第121話 対応策

 天王寺たちは洞窟の出入口を抜けて六十二階層に上がり、急いで待機している探索者シーカーの元へと向かった。

 日の光を遮るものがない『赤のダンジョン』。

 待っていた探索者たちは簡易のひさしや、テントを張って直射日光を防いでいた。

 うだるような暑さの中、彼らは戻ってきた雷獣の咆哮のメンバーに気づく。だが、その人数は十人。出発した時と変わらない。

 アクア・ブレイドはどうしたんだ? と探索者シーカーたちは眉を寄せる。


「どうした天王寺? なにかあったのか?」


 声をかけたのはファーメル社の探索者集団クラン、『ロザリオ』のリーダー逢坂だ。

 天王寺をはじめ、六十三階層に行った探索者たちは誰もが俯き、生気を失ったように蒼白な顔をしている。

 逢坂は何事かと訝しんだ。


「……全員、殺された」

「なに!? アクア・ブレイドが?」


 天王寺の言葉に逢坂は驚き、目を見開く。


「どういうことだ。天王寺?」

「変異種の魔物がいた。やたら強いのが一匹……それにヘル・ガルムやゴブリンの数も報告より多かった。いや……ひょっとすると、まだまだいるかもしれん!」


 他の探索者集団クランも集まりだし、天王寺を囲むように人の輪ができる。


「どうするんだ。ここで迎え撃つのか?」


 逢坂の問いに、天王寺はかぶりを振る。


「いや……一旦、五十階層まで戻って体勢を立て直そう」


 ◇◇◇


 天王寺たちは全員で五十階層にある宿泊施設まで戻った。資材運搬車を鉄扉の倉庫へ入れ、待機していた探索者集団クランのリーダーたちと話し合う。


「ここで戦いになるってことですか?」

「俺たちだけじゃ、ヘル・ガルムやオーガの相手なんてできねえよ!」


 中堅企業の探索者シーカーからは、当然のように不満の声が漏れる。


「むろん【深層の魔物】は我々が相手をする。それに、ここで戦うかどうかは、まだ決まった訳じゃない」


 天王寺は六十階層から五十階層までの間に、連絡役として無線機を持った探索者シーカーを何人か配置していた。

 魔物たちが階層を上がってくるかどうかは分からず、上がってきたとしても、どの程度の数で来るかは分からない。魔物の一部のみが上がって来るなら、この五十階層で叩きのめす。

 それが天王寺の考えだったが――


「……全ての魔物が上がってくるか」


 報告に来た探索者シーカーの話に、天王寺は肩を落とす。予想はしていたが、考えうる限り最悪の状況だ。


「はい、それも数を増やしています。ヘル・ガルムは十頭確認され、ゴブリンも百匹以上、その中には‶オーク″の姿もあったとか」

「オーク……」


 天王寺は顔をしかめる。深層の魔物ではないものの、かなり深い階層にいる豚の頭をした人型の魔物だ。数がそろえば、Bランクの探索者シーカーでは厳しいかもしれない。


「それに……例の‶赤いオーガ″も集団の中心にいるとか」

「やはり来たか」


 オーガの変異種。上位探索者集団クランである【アクア・ブレイド】を倒した魔物。

 天王寺は自分が負けるとは思っていなかった。だが、他の魔物のことを考えれば、多くの探索者シーカーに犠牲が出るだろう。

 そう考えた天王寺は顔を上げ、集まった仲間たちを見渡す。


「上に行こう。奴らがどこまで上がって来るかは分からんが……上へ行けば行くほどマナの濃度は薄くなり、魔物には不利になるはずだ。最悪の場合、地上で戦うことも考えるべきだ」

「ちょっと待て、天王寺! 今、このダンジョンはマナが漏れているんだぞ! 上に行っても大して変わらん可能性もある」


 異を唱えたのは石川だった。その意見に賛同する者は多く、天王寺の考えには否定的だ。


「もちろん分かってる。だが、それでも俺たちが有利なのには変わりない」

「どういうことだ?」


 ロザリオの逢坂が、納得しない様子で尋ねる。


「このダンジョンの上は‶探索者の街″だぞ。それこそ多くの探索者シーカーが控えてる。ほとんどがランクの低い者だが、中堅の探索者シーカーと協力すればゴブリンやオークの相手はできるだろう。その間に俺たち上位探索者集団クランがヘル・ガルムやオーガを倒すんだ!」

「しかし、地上に出て逃げられたらどうする! ヘル・ガルムを一匹逃がして大騒ぎになったのを忘れたのか!?」


 石川が怒鳴るように言うが、天王寺は「逃がさない」と自信ありげに笑う。


「上には本田さんがいる。あの人なら完璧な対策を立ててくれるさ。すでに探索者シーカーの一人を上に走らせてるから、俺たちは【深層の魔物】を倒すことに注力すればいい」


 天王寺の話に石川と逢坂は沈黙する。だが今度は神楽坂医薬のクラン『阿修羅』のリーダー倉敷が口を開く。


「逆に地上の‶マナ″が薄かった場合、魔法が使いにくくなって俺たちが不利になるということはないか? 事実、前回ヘル・ガルムを逃がした時、守りについていた探索者シーカーが実力を発揮できなかったと聞いたぞ!」


 倉敷はチラリと石川を見る。


「その場合、身体能力の高い魔物の方が有利じゃないか?」


 もっともな意見だが、天王寺は否定する。


「それも大丈夫だ。もし魔法が使いにくい環境なら、魔物の力も弱まるだろう。そうなれば自衛隊の‶銃器″が威力を発揮する。前回より強力な武器を用意しているようだからな。やはり俺たちの優位は揺るがない」


 全員が沈黙する。天王寺はそれを同意と受け取った。


「では始めよう。我々は魔物の進行に合わせて上階に進むぞ!」


 ◇◇◇


 五時間後―― 日がすっかり沈んだ時間帯に、本田は思わぬ報告を受ける。


「なに!? オーガの変異種? その魔物に【アクア・ブレイド】が全員殺されたと言うのか?」


 中央センタービルにある自分のオフィスで話を聞いた本田は、信じられないとばかりに顔を曇らせた。

 椅子の背もたれに寄りかかり、瞼を閉じて指を組む。

 しばらく無言で思案した後、瞼を開き、深刻な表情で報告に来た探索者シーカーを見る。


「それで……天王寺はどうすると?」

「はい、資材は五十階層に置いて、魔物の動きを確認しながら階層を上がると言っていました」

「そうか……」


 ――自分が時間を稼いでいる間に態勢を整えろということか。やれやれ、相変わらず人使いの荒い男だ。


「分かった。後はこちらで準備する。君は休みたまえ」

「はい」


 報告に来た探索者が部屋から出ていくと、本田は深い溜息をついた。

 ――オーガの変異種……まさか……な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る