第267話 コングロマリット

「コングロ……マリット?」


 聞いたことのない魔物の名前に、ルイは困惑した。


「それはどんな魔物で、どんな能力があるんですか?」


 ルイは質問を投げかけるが、フィリックスはそれを手で制す。


「詳しい話は地下街に行ってからにしよう。それよりあんた仲間の心配をしなくていいのか? 特殊な能力を持ってるかもしれんが、暗黒騎士ドンケルリッターに一人で挑むなんて無謀すぎる。今ごろ殺されてるかもしれんぞ!」


 真剣に訴えるフィリックスだが、ルイは微笑んで首を振る。


「あれくらいの魔物に悠真は負けません。大丈夫です」


 自信を覗かせたルイに、フィリックスは怪訝な顔をする。


「おい、フィリックス。早く行こう、じっとしてるのはリスクが高い」


 フィリックスの後ろにいたスキンヘッドの男性が声を上げた。腹部から出血して、かなり苦しそうな顔をしている。

 フィリックスは「ああ、そうだな」と言い、ビルの陰から一歩出る。


「とにかく行こう。話はそれからだ」


 ルイは頷き、フィリックスたちと共に荒廃した街を走り抜けた。


 ◇◇◇


 地下街の入口。ルイスは壁にもたれかかり、背中を預けていた。

 なにをする訳でもなく、ボーと外を眺める。フィリックスはツォーの連中と決着をつけると言っていたが、元々は自分がツォーの人間を撃ったのが原因。

 もしもフィリックスやみんなが死んだりしたら……ルイスは不安で仕方なかった。

 帰ってくるとしてもかなり時間はかかる。分かってはいても、みんなの帰りを待たずにはいられなかった。

 そんな時、道路の先に人影が見えた。


「あ!」


 ルイスは目をしばたかせる。間違いなくフィリックスたちだ。考えるより先に体が動き、ルイスは駆け出していた。


「どうしたのフィリックス!? まだ出かけて二時間くらいしか経ってないのに」

「ルイス。ここは危ない、すぐに地下に戻れ!」


 見れば、みんな緊張した顔をしている。

 なにが起こったんだろう? と不思議に思っていたルイスは、集団に見たことのない人間がいることに気づく。

 茶色い髪の若い男性、顔はアジア系に見える。


「フィリックス、その人は?」

「話はあとだ。下に行くぞ」


 全員が地下に続く階段を下り、薄暗い構内を進む。フィリックスたちの帰りを待っていた老人や子供たちが、一斉に駆け寄ってくる。

 フィリックスは「説明はあとでする、とにかく通してくれ!」と人垣を押しのけて前に進んだ。

 しばらく歩いた一行は、構内の奥にある扉の前で立ち止まる。

 フィリックスは扉を開け、「こっちだ」と言って先に入っていく。数人の男たちがあとに続き、中へと入っていった。


 ◇◇◇


「さて、まずはあんたの事を教えてもらおうか。なんでドイツの……それも、よりにもよってこんな所に来たんだ?」


 フィリックスが眉を寄せて聞いてくる。

 今いるのは裸電球がついた狭い部屋。テーブルが一つと椅子が数脚あり、壁際の棚にはいくつかの酒瓶が並んでいた。

 ここが彼らの拠点か、とルイは物珍しそうに辺りを眺める。


「おい、聞いてるのか?」

「あ、ええ……すいません。僕たちは日本政府が派遣した探索者シーカーです。ドイツ政府は日本に救援要請を出し、日本は魔物を倒す代わりに【魔宝石】を受け取る約束をしたんですが……」

