第279話 保管庫
「これって……
「うん、足元に落ちてたから持ってきたんだ。この魔鉱石の能力はたぶん……」
「ああ、間違いなく"速さ"を上げる能力だろうな」
魔鉱石は魔物の特徴に則した能力が向上する。そうであれば
それが反映されてないという事はないだろう。
「じゃあ、悠真が食べてみてよ。コングロマリットの魔鉱石より、安心して食べられるでしょ?」
ルイに勧められたが、悠真は怪訝な顔をする。
「
「え!? 僕が?」
ルイは驚いて目を白黒させる。
「でも、僕は"火の魔宝石"しか食べた事がないし……そもそも人間に使えるのものなのかな?」
「おい! 使ってる人間が目の前にいるだろうが! 俺をなんだと思ってんだ?」
「悠真は参考にならないよ」
プンプン怒る悠真に、ルイは苦笑いする。
「まあ、冗談はともかく、僕の"マナ"が足りるか自信がないよ。
不安がるルイに、悠真は「大丈夫だろう」と軽い口調で答える。
「ドイツに来るまでたくさん魔物は倒したし、なにより
そう言って悠真はケラケラと笑った。
「いつもそんな感覚で食べてたの? 凄いな……」
ルイは呆れつつも、「分かった」と言って小さく頷く。
「これは僕がもらっておく。じゃあ、みんなの所に戻ろうか」
「ああ、そうだな」
悠真はパンパンと服についた砂埃を払い、エミリアたちが避難した方向へと足を向けた。
◇◇◇
戦いが終わった街を、エミリアたちは無言で眺めていた。
自分たちがいる場所とは反対方向の地域が、綺麗に更地になっている。ビルも民家もなにもない。
あまりにも非現実的な光景を見て、全員が呆然としている。
最初に口を開いたのはフィリックスだった。
「あいつら……勝ったんだよな? コングロマリットを倒したんだよな?」
誰も答えない。確かに街を覆い尽くすほどの巨大さを誇ったコングロマリットは、影も形もなくなっている。
巨人によって倒されたのだ。エミリアは自分の足が
もっとも恐ろしいと思っていた魔物、コングロマリット。だが、今しがた目にした巨人の力は、それを遥かに凌駕していた。
想像を超えるパワー。巨人とは思えないスピード。常軌を
まさに荒れ狂う暴力そのもの。
あれが……【赤の王】を撃退した力。エミリアは日本が
ふと屋上から視線を落とせば、ヒビだらけの通りを二人の男が歩いてくる。
エミリアはバッと身をひるがえし、駆け出していた。
突然の行動に驚いたフィリックスは「おい!」と声をかけ、ミュラーやウォルフガングと共に、慌ててあとを追いかけた。
◇◇◇
悠真とルイがボロボロになった道路を歩いていると、路地裏からエミリアやフィリックスが飛び出してくる。
エミリアは近づくなり「三鷹さん! 天沢さん!」と言って悠真の腕を掴み、真剣な目を向けてきた。
「本当に……本当にコングロマリットを倒したんですね?」
「え、ええ、もう大丈夫ですよ。魔物はいなくなりましたから」
悠真の言葉を聞いて、エミリアは膝から崩れ落ちた。
後ろにいたフィリックスが「おい、大丈夫か?」とエミリアの肩を支え、ゆっくりと立たせる。
エミリアは両手で顔を覆い、泣いているようだ。
長い間ベルリンの街に閉じ込めらて、不安で仕方なかったのだろう。ましてこの人はグループのリーダー。責任も相当感じてたはずだ。
悠真はエミリアの心情を
「ミュラーさん。約束通り、コングロマリットは倒しました。魔宝石があるっていうポツダムの政府施設に案内して下さい」
悠真がそう言うと、ミュラーはメガネの位置を直し、「う~ん」と
「どうかしましたか? ミュラーさん」
「いや、案内するのは構わんのだが……政府の施設があるのは向こうだよ」
ミュラーが指差した方向を、悠真とルイは振り返って見る。そこは黒の巨人が爆風を使って更地にした場所。
建物など残っていなかった。
「ま、まさか……政府の建物ごと消滅したんですか?」
悠真が恐る恐る聞くと、ミュラーは小さく嘆息する。
「いや、政府施設はポツダムの南西部にあるから、無事の可能性もある。ただ本当に無事かどうかは行ってみないと分からないな」
悠真は冷や汗が出る思いだった。コングロマリットを倒すことに夢中で、向こうに目的の場所があることをすっかり忘れていた。
反省しきりの悠真に代わり、ルイがミュラーと話し合う。取りあえず行って確認してみよう、ということになった。
悠真とルイ、ミュラーとエミリア、ウォルフガングとフィリックスの計六人でベルリンの州境を越え、更地になったポツダムの街に入る。
◇◇◇
「おおおおおおお!」
悠真は頭を抱えて絶叫する。目的の建物は、ギリギリの所で破壊を
「あっぶねえ! もうちょっとで全部なくなってる所だ」
ミュラーはメガネのブリッジを指で押し上げ、「あと二百メートルほど被害が広がっていたら、魔宝石は失われていたね」と眉根を寄せる。
悠真は辺りを見回した。風の魔力で吹き飛ばした被害は、本当にすぐそこまで迫っていた。
ここが無事だったのは奇跡に他ならない。
悠真が見据えた先にあったのは、コンクリート造り建物。政府施設と聞いていたので、もっと大きいものを想像していたが、それほどでもない。
窓には鉄格子が
ミュラーは扉の前まで歩き、横に設置されている電子キーに番号を入力していく。カチッと音がなって扉は解錠された。
「さあ、行こう」
ミュラーに
「ここは元々政府の書類保管庫として使われていた場所でね。本来、"魔宝石"が置かれるような施設ではないのだが……」
「盗難防止のためですか?」
ルイの言葉に、ミュラーは「ああ」と
「世界が混沌として"魔宝石"の価値が跳ね上がってしまったからね。どこに隠すかは重要な事柄になっていたんだ」
ミュラーが電子キーを解錠し、扉を開く。
たくさんの資料棚の横を抜けていくと、もう一つ扉があった。その扉も解錠し、奥の部屋に足を踏み入れる。
そこは銀行の貸金庫のような場所で、大きな保管箱が並んでいた。
「ここが……」
悠真が辺りを見回していると、ミュラーは「確かこっちに……」と言って保管箱の一つを開ける。
金属製の箱を取り出し、部屋の中央にあるテーブルに持ってくる。
悠真とルイが覗き込むと、そこには大粒の透明な宝石が入っていた。
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