第120話 雷獣

「オーガ……目撃例が少ない人型の魔物か?」


 石川が聞くと、美咲・ブルーウェルは黙って頷く。


「きっと奴が【アクア・ブレイド】の探索者シーカーを倒したんだ! だとしたら一筋縄ではいかないよ、天王寺。慎重に行動しないと」


 美咲の言うことはもっともだが、納得できないこともある。天王寺は改めて魔物に視線を向ける。


「いくら‶オーガ″が【深層の魔物】とは言え、一体で彼らを倒せるとは思えない。それにオーガが目撃されたのは『』じゃない、『』だけだ!!」


 美咲は黙り込む。天王寺が言う通り、オーガは『白のダンジョン』でしか目撃されていない。

 見た目も赤ではなく、全身が真っ白。‶白鬼″という別称もあった。


「だとしたら新種……いや、変異種か?」


 石川の言葉に、天王寺は「分からない」と首を横に振る。


「だが、城田が生きている以上、放っておく訳にはいかん! 俺がオーガを攻撃するから、援護を頼む!!」


 ‶雷獣の咆哮″のメンバーは全員頷き、美咲は手を離した。天王寺が動こうとした瞬間、百メートル以上先にいるオーガがこちらを見た。

 天王寺の背中に悪寒が走る。

 額から二本の角を生やした鬼は、白濁した双眸で探索者集団クランのメンバーを捉えた。まるで嘲笑うかのように、白い牙を覗かせる。

 オーガが手に力を込めるとゴキッと嫌な音が鳴り、城田の手足はだらりと垂れる。

 天王寺たちは言葉を無くした。

 城田が殺されたのは誰の目にも明らかだ。オーガの手からは炎が灯り、あっと言う間に遺体が炎に包まれる。

 火は燃え上がり、空に立ち昇る柱となって城田の体を焼き尽くす。


「野郎!」


 天王寺はギリッと歯を噛みしめる。オーガはさらに炎を宿した手を振るう。

 辺りに炎が飛び散り、地面に伏していたアクア・ブレイドのメンバーが次々と燃えていった。

 凄まじい火力。周囲は火の海へと変わっていく。


「天王寺! ここは一旦引くしか……」


 石川が苦し気に言った時、その場にいた探索者シーカーたちは異変に気づいた。周囲の岩場から緑色の生き物がワラワラと上がってくる。

 ゴブリン――


「囲まれてます!」


 一番後ろに控えていたルイが叫ぶ。天王寺も辺りを見て舌打ちした。

 ダンジョンではマナが溢れているため、魔物のマナは余程強いものでなければ感知できない。

 ゴブリンの接近に気づけなかったことに、天王寺は臍を噛む。


「見て! ヘル・ガルムが!!」


 美咲の声に反応して天王寺が振り向くと、六頭いるヘル・ガルムはこちらに気づき一斉に駆けてきた。

 周りにいるゴブリンたちも叫び声を上げ、手に持った棍棒や石を振り上げる。

 いつの間にか追い詰められていた。

 かつてない状況に、探索者集団クランのメンバーは動揺を隠せない。


「全員、戦闘態勢を取れ!!」


 石川の号令でルイや美咲たちはハッとする。慌てて剣を抜き、切っ先を敵に向け、構えをとった。

 だが探索者集団クランのリーダーである天王寺は、その場でワナワナと震えていた。

 石川は血の気が引く。


「天王寺! 落ち着け――」



 ――調子に乗るなよ!

 


