第264話 殴り込み

「準備はできたか?」


 フィリックスの言葉に、武器を持った男たちが「おうよ!」「いつでもいけるぜ」と応える。

 彼らがいるのは薄暗い地下街の広場。

 丸いベンチにフィリックスが座り、その周りを三十人ばかりの男女が取り囲んでいた。

 誰もが武器を持ち、興奮した様子でフィリックスを見る。

 クロイツベルクの地下街で暮らす彼らは、フィリックスをリーダーとして百人ほどのコミュニティを作っていた。


「これからツォーに殴り込みに行く! ヤツらはなにもかもを俺たちから奪い取っていきやがる。ここで決着をつけるしかねえ!!」


 周りにいた男たちから「おおーー!!」と歓声が上がり、女たちも武器をかかげて声を張り上げる。

 フィリックスは満足気に微笑み、酒瓶をあおって「ぷはぁー」と息をつく。

 腰のホルスターから拳銃を抜き、マジマジと見つめる。

 ドイツH&K社製の拳銃、『VP9』。フィリックスが警官だったころ使っていたオートマチックだ。

 銃を見ながらフッと笑みが零れる。警察官として働いていたのが、遠い昔のことのように思えたからだ。

 今はここにいる仲間を守ることが仕事。そう思い、銃をホルスターに戻す。


「さあ、行くぞ!」


 フィリックスは立ち上がり、仲間たちを引き連れ地下街の出口に向かった。

 もうベルリンにはフィリックスたちのコミュニティと、ツォー駅を拠点に活動するコミュニティしか存在しない。

 他の人間は全て魔物に殺されてしまった。

 フィリックスは歩きながら感慨にふける。本来なら二つのコミュニティは協力しながら生きていくべきだ。

 分かり切ってることなのに争い続けるなんて、バカにもほどがある。

 そんなことを考えながら、フィリックスは苦笑した。結局は自分も争うことしかできないバカな人間だと。


「フィリックス!」


 駆け寄って来たのはルイスだ。両親を魔物に殺され、孤児となった少年。

 フィリックスは「どうした?」と言って立ち止まる。


「僕も連れてってよ! みんなの助けになるからさ」


 フィリックスは困った顔でほほを掻き、しゃがんでルイスの頭を撫でる。


「お前はここに残れ。これは俺たちの仕事だ」

「で、でも、俺だって銃を持ってるし、ちゃんと戦えるよ!」

「だからこそだ。お前が一緒に来たら、ここにいる子供や爺さん婆さんを誰が守るんだ? 俺たちはすぐに戻ってこれねーんだぞ」

「それは……」


 ルイスはうつむいて黙ってしまう。

 それを見たフィリックスは立ち上がり、ポンポンとルイスの頭を叩く。


「頼んだぞ、ルイス! お前を信じてるからな」


 ルイスは渋々といった表情で頷く。

 フィリックスを含めた三十人の集団は、階段を登って地下街を出た。明るい日差が顔を照りつける。

 手でひさしを作り、目を細めたフィリックスは「久しぶりの太陽だな」と笑った。

 ヒビ割れた道路を進み、瓦礫の山を乗り越え周囲を見渡す。ツォー駅までは歩いて数十分という距離。

 それほど離れてはいないが、気をつけるべきは魔物との遭遇。

 しかし、最近は魔物が出てくることも少なくなった。、暮らすだけならなんとかなる。

 そう思っていたのだが――


「マ、マリオネットだ!!」


 男の叫びに、フィリックスはすぐ反応する。


「チッ! 出やがったか。全員、走れ!」

「「おう!」」


 三十人の男女はすぐに走り出す。フィリックスが振り返ると、道路の先で細い体躯の魔物がたたずんでいた。

 この地域ではよく出る魔物。それだけに対応は心得ていた。


「絶対に戦うなよ! あいつに銃は効かないからな」


 フィリックスが叫ぶと「ああ」「分かってるよ!」といった声が返ってくる。

 マリオネットは移動速度の速い魔物ではない。このまま逃げ切れる、フィリックスがそう考えた瞬間――


「ああっ!!」


 女性が前方を見て悲鳴を上げる。なんだ!? とフィリックスが視線を向けると、そこには五体のマリオネットが立っていた。


「なっ!?」


 フィリックスは足を止め、周りを見る。すると、さらに三体のマリオネットが左右から来ていた。

 ――囲まれてる! 

