第265話 地下街の集団

「やっと人間を見つけたな」

「うん、魔物に囲まれてるけど、九体ぐらいならなんとかなりそうだね。悠真、向こうの四体を頼むよ」

「ああ、分かった」


 ルイと悠真はすぐに駆け出し、魔物に向かって突っ込んで行く。マリオネットもこちらに気づくが、悠真はかまわずピッケルを振るった。

 本来ピッケルが当たる距離ではなかったが、悠真と魔物の間に風が渦巻き、やがて巨大な竜巻となった。

 竜巻は二体のマリオネットを飲み込み、上空まで巻き上げる。

 魔物は空中で体を引き裂かれ、バラバラになって落ちてきた。


「おお、すげえ威力じゃねーか! なんか探索者シーカーっぽい!」


 悠真が喜んでいると、近くにいた魔物が間髪入れずに襲いかかって来る。悠真は慌てず、ピッケルに"真空"の魔力を流す。

 マリオネットの攻撃をかわし、ピッケルで相手の足をすくった。

 真空魔法によって足は削り取られ、マリオネットは地面に倒れて動けなくなる。

 悠真はピッケルを振り上げ、もう一度ハンマー部分に"真空"を作り出す。


「終わりだ!」


 振り下ろされた一撃でマリオネットの頭は潰れ、数秒後には砂に変わる。


「うっし、これで三体倒したな。あとの六体は……」


 悠真が視線を向けると、残りの魔物はルイに向かっていた。助けに行こうかとも思ったが――


「まあ……あいつなら大丈夫か」


 悠真はそう言ってピッケルを肩に乗せる。

 六体のマリオネットは大地を駆け、ルイを取り囲んで一斉に襲いかかった。逃げ道を塞がれたルイだが、慌てる様子はない。


「――飛燕ひえん!」


 虚空に舞った炎は四羽の鳥となり、マリオネットに向かって飛んでいく。魔物はかわすことができず、炎に飲まれて爆発した。

 細い体は粉々に砕け、地面に散らばり砂となる。

 ルイは残ったマリオネットに視線を向けると、魔物は左右から同時に攻撃を仕掛けてきた。ルイは流れるような動作で攻撃をかわし、体をひねって刀を返す。

 炎を纏った刀は弧を描き、マリオネット二体の首をねた。

 あまりにも鮮やかな斬撃。魔物は自分の首が斬られたことに気づかず、数秒立ち尽くしていた。

 しばらくすると鉄の体はボロボロと崩れ落ち、砂へと変わっていく。


「ふぅ……」


 ルイは刀を鞘に収め、一息つく。


「お~い、大丈夫かルイ!」


 悠真が小走りで近づいてくる。ルイは「大丈夫だよ」と答え、二人そろって襲われた人たちを見る。

 三十人ほどの男女の集団。

 誰もが驚いた表情でこちらを見ていた。


「みなさん! 僕らは敵じゃありません。この国の状況を知りたいだけです。話を聞かせて下さい」


 ルイが大声で叫ぶと、男女は互いに顔を見合わせ、困惑しているようだった。ルイは集団を観察し、リーダーと思われる人物の元へ歩いていく。

 銀髪で痩せ気味の男性。明らかに他の人たちと雰囲気が違う。

 ルイは男性に近づき、ポケットから取り出したイヤホン型翻訳機を見せる。

 自分も付けていると相手に見せ、ジェスチャーで付けるよううながす。男性は戸惑っているようだったが、ルイから翻訳機を受け取り、自分の耳に装着した。


「どうですか? 言葉は分かりますか?」


 ルイが尋ねると、男性は「あ、ああ……ドイツ語に翻訳されてるよ」と答える。


「僕は天沢ルイ。彼は三鷹悠真と言います。二人とも日本から来た探索者シーカーです」

「日本!?」


 男性は驚き、目を見開いた。


「そんな遠くからわざわざ来たのか? こんなご時世に、とんでもねーな」


 男性はハハと笑う。この人となら話ができそうだ、とルイは思った。


「俺はフィリックスだ。地下街で生活してるヤツらのリーダーをしてる。まあ、俺がやりたいって言った訳じゃねえんだが」

「地下街……ですか?」

「ああ、ここから少し行った場所にある駅の構内だ。そこに百人ばかり集まっててな。まあ、年寄りや子供も多いが」


 ルイは「百人もいるのですか」と驚く。散々探しても見つからなかった住民たち。だが地下に隠れていたのなら納得できる。

 ルイは辺りを見回してから、視線をフィリックスに戻した。

 

「ここだとまた魔物が来るかもしれません。一旦、地下街に戻りませんか? そこで話をさせて下さい」

「ああ、そうだな。怪我人もいるし、戻るとしよう。あんたたちみたいな探索者シーカーが来たなら、みんな喜ぶと思うぞ」


 その言葉にルイが反応する。


「この国の探索者シーカーはどうなったんですか? まさか、全滅したんじゃ……」


 フィリックスは険しい顔になり、ルイから視線を外す。


「大勢殺されたのは間違いない。生き残った探索者シーカーがいたとしても、この街からは避難してるだろう。詳しいことは分からないが、このベルリンに探索者シーカーがいないことだけは確かだ」

「そう……ですか」


 ルイは厳しい表情になる。それは話しを聞いていた悠真も同じだった。

 探索者シーカーが全滅しているような事態なら、ドイツ政府が機能していない可能性も充分有り得る。

 そうなればドイツに来た目的、【白の魔宝石】を受け取ることも難しいだろう。

 二人が深刻な顔をしていることに気づいたフィリックスは、「まあ、とにかく話は地下街でしようぜ」とルイと悠真を案内しようとする。

 その時――


「お、おい! あれを見ろ!!」


 フィリックスの仲間の一人が、崩れかけたビルの上を指差す。ルイと悠真が目を向けると、そこには一体の魔物がいた。

 黒い人型の魔物。ルイはマリオネットかと思ったが、そうではなかった。

 右腕は剣のような刃物になっており、左腕には大きな盾を持つ。全身は黒い甲冑に覆われ、一見すれば悠真の『黒鎧』に似ている。


「あれは……見たことない魔物だね」


 ルイがつぶやくと、フィリックスが青ざめた顔で叫ぶ。


「ま、まずい! 暗黒騎士ドンケルリッターだ!!」

暗黒騎士ドンケルリッター?」


 ルイはほんの一瞬、魔物から目を離した。その瞬間、フィリックスの後方にいた男の首が飛ぶ。


「え?」


 なにが起きたのか分からず、魔物に視線を戻す。だが、そこに黒い魔物の姿はなかった。

 なにかの攻撃か!? ルイは刀を構え、相手の姿を探す。

 その時、悠真の大声が鼓膜を揺らした。


「ルイ! 後ろだああああ!!」


 ハッとして振り返る。そこにはさっきまでビルの上にいた魔物が立っていた。

 身長は二メートル近くある。全身は黒い甲冑で覆われ、右手と一体になった鋭い剣がギラリと光る。

 ルイは足の裏で小さな爆発を起こし、一足飛びで後ろに下がった。


「くそっ! いつのまに……」


 ルイが体勢を立て直し、斬りかかろうとした瞬間、魔物の姿が消える。

 驚愕して左右を見回すと、自分の真横にいることに気づく。


「そんな!」


 ルイが刀で防御するより速く、魔物の剣が振り下ろされた。

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