第280話 実戦訓練

「白の魔宝石! やっぱりあったな」


 テーブルに置かれたダイヤモンドを見て、悠真はテンションを上げる。ミュラーは別の保管箱からも【白の魔宝石】を取り出していった。

 ロッククリスタル、ジルコン、そしてダイヤモンド。

 確かに約束していた通り、マナ指数にして5500はありそうだ。


「ありがとうございます、ミュラーさん。これだけあれば充分です」


 ルイはミュラーにお礼を言ったが、ミュラーは「そうかね?」とメガネを直して、別の保管箱の扉を開ける。


「ここには他にもたくさん魔宝石が保管してある。ドイツにはもう使う人間がいないからね。良ければ持っていくといい」


 悠真とルイは「え?」と言って顔を上げる。

 ミュラーは保管箱からスチール製の箱を取り出し、テーブルに置いていく。それを何度も繰り返すと、テーブルは箱で埋め尽くされていった。


「これは……」


 ルイは目の前に並べられた魔宝石に言葉を失い、悠真も「すげえ」とつぶやく。

 そこにあったのは、

 『火の魔宝石』ガーネット、レッドスピネル、ルビー。

 『風の魔宝石』ペリドット、ジェダイト、エメラルド。

 『水の魔宝石』アクアマリン、アイオライト、サファイアなど。

 もっとも価値の高いダイヤモンドや『雷の魔宝石』はないものの、それでも途轍もない数の魔宝石であることには変わりない。

 もし売ればとんでもない金額になることは容易に想像できた。


「"雷の魔法石"は、ヨーロッパで猛威を振るっている『水の魔物』対策に使われたんだろう。魔宝石のダイヤモンドがないのは恐らく兵器に転用されたんじゃないかな。人間が取り込むのは難しいが、武器や防具にすることはできるからね」


 ミュラーが詳しく説明をしてくれているが、悠真の耳に入らなかった。


「こ、これをもらってもいいんですか!?」


 悠真が戸惑いながら聞くと、ミュラーは当然とばかりに答える。


「君たちはこれを渡すに充分過ぎるほど活躍してくれた。この国の政府はもう存在しないし、活用できる人間もいない。私の一存ではあるがね、ぜひ君たちに使ってほしいんだ」

「それはありがたいけど……」


 悠真は口籠くちごもった。魔宝石はたくさんあることに越した事はないが、さすがにこの量は気が引ける。

 全部合わせれば、恐らく"マナ指数"が十万近くになるんじゃないだろうか。

 悠真とルイが顔を見交わし躊躇していると、一番上背うわぜいがあるウォルフガングが口を開いた。


「もらっちまえよ! 探索者シーカーに取っちゃ重要なもんなんだろ? なにもかも失ったこの街では、あんたたちに渡せるもんはそれぐらいしかねえ。俺たち全員の気持ちだと思ってくれ」


