第266話 暗黒騎士

 敵の剣が肩口に当たる。ルイはフンッと力を込め、"炎の障壁"を展開し、斬撃を弾いた。

 だが、ルイ自身も衝撃で吹っ飛ばされてしまう。

 派手に地面を転がったが、なんとか受け身を取って立ち上がる。


「なんなんだ!? こいつは!」


 魔物に刀の切っ先を向ける。しかし相手はすでにいなくなっていた。ゾワリと嫌な予感が全身を伝う。

 ふと見れば、魔物はすぐ横にいた。右手の剣を大きく振り上げ、こちらを見下ろしている。

 られる! ルイがそう思った瞬間、大きな声が聞こえてきた。


「ルイ! 横に飛べ!!」

 

 ルイは反射的に身を屈め、横に飛ぶ。振り下ろされた魔物の剣を止めたのは、全身を黒く染めた悠真だ。

 両手をクロスして剣を防いでいた。

 悠真の体は徐々に大きくなり、黒い鎧に覆われていく。『黒鎧』の姿になった悠真に勝てる魔物はいない。ルイはホッと息を吐く。


「気をつけて悠真! そいつの速さは異常だ!!」

「分かってる!」


 悠真の体に赤い血脈が流れる。パワーが上がり、魔物の剣を弾き飛ばした。

 相手も速いが、あの状態になった悠真の速さは尋常じゃない。悠真は地面を蹴り、残像をができるほどのスピードで相手に迫った。


 ◇◇◇


 黒い魔物の速さはルイを圧倒していた。そのことに悠真は驚愕する。

 ルイが苦戦するところを初めて見たからだ。

 悠真は駆け出し、『金属化』の能力を発動する。皮膚が黒く染まっていき、全身が鋼鉄と化す。

 魔物は剣を高々とかかげ、ルイに斬りかかろうとした。助けに入らないと!

 悠真は魔物とルイの間に飛び込み、振り下ろされた剣を両腕で受け止める。かなりのパワーだが脅威というほどではない。

 血塗られたブラッディー・鉱石オアを使い、身体能力を大幅に上げる。悠真は剣を押し返し、右手の甲から剣を伸ばして踏み込んだ。

 地面は爆発したようにえぐれ、あっと言う間に距離を詰める。

 この姿で血塗られたブラッディー・鉱石オアを使えば、速さで負けることはない。悠真はそう考え、右手の剣を振るった。

 相手の首に刃が当たる! そう確信した刹那、魔物の姿が消えた。


「えっ!?」


 呆気に取られる悠真。次の瞬間、背中にガンッと衝撃が走った。「なんだ!?」と思い振り返ると、黒い魔物が剣を下に振り下ろしていた。

 斬られたのか!? 背中を……。一瞬で移動したなんてとても信じられない。

 悠真はもう一度攻撃を試みる。何度も剣を振るうが、まったく当たらない。それなのに相手の剣は、何度も悠真の体に直撃する。

 ダメージはないものの、バランスを崩して思わずフラついてしまう。

 そこを狙いましたかのように、左手に持った盾をこちらにぶつけてきた。悠真はたまらず転倒し、尻もちをつく。


「悠真!」


 ルイが剣を構えて走ってくる。悠真は手でルイを制し、ゆっくりと立ち上がる。

 その間、魔物は悠然とたたずんでいた。余裕のつもりか?


