第268話 ツォーの集団

「そんなことに……だから皆さんはこの街に留まってたんですね」


 ルイの言葉に、フィリックスは「ああ、そうだ」と答える。


「前に軍用ヘリが助けに来たことがあったが、街を出る際に攻撃されて墜落した。誰もこの街から出られないんだよ」

「ヘリを? コングロマリットは空を飛ぶんですか?」

「いいや、そうじゃない。地面から黒い鎖のような物が伸びて、ヘリを貫いたんだ。コングロマリットの本体は地中にあると言われているが、その全貌は誰も見たことがない」

「そう、ですか」


 ドイツの現状がここまで酷い理由が徐々に分かってきた。

 暗黒騎士にコングロマリット。この二体の魔物が全ての元凶なのだろう。深刻な表情で考え込むルイを見て、フィリックスは咳払いをしてから話題を変える。


「それより、あんたの仲間だが」

「ああ、悠真ですね。僕が迎えに行ってきます。ここの場所、分からないでしょうから」

「いや、その必要はない」

「え?」


 ルイはキョトンとしてフィリックスを見る。


「俺たちの仲間が現場で様子をうかがってるはずだ。あんたの仲間が生きてるなら、ここに連れてくる手はずになってる」

「そうなんですか、ありがとうございます」


 パッと顔を明るくしたルイに対し、フィリックスは小さく溜息をつく。


「あくまで生きてたら、の話だ。死んでたらそのまま引き上げてくるぞ」

「それなら大丈夫です。悠真は絶対、死んだりしませんから」


 フフフと笑うルイに、フィリックスは困惑した。

 それから二時間後――


「おい! 本当に来たぞ!!」


 地下街の住人が大声で叫ぶ。地下街のテナントで休んでいたルイは外に飛び出し、構内を走った。

 出入口の近くまで来ると、数人の男たちが階段を下りてくる。


「悠真!」


 ルイの声に悠真が反応する。


「おお! ルイ、無事に避難できてたか」


 悠真は再会を喜び、ハハと笑顔を見せた。ルイは歩み寄り、悠真に怪我がないことにホッとする。

 大丈夫だろうとは思っていたが、万が一がない訳じゃない。


「あの魔物はどうなったの?」


 ルイが尋ねると、悠真は「ああ」と言って鼻をこする。


「俺に攻撃が効かないと分かったら、とっとと逃げていったよ。でも危なかったな。粘られて『金属化』の継続時間が切れてたら、俺が負けてたかもしれない」

「じゃあ、攻撃が当たらなかったってこと!?」

「ああ、そうだ。一発も当たらなかった。たぶん当たれば一撃で倒せたと思うけど、途轍とてつもない速さで捉えきれなかった」


 ルイは息を飲む。悠真が『金属化』し、血塗られたブラッディー・鉱石オアと呼ばれる能力を使った場合の速さは常軌を逸する。

 その速さを上回る魔物がいるなんて……。


「とにかく、ここで話すのもなんだから、奥に行こうか。彼らのリーダーがいる場所で話そう」

「リーダーって、あの銀髪の男だろ?」

「そう、フィリックスさんって言うんだ。話の分かる人だよ」


 ルイと悠真は数人の男たちと一緒に構内を歩く。色々な店舗が立ち並ぶ地下通路。日本とは違う独特の雰囲気に、悠真はキョロキョロと辺りを見回していた。

 すると、商店の看板裏を見て足が止まる。


「あ!」


 悠真が驚いたような声を上げる。


「このガキだ!!」

「ど、どうしたの悠真!?」


 いきなり子供を指差した悠真に、ルイは戸惑いを隠せない。


「こいつだ! この子供が俺の頭を撃ったんだ!!」

「ええ!?」


 悠真が大声を上げると、看板裏に隠れていた子供が飛び出し、構内の奥へと逃げていく。


「あ! 待てっ!!」


 悠真も少年のあとを追って走り出す。少し困惑したものの、ルイもすぐに駆け出し悠真を追った。


 ◇◇◇


「なんだ? 騒がしいな」

 

