちょうどいいかもしれん」


 石川も納得したように頷く。アクア・ブレイドが六十三階層に出発し、戻ってくるまでの間、全ての探索者集団クランは待機することになった。


「ここで取ることができる選択肢は二つだな」


 石川の言葉に、天王寺も「ああ、そうだな」と応じる。

 下にいる魔物が自分たちだけで対応可能なら、上位の探索者シーカーだけで倒し、百階層を目指せばいい。

 もし魔物の数が多いのであれば、五十階層に待機しているBランクの探索者集団クランを呼び寄せ協力して戦う。

 少し時間はかかってしまうが、作戦が失敗するよりは余程マシだろう。

 どちらにせよアクア・ブレイドの報告が来るまでは決めることができない。天王寺たちは体力を温存しながら静かに報告を待つことにした。そして――


「た、大変です!!」


 三時間ほど経った頃、一人の探索者が慌てて駆けつけてくる。下の階層にいる人間と連絡を取り合っていた探索者シーカーだ。


「どうした?」


 他の探索者集団クランと話し合っていた石川が声をかける。


「そ、それが……アクア・ブレイドとの連絡が突然切れました!」

「なに?」


 その報告に石川は顔を歪める。アクア・ブレイドは上位探索者集団クランであり、全員が水魔法を使うため『赤のダンジョン』では最強の戦力を持つと言っていい。

 その探索者集団クランが魔物に負けるとは思えない。

 騒ぎに気づいた天王寺たち‶雷獣の咆哮″のメンバーが集まってきた。


「なにかあったのか?」


 眉を寄せて尋ねる天王寺に、石川は首を振る。


「分からん。アクア・ブレイドとの連絡が途絶えたらしい」

「なんだと!?」

「あいつらがられたとは考えにくい。機材のトラブルかもしれんが……」


 天王寺たちが話をしていると、他の会社の探索者集団クランも集まり出す。

 放っておく訳にもいかず、クランのリーダー同士で話し合った結果‶雷獣の咆哮″のメンバーと石川、計十名で様子を見てくることになった。


 ◇◇◇

 

 赤のダンジョン・六十三階層――

 入口となる洞窟を抜け、ゴツゴツとした岩場を進んで行く。

 少し歩いた先にある、見晴らしの良い丘に立った天王寺たちは、目の前に広がった光景に息を飲む。

 そこには青いバトルスーツを着た探索者シーカーが、何人も地面に倒れていた。

 アクア・ブレイドのメンバーだ。その周りには数頭のヘル・ガルムが、チリチリと炎の息を漏らしながらうろついていた。

 天王寺たちは身を屈め、岩陰に隠れる。


「おいおい、あのアクア・ブレイドがヘル・ガルムに負けたってのか!? 信じられん!」


 拳を握りしめ、歯噛みする石川に対し、天王寺は冷静に辺りを見回す。


「いや……あれを見ろ!」


 その場にいたメンバーの視線が、少し先の岩場へ移る。そこには赤黒い肌で、身のたけ二メートル以上はあろう人型の魔物が立っていた。

 全身の筋肉は隆起し、肩や背中に炎が灯り燃えている。

 そんな魔物に喉を掴まれ、持ち上げられている人の姿があった。足は浮き上がり、力なくダラリと垂れている。


「あれは―― 城田か!?」


 石川の言う通り、苦悶の表情を浮かべていたのは【アクア・ブレイド】のリーダー城田だった。

 もはや抵抗する力は無いようだ。

 赤黒い魔物は城田を片手で持ち上げているため、その力の強さがうかがい知れる。


「俺が行って城田を助ける!」


 天王寺が一歩前に進むと、それを止めようと‶雷獣の咆哮″のメンバー美咲・ブルーウェルが天王寺の腕を掴む。


「待て! あれは恐らく‶オーガ″だ!!」


 天王寺の動きがピタリと止まり、他のメンバーにも緊張が走った。

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