 天王寺の体から稲妻が溢れ出す。バチバチと音を鳴らし、空に向かってプラズマが立ち昇る。

 次の瞬間―― 石川は天王寺の姿を見失った。

 足の裏に‶雷″の力を集め、弾ける反動で移動する超高速歩法。あまりの速さに、誰も目で追うことができない。

 ギギギと笑い声を上げていた三匹のゴブリンの頭が消し飛ぶ。

 稲妻を纏った天王寺の拳が炸裂したのだ。魔物たちの前に立った天王寺の体は雷を放電し、髪は逆立っていた。

 手足に装備しているのは近接特化型の魔法付与武装、【武神鉄拳具】。

 戦慄わななきながら棍棒を振り上げるゴブリンに、天王寺が突っ込み、一気に蹴散らしていく。

 鬼のような戦いぶりに、その場にいた探索者シーカーたちは目を見張った。


「お、俺たちも魔物を倒して囲みを突破するぞ!!」

「は、はい!」


 石川の檄に、ルイは我に返る。天王寺の気迫に押されていたのはゴブリンだけではなかった。

 襲ってくるゴブリンに対し、ルイは刀を振るう。

 炎がほとばしる刃は流れるような軌跡を描き、ゴブリン三匹の首をねた。

 傷口から発火し、魔物を炎に包む。

 負けじと石川も大斧で薙ぎ払い、一回り大きなゴブリンの胴を斬り飛ばす。

 美咲・ブルーウェルが振り下ろした剣は、魔物の体をドロリと溶かした。

 彼女の使う【魔法付与武装】は特注品で相手を斬った瞬間、切っ先が超高温になるよう改良されていた。彼女が‶灼熱の魔剣使い″と呼ばれる所以ゆえんだ。

 美咲は返す剣でもう一匹ゴブリンを斬り裂き、絶命させる。

 他の探索者たちもそれぞれゴブリンを圧倒していたが、やはり凄まじかったのは天王寺だ。

 他のメンバーの何倍ものゴブリンを屠り、襲いかかってきたヘル・ガルムの顔を、稲妻を帯びた裏拳で打ち払った。

 ヘル・ガルムは堪らず後ろに飛び退く。

 その口元は焼けただれ、パチパチと電流が走る。なにより傷口が再生しないことに、ヘル・ガルム自身戸惑っているように見えた。


「こいつらは全員、俺がぶちのめす!」


 髪を逆立て、鬼の形相を浮かべる天王寺だったが――


「いいかげんにしろ、天王寺! お前は探索者集団クランのリーダーなんだぞ!! 自分だけじゃなく、メンバーのことも考えろ!」


 石川に叱責され、天王寺は後ろを振り返る。そこには不安気な表情を浮かべる仲間たちがいた。


「……すまん。頭に血が上ってしまった」


 天王寺の体から放電していたプラズマが収まり、逆立っていた髪が元に戻る。

 石川がホッとしたのも束の間、何頭ものヘル・ガルムが目の前に集まり、四方からゴブリンたちが向かってくる。

 天王寺は顔を上げ、探索者集団クランのメンバーに指示を出す。


「撤退する! 絶対、一人もられるなよ!!」

「「「おお!!」」」


 全員が魔物に背を向け走り出す。天王寺も魔物を牽制しつつ後退するが、一人だけ仁王立ちし、魔物を睨みつける大柄の男がいた。


「頼んだぞ、泰前!」

「おお、任せておけ!!」


 天王寺に次ぐ実力者、泰前が魔物の前に立ちはだかる。

 右腕に装着した砲筒型の魔法付与武装【電磁投射手甲】を走ってくるヘル・ガルムに向けた。

 腕に巻き付いた破壊兵器は各駆動部が連結し、回転するシリンダーが激しい稲妻を発生させる。


「喰らいやがれ! ―― 電磁投射砲 レールガン――!!」


 砲筒の先端が烈火の如く火を噴いた。

 発射されたのは導電性の高い金属‶銀″で作られた弾丸。電流を帯び、超加速した弾はヘル・ガルムたちの目の前の地面に着弾した。

 大爆発を起こし、大地が弾け飛ぶ。

 二頭のヘル・ガルムが爆発に巻き込まれ、四頭はすんでの所で回避した。地面はえぐれ、粉塵が上空まで舞い上がる。

 土埃が辺りに飛散し、魔物たちの視界を奪う。困惑しながら、キョロキョロと周囲を見渡すゴブリン。

 吹き飛ばされたヘル・ガルムも起き上がり、直撃を免れた四頭と共に粉塵の渦を駆け抜ける。

 だが、そこに人間の姿はない。

 天王寺たち全員が、その場から逃げおおせていた。

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