「そうか……政府間でそんなやり取りがあったのか」


 フィリックスはアゴに手を当て、真剣になにかを考え込む。

 しばらくすると「ああ、すまん。取りあえず座ってくれ」とフィリックスはルイに席を勧める。

 ルイは「どうも」と言って椅子を引き、腰を下ろした。

 フィリックスも席に着き、その隣に大柄でスキンヘッドの男性も座る。


「紹介が遅れたな。こいつはヴェルナーだ。この地下街では俺の補佐をして、みんなをまとめてくれている」

「ヴェルナーだ。よろしくな」


 ヴェルナーはテーブル越しに手を差し出してきた。ルイも手を伸ばし、がっしりと握手を交わす。


「こちらこそ、よろしくお願いします。お腹の傷は大丈夫ですか?」

「ああ、応急処置はしたからな。問題ない」


 明るく言うヴェルナー。手は大きく、かなり力強い印象だ。

 フィリックスとヴェルナーが座る椅子の後ろには、二人の男性が立ってこちらを見ていた。

 鋭い目つきで睨んでいる。まだ完全に信用されてないんだろう。


「せっかくドイツまで来たのになんだが、ドイツ政府はすでに壊滅している。約束を守るのは難しいだろう。残念だったな」

「やはりそうですか……ドイツの惨状は目にしてきました。もっと詳しく今の状況を知りたいんですが、教えてくれませんか?」


 フィリックスとヴェルナーは互いの顔を見交わす。ヴェルナーが小さく頷くと、フィリックスは「分かった」と言ってルイの顔をまっすぐに見る。


「まず魔物たちが現れた直後、この街で大きな混乱は起きなかった。それはドイツに優秀な探索者シーカーが多くいたからだ」


 ルイはコクリと頷く。ドイツの探索者シーカーが優秀というのは、疑うべくもない事実だ。


「特に活躍したのが『シュッツヘル』という探索者集団クランだ」

「知っています。日本で一緒に戦ったこともありますから」


 悠真を倒そうとした『黒鎧討伐作戦』。シュッツヘルはその戦いに参戦していた。

 一人一人の練度の高さ、そしてチームワークの確かさを、ルイは今でもハッキリと覚えている。


「そうか、知り合いだったのか。だとしたら、あんたも相当やり手の探索者シーカーってことだな」


 フィリックスは口の端を上げ、嬉しそうな顔をする。しかし、すぐに緊張感のある表情に戻った。


「俺たちは探索者シーカーに任せておけば大丈夫だと思っていた。そんな時だ。が現われたのは」

「ヤツ? 暗黒騎士ドンケルリッターですか?」

「違う。最初は。出てくる魔物の数が減っていき、街はむしろ平和になっていった」

「魔物の数が……減る?」


 ルイは眉を寄せていぶかしむ。今はどの地域でも、魔物の数は日に日に増えている。

 魔物が減るなんて、よほどの事があったはずだ。


「大きなダンジョンが攻略されたんですか?」

「いいや、そんな事実はない。だが、なぜか魔物は少なくなり、

「どういうことですか? 探索者シーカーの配置が換わったとか?」


 フィリックスは目を閉じ、静かに首を振る。


「そうじゃない。神隠しのように、探索者シーカーが一人、また一人と消えていったんだ」

「だとしたら魔物に……」

「ああ、最初に気づいたのは"シュッツヘル"の探索者シーカーでな。マリオネットという、弱い魔物が急に強くなったと疑問を持っていた」


 ルイは今まで戦ったマリオネットのことを思い出す。確かに通常では考えられないほど強い戦闘力を持っていた。

 強化種だと思っていたが違うのか?


「やつらは"コングロマリット"の一部だと言われている」

「一部? 一部って、どういう意味ですか?」


 戸惑うルイに対し、フィリックスは一呼吸置いてから話を続ける。


「コングロマリットは集合体なんだ。マリオネットや他の魔物を体に取り込み、どんどん巨大化している。一度だけその姿を見たことがあるが、あらゆる魔物で体を構成した異形の怪物。という話もある」

「街を取り囲む? そんなことが可能なんですか? いや、だとしたら僕たちは街に入れなかったはずです。そんな魔物とは出会ってませんよ」


 フィリックスはハッと笑い出す。


「そりゃそうだろう。コングロマリットは街に入ってくる人間は攻撃しない。。残念だが、あんたはもうここから出られない」

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