 全員が立ち止まり、魔物に銃口を向けた。


「こんなに出て来たのは初めてだぞ! どうするフィリックス!?」


 大柄な男の言葉に、フィリックスは苦虫を噛み潰したような顔になる。今までマリオネットに遭遇することはあっても、せいぜい二、三体程度。

 こんな集団で囲まれることはなかった。

 なんだ? なにかこの街で変化が起こってるのか? そんなことをフィリックスが考えていると、大柄な男ヴェルナーが声をかけてきた。


「フィリックス! 俺が後ろのマリオネットを抑え込む。その間に全員を連れて地下に戻れ!」

「バ、バカを言うな! そんなことしたら確実に死んじまうぞ!! 俺たちは探索者シーカーじゃないんだ」


 フィリックスは必死に止めようとするが、ヴェルナーは首を横に振る。


「このままじゃ、どっちみち全滅だ。俺一人で済むならそれでいい」

「ヴェルナー……」


 フィリックスはギリッと奥歯を噛みしめる。確かにそれ以外、方法はないかもしれない。だが、うまくいく保証もない。

 そうこうしているうちに、周りのマリオネットがこちらに向かって来た。


「考えてるひまはねえ! フィリックス、あとのことは頼んだぞ!」


 走り出すヴェルナーの背中を見て、フィリックスは「くそっ!」と吐き捨て、頭を振ってあとを追う。


「みんな行くぞ! なんとしても逃げ切るんだ!!」


 フィリックスに呼応するように、仲間たちも声を上げる。全員が後方にいるマリオネットに向かって走った。

 先頭を走るヴェルナーは持っていた小銃を撃ちまくる。だがマリオネットの鋼鉄の体には効かず、全て弾かれてしまう。


「くそったれ!」と言って、ヴェルナーは銃身を両手で握る。弾が効かないのであれば、銃などただの鈍器にすぎない。

 そう思ったヴェルナーは、銃を高々と振り上げた。


「うおおおおおおお!!」


 ヴェルナーは銃床の部分をマリオネットの頭に叩きつける。魔物はややグラつくものの、大したダメージは受けていない。

 全身鉄でできた魔物は、剣のような腕をゆらりと動かす。

 ヴェルナーは危険を感じて、咄嗟に体を引くが遅かった。薙ぎ払われた剣で腹が斬り裂かれ、真赤な鮮血がほとばしる。


「があっ!」

「ヴェルナー!!」


 フィリックスは全力で走り、ヴェルナーを助けに行く。

 何発もの銃弾をマリオネットに撃ち込むが、鉄の体には効かず、簡単に跳ね返されてしまった。

 ヴェルナーは痛みに顔を歪め、その場で膝をつく。

 ――くそっ! どうすれば……。

 絶望的な状況。もう助けられないのか、と思った時、フィリックスの顔の横をなにかが飛んで行く。

 ――なんだ!? 

 それは炎だった。舞い上がる炎が鳥のような形になり、まっすぐにマリオネットに向かっていく。

 ヴェルナーの真上を通って魔物にぶつかった瞬間、爆発を引き起こした。

 マリオネットはバラバラになって吹っ飛び、その衝撃でヴェルナーも飛ばされてしまう。

 フィリックスはうつ伏せに倒れたヴェルナーに駆け寄り、すぐに抱き起こした。


「大丈夫か!? ヴェルナー!」

「あ、ああ……俺は大丈夫だ。それよりなにが起こったんだ?」

「それはこっちが聞きたいよ」


 フィリックスが振り向いて辺りを見回すと、少し離れた瓦礫の上に、二人の男が立っていた。

 見たことのない顔。一人は剣を握り、もう一人はハンマーのような武器を持っている。


「あいつらが……やったのか?」

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