 悠真が視線を向けると、ミュラーもエミリアもフィリックスも。微笑んだまま頷いていた。

 ルイもコクリと頷いたため、悠真は「じゃあ、遠慮なく」と言って魔宝石を受け取ることにした。

 白の魔宝石だけではなく、多くの収穫を得ることができたドイツの旅。

 結果的に人も助けることができたことに、悠真は来て良かったと、心の底からそう思った。


 ◇◇◇


 ツォー駅前の開けた通り。

 エミリアがリーダーを務めていたコミュニティ、約三百人。そしてフィリックスがリーダーを務めていたコミュニティの約百人。

 その人たちが通りのはしにたむろし、ひそひそと話をしていた。

 通りの中央にいたのはルイと悠真。二人とも準備体操をしながら、コキコキと肩を鳴らしている。


「それにしても良かったね。二つのグループが和解して」


 ルイが笑顔で言うと、悠真も「ああ、そうだな」と笑みを見せる。


暗黒騎士ドンケルリッターの魔鉱石は飲み込んだんだろ? 取り込めたか?」

「うん、ギリギリだったみたいだけどね。なんとか体に取り込めたよ。悠真もコングロマリットの魔鉱石を飲んだんだよね?」

「ああ、よく分かんねえ魔鉱石だったけど、飲み込むことにした。あと大量の魔宝石も飲んだからな、魔法はバンバン使えるぜ!」


 ルイは片脚屈伸をしながら、「じゃあ、初お披露目だね」と頬を崩す。悠真も腕を伸ばしながら、「おう、ケガすんなよ。ルイ!」と言って、戦闘態勢に入った。

 二人は道路の中央で向かい合い、互いに睨み合う。

 悠真はフンッと体に力を入れた。全身が黒く染まり、鋼鉄の鎧が体表に浮き出てくる。頭からは長い角が伸び、凶悪なキバが生えてきた。

 黒い怪物の姿を見たドイツの人たちは、一様に大きな声を上げる。

 絶叫に近い歓声を上げる者、驚いて戸惑う者。その中でもルイスは「すげえ!」とはしゃいで声援を送った。

 

「悠真! ルイ! 両方がんばれ!!」


 その声を聞いて、ルイもゆっくり刀を抜く。正眼に構えると、刀身にメラメラと炎を灯した。


「じゃあ、行くよ悠真」

「来い!!」


 ルイが地面を蹴った瞬間、その姿が消える。暗黒騎士ドンケルリッターの能力が発動したんだ。

 悠真も体に力を入れる。


血塗られたブラッディー・鉱石オア!!」


 手の甲から剣を伸ばし、相手の斬撃に備える。だが、ルイの速さに追いつけず、姿をとらえることができない。


「遅いよ」


 炎の剣が何度も悠真の体を斬りつける。悠真は「くそっ」と言って後ろに飛び退き、体に"風の魔力"を宿した。

 全身に緑に光る紋様が浮かび上がる。


「これなら追いつける!!」


 悠真が踏み出すと地面が爆散し、黒い怪物の姿も消えた。ルイスを始め、ドイツの人々は驚きの表情を見せる。

 中空を舞い散る火花、金属と金属がぶつかる甲高い音。姿は見えずとも、両者が戦っていることは分かる。

 人々は興奮した。こんな動きができる人間がいるなんて、と。

 ツォーや地下街の人たちは、エミリアとフィリックスから最強の魔物、コングロマリットが倒されたと伝えられていた。

 にわかには信じられない話。

 しかもそれを行ったのが、たった二人の探索者シーカーだという。

 ベルリンの外に出ることを躊躇する人たちに対し、フィリックスは「だったら二人の実力を見せればいい」と提案し、実戦訓練をしないか、という話になった。

 ルイと悠真にしても、新たに獲得した"魔鉱石"の性能テストになるため、二つ返事で快諾した。

 その結果、道路の真ん中でぶつかり合うことになったのだが、通りの端で見ていたエミリアとフィリックスは目を丸くする。

 あまりの速さに、なにも見えなかったからだ。


「あいつらって……こんなに速かったっけ?」


 困惑した表情で聞いてくるフィリックスに、エミリアは「さあ……」としか答えられない。

 二人の戦いはさらに激しさを増し、無数の斬撃の軌跡と炎だけが飛び交う。

 どうなるんだろう? とルイスがドキドキしていた時、ドンと下っ腹に響くような衝撃音がした。

 なにかが爆発したんだ。

 ルイスが辺りを見回すと、黒い怪物が地に伏せ、背中を押さえて痛がっている。

 なにが起きたか分からなかったが、黒い怪物はガバッと上半身を起こし、戦っていた相手を睨む。

 

「おい、ルイ! 痛てえじゃねーか!! 手加減するって約束しただろ!」

「ごめん、ごめん。でも悠真は"爆発魔法"以外、全然効かないからね。ちょっと本気を出してみたんだけど……マズかったかな?」


 軽い感じで言うルイに、悠真はカチンと頭にきた。


「上等だ! こっちも手加減しねーからな!!」


 悠真の体から緑色の輝きが消え、代わりに青い紋様が輝き出す。炎に絶大な効果を持つ【水の魔力】。

 ――ミュラーさんから大量に魔宝石をもらったからな。"水の魔力"は20000を超えてるはずだ!

 悠真が突っ込んでいくと、ルイも炎の剣を上段に構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る