「ルイ! こいつは俺が相手をする。お前はその人たちを連れて避難してくれ」

「わ、分かった。大丈夫だと思うけど、気をつけて!」

「ああ」


 ルイは一歩、二歩と下がり、振り向いて走り出す。フィリックスたちに声をかけ、一緒にその場から離れていく。

 魔物と相対した悠真は、首をコキコキと鳴らし、敵を睨みつけた。

 こいつの速さは半端じゃない。血塗られたブラッディー・鉱石オアを使っておくれを取るとは信じがたいが、速さで負けているのは間違いなかった。

 それでも対応できない訳じゃない。

 悠真はグッと体に力を入れ、全身に"風の魔力"を流す。

 黒い鎧に緑色に光る紋様が浮き上がった。悠真が一歩踏み出すと、風が弾けて足が押し出される。

 凄まじい速度で魔物との距離を詰めた。

 全身に走る風の魔力は空気抵抗も軽減し、体は羽のように軽くなる。今まで体感したことのない速さに、悠真は自信を深めた。

 このスピードならとらえられる。

 そう思って右手の剣を振るった。それなのに――


「なにっ!?」


 剣は空を斬る。黒い魔物は攻撃を軽やかにかわし、まるで踊るように剣を振るってきた。

 悠真はその剣を左腕で受ける。"風"の力で相手の剣は弾かれ、魔物はわずかにバランスを崩した。悠真は「今だ!」と思い、剣を振り下ろす。

 だが、またしてもかわされてしまう。


 ――そんな……。これだけ加速してとらえきれないのか!?


 魔物はクルクルと回り、肩を斬りつけてきた。キンッと剣は弾かれ、ダメージはないものの、こちらの攻撃が当たらなければ意味がない。

 悠真は歯をギリッと鳴らし、左手の甲からも剣を伸ばした。

 両手の剣を振るい、猛攻を仕掛ける。しかし、その全てをことごとくをかわされてしまう。


「くそっ! どうなってんだ!!」


 純粋な速さでは負けていない。ただ相手は無駄な動きをしない分、こちらの先をいっている。

 剣で顔と肩を斬りつけられ、たまらず一歩下がった。

 相手も動きを止め、両者は睨み合う。互いにジリジリと牽制する中、先に動いたのは悠真だ。

 風の魔力を使った爆発的な突進。

 剣で斬りつけるが、魔物が持つ大きな盾で軽くいなされる。悠真は体を回転させ、もう一撃を放つが、これも盾でいなされてしまう。

 相手の斬撃を剣で防ぎ、一歩前に出る。

 魔物の攻撃は効かないんだ。少し強引でも攻撃をし続けないと!

 悠真は高速で動き回り、無数の斬撃を仕掛ける。魔物はその攻撃を全て避け、剣で反撃してきた。

 二体の黒い魔物は、目にも止まらぬ速さで激闘を繰り広げる。


 ◇◇◇


 ルイとフィリックスたちはヒビ割れた道路を走り、瓦礫を飛び越えて市街地へと向かっていた。


「おい! さっきのはなんだ!? お前の仲間が魔物みたいな姿になってたぞ!」


 走りながらフィリックスは顔をしかめる。


「彼は少し変わった能力を使う探索者シーカーなんですよ。見た目はちょっと怖いですけど、中身は普通の人間ですから心配しないで下さい」


 ルイは笑顔で話すが、フィリックスと仲間たちは納得できないようだ。ルイは話題を変えようと、コホンと咳払いしてから口を開く。


「それより、あの魔物はなんなんですか? あんなに素早い魔物、見たことも聞いたこともないですけど」


 フィリックスはギリと唇を噛みしめる。一行はビルの陰で立ち止まり、辺りに魔物がいないか警戒する。

 周囲に魔物がいないことを確認してから、フィリックスはルイに視線を向けた。


「あれは"暗黒騎士ドンケルリッター"と呼ばれる特殊な魔物だ」

暗黒騎士ドンケルリッター……それは正式名称なんですか?」


 フィリックスは目を閉じて小首を振る。


「詳しくは知らん。以前会ったことのある探索者シーカーが言っていたんだ。なんでも特異な性質の魔物ユニーク・モンスターって種類の魔物らしい」

「やっぱり……それで、その探索者シーカーはどうなったんですか?」


 フィリックスと仲間たちは黙り込んだ。その反応で、大方おおかたさっしはつく。


「死んだよ。他にも探索者シーカーは大勢いたが、全員殺された。少なくともベルリンにもう探索者シーカーはいないだろう」

「そう……ですか。やっぱり、あの暗黒騎士ドンケルリッターにやられたんですね」

「いや、確かに多くの探索者シーカー暗黒騎士ドンケルリッターに殺された。だが、この街で一番恐ろしいのは暗黒騎士ドンケルリッターじゃない」

「え? もっと強い魔物がいるんですか!?」


 ルイは驚き、目を見開く。


「ああ、そうだ。俺たちはそいつのことを【集合体の魔物コングロマリット】と呼んでいる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る