第94話 極小ダンジョンの謎

「くっ……そ!」


 悠真はピッケルを握りしめ、もう一度巨大なカニに向かって駆けだした。

 どんなに無謀でも、ここで戦うことを止めれば全てが終わってしまう。悠真が全力でジャンプしてピッケルを振り上げるが、相手も予想していたのか、鋏を横に振って悠真を弾き飛ばす。


 体を打ち据えられた悠真は、為す術なく石柱まで吹っ飛んだ。

 岩に激突し、地面まで落ちてくる。頭を振り、ヨロヨロと立ち上がる悠真はピッケルを握りしめる。その目はいまだ死んでいなかった。


 ――ダメージは受けないんだ。何度でも立ち上がってやる!


 悠真が一歩踏み出した時、ぐらりと視界が歪む。


「え?」


 手に力が入らず、ピッケルを落としてしまう。液体金属が解除され、普通のピッケルがカランっと地面に転がった。

 ――なんだ?

 手を見れば、かすかに震えている。

 足もフラつき、立っていることができない。悠真は膝から崩れ落ち、その場に倒れてしまった。

 体にダメージは無いはずだ。だとしたら何度も受けた衝撃で、脳にダメージが蓄積したのか? 答えは出ない。

 ただ体が動かず、悠真は地面に突っ伏す。

 なにが起きたか分からず、どうすることもできない。

 意識がどんどん遠のいていく。時間の感覚が無くなり、体が闇に引き込まれる。


 まるで底の無い沼へ落ちていくように。


 まるで深い海に沈んでいくように。


 下へ、下へ……体が重く、とても重くなってゆく。


 なんだ……どうなったんだ……。


 意識の底、暗い暗い闇の中……。


 朧げな視界になにかが映る……。


 見覚えのある大きな影……。

 

 こいつは……。



 庭にいた……デカスライム……?




 地面に突っ伏したままの悠真の肩が、ぼこりと膨らむ。その後、すぐに腕や足、胸や頭も膨れ上がる。

 悠真の体はドロドロに溶け、メタルグレーの球体へと変貌してゆく。

 球体はさらに膨張し、徐々に大きくなっていった。やがてキマイラと同じくらいの金属の塊となる。

 それはまるで、巨大な金属スライムのように――


 ◇◇◇


「なんなんだ、ありゃ!? 悠真が球体に飲み込まれちまったぞ!!」


 神崎は驚いてアイシャに聞くが、アイシャも訳が分からず硬直していた。


「あれは……」

「な、なあ、悠真はどうなったんだ? し、死んじまったんじゃないだろうな!?」

「まさか……そんな」

「なんだ? なにか分かんのか!?」


 パニック状態の神崎に対し、アイシャは次第に落ち着きを取り戻していく。


「私は……とんでもない勘違いをしていたのかもしれない」

「勘違い?」

「あの金属の塊の中でなにかが起きてるんだ。悠真くんがいるように見える」

「ど、どういうことだ!?」

「デカスライムの『液体金属化』の能力は、単に形を変えることじゃなく体内のマナを質量に変えるんだと私は思っていた。だが実際は、両方のマナを取り込んで質量に変えているんだ」

「ちょ、ちょっと待て! 分かるように説明してくれ!!」


 アイシャは一つ息を吐き、神崎の方へ顔を向ける。


「お前は悠真くんが言った『庭にできたダンジョン』の話を覚えているか?」

「それは……当然、覚えているが……」


 それがどうしたんだと神崎は戸惑うも、アイシャは話を続けた。


「庭にできた小さなダンジョン……それは『エレベーター式ダンジョン』で間違いないだろう」

「エレベーター式!? 本当にそんな物があるってのか?」

「ああ、そうだ。そうでなければ彼の異常なマナ指数や、発現した数々の能力に説明がつかない」

「し、しかし、おかしくないか? もしエレベーター式なら、そのダンジョンは凄い深いダンジョンだったってことになるんだぞ!」


 神崎は眉を寄せ、アイシャを見る。


「その通り。そんな深いダンジョンにいる魔物を、当時探索者シーカーでもない悠真くんが倒せるなど、本来なら有り得ない」

「だったら違うんじゃねーのか? エレベーター式ダンジョンなんて、探索者シーカーの間で伝わる御伽噺おとぎばなしみてーなもんだぞ!」

「……いや、彼が強力な魔物を倒せたのには理由がある。それは間違いなくダンジョンの形状だよ」

「形状?」


 アイシャは膨らんだ金属の球体を見ながら、納得するように頷く。


「考えてみろ。魔物が活動するには必ず‶マナ″が必要だ。強い魔物であれば、より多くのマナが必要になる。だからこそ強力な魔物ほど、マナの多い深層にいるんだ」

「そりゃ……そうだが」

「だが、悠真くんの家の庭にできたダンジョンは極めて小さく、また一階層しか出現しないもの……。つまりはずなんだ」

「それは――」


 神崎は言葉に詰まる。確かにそんな小さなダンジョンに、大量のマナがあるはずがない。アイシャは構わず話しを続けた。


「恐らく『極小ダンジョン』とは、イレギュラーに発生した不完全なダンジョンなんだろう。このダンジョンでは、魔物は持っている能力を充分発揮できない。特に最後に出てきた大きなスライム。マナを質量に変えるなんて規格外の能力を持っていても、マナが無ければ意味がない」

「だから悠真でも倒すことができたってのか?」

「そうだ。もし、その大きなスライムがここのようにマナが大量にあるダンジョンの深層にいたなら……無敵に近い強さだったはず」

「む、無敵って」


 神崎は思わず息を飲む。


「そしてその能力は今、悠真くんの中にある。体内だけでなく、体外……つまり空間内のマナも自身に取り込めるということ。これほど深い階層の、それもこれだけ大きな洞窟内にあるマナだ。恐らく‶空間マナ指数″は数千万は超えるだろう」

「す、数千万!?」


 アイシャはクックックと噛み殺すように笑い出した。そして、はち切れんばかりに膨れ上がった球体に目を移す。


「これが……【王の力】か」


 金属の球は、ゆらゆらと表面を揺らす。

 そしていだように動きをピタリと止めると、静寂が辺りを包む。神崎とアイシャは言いようもない不安を感じた。

 徐々に大気が揺れ始め、洞窟内が鳴動する。


 ――グボッ。


 球体から、黒く巨大な腕が突き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る