 酒場のテナントにいたフィリックスは扉を開け、地下の通路に出る。大勢の人間が叫んでいることに、眉を寄せていぶかしむ。

 後ろからついてきたヴェルナーと共に通路を歩いていくと、人だかりができている一角があった。


「どうした?」


 最後尾の男に声をかけると、「あ、フィリックス! 大変なんだよ」と言って男は人ごみの向こうを指差す。

 

「さっき来た探索者シーカーの男と、ルイスが喧嘩してて」

「なに!?」


 フィリックスは人垣を掻き分け、前に出る。

 そこには服を掴まれたルイスと、ルイスの服を掴んだ男が天沢ルイに羽交い絞めされているカオスな状況が生まれていた。

 フィリックスは一瞬、どうしていいか分からなくなってしまう。


「おい、フィリックス! とにかく止めねーと!!」


 ヴェルナーの言葉で我に返り、フィリックスは「あ、ああ、そうだな」と言って、三人を止めにいく。

 ルイスを掴んでいた男はかなり怒っている様子だった。

 フィリックスとヴェルナーはなんとか二人を引き離し、取りあえず話を聞くため、いつも使っている酒場の店舗に足を向ける。


 ◇◇◇

 

「なんだ! ルイスが銃で撃ったってのは、この人だったのか!?」


 話を聞いたフィリックスは、驚いて顔を歪める。

 酒場の中には悠真とルイ、うつむいたままのルイス、そしてフィリックスとヴェルナーの五人がいた。

 それぞれが椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う。


「だとすれば100%こっちが悪い。俺からも謝罪する、本当にすまなかった」


 フィリックスとヴェルナーは頭を下げ、モジモジしていたルイスに対して「お前も謝れ!」と強く言う。

 ルイスは「ご、ごめんなさい」と頭を下げ、悠真に謝罪した。


「ま、まあ、突然声をかけられてビックリしたんだよね。ドイツの状況を考えれば、仕方ないと思います」


 ルイは「頭を上げてください」と穏和に収めようとするものの、隣にいた悠真は「俺は納得してないけどな!」と腕を組んで鼻を鳴らす。

 頭を上げたフィリックスはルイスの頭に手を乗せ、


「いいかルイス。この人が一流の探索者シーカーだから銃弾を受けても平気だったんだ。普通の人間だったら死んでいる。銃を使う時はもっと慎重になれ」


 叱られたルイスは「うん、分かったよ」と小さな声で答える。

 それを対面の席で聞いていた悠真は、「いや、撃たれて死にかけたけど」と思ったが、一流の探索者シーカーと言われたので黙っておくことにした。


「すまなかった。この街は治安が悪くてな。人間どうしでも争ってるから、あんたたちをツォーの連中だと思い込んだんだ。責任は子供に銃を持たせた俺にある」


 フィリックスは申し訳なさそうにもう一度頭を下げる。


「大丈夫ですよ。悠真もピンピンしてますし、ね! 悠真」


 水を向けられた悠真は「う、まあ、そうだな」と不承不承ふしょうぶしょうに頷いた。


「それより、そのツォーの連中って、どういう人たちなんですか? できれば詳しく教えてもらいたいんですけど……」


 ルイの疑問にヴェルナーが口を開く。


「この地下街のコミュニティと対立するグループだ。ツォー駅を根城にしていて、300人近くいる。かなり暴力的な連中だよ」


 その話を聞いてルイと悠真は顔を見交わす。自分たちを襲って来たのは、ツォーの人間だろうと確信した。


「その人たちとは協力できなかったんですか? 争ってる場合じゃないと思いますけど……」


 ルイの言葉にフィリックスは「そりゃ、その通りだ」と苦笑いを浮かべた。


「そうできれば良かったんだがな。あいつらはなまじ力を持ってる。こちらと妥協する気なんて、最初からないんだ」

「武器を多く持ってるんですか?」


 ルイは自分たちが襲われた状況を思い出す。あの時も男たちは殺傷能力が高い銃を全員が持っていた。


「ああ、そうだ。連中の中には元軍人もいるし、武器も豊富に持ってる。確かもいたはずだ」

「「えっ!?」」


 その言葉に、ルイと悠真は声をそろえて反応した。


「悠真!」

「ああ、【白の魔宝石】……まだ諦めるには早いかもしれない」

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