第263話 火魔法の進化

 刀を抜こうとした瞬間、後ろから悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ?」と思いルイが振り返ると、コンテナを開けていた男たちが、首から血を噴き出して倒れていた。

 そのかたわらには黒い人型の魔物が立っている。手足は細い剣のように伸び、顔のない無機質な容貌。


「あれは――」


 さっき倒した魔物と同じ姿。ルイは刀を抜き、魔物に向かって走り出す。

 すると別の場所からも悲鳴が聞こえてきた。

 足を止めて見渡すと、二十体近くの魔物が辺りを取り囲んでいた。全て同じ人型の魔物で、黒くて細い体躯を揺らしながら歩いてくる。


「おい! これって!?」


 悠真が叫ぶ。ルイは頷き下唇を噛んだ。大きな音を立てたせいで集まって来たんだろうが、こんなに接近されるまで気づかないなんて。

 魔物に気づいた男たちは悲鳴を上げ、オロオロと狼狽えるばかり。

 やはり探索者シーカーではないようだ。

 

「みんな下がって! 僕らが魔物の相手をします!!」


 ルイが「悠真!」と声をかけると、悠真は「おう!」と返し、持っていたピッケルを構える。

 二人は同時に走り出し、魔物に攻撃を仕掛けた。

 悠真の持つピッケルが緑色に輝く。魔物の手前で振り下ろすと爆発的な風が巻き起こり、二体の魔物を吹っ飛ばす。

 別の魔物が襲いかかって来るが、悠真は【風の障壁】でそれを防いだ。

 ピッケルに魔力を集め、"真空"の塊を作り出す。真空魔法を宿したピッケルで薙ぎ払えば、黒い魔物の体がえぐれ、バラバラに消し飛んだ。

 悠真は自分の力に自信を持つ。


「よし! 『金属化』しなくても充分戦えるぞ!」


 その様子を横目で見ていたルイは安心する。次は自分の番だと、刀を引いた。

 相手の攻撃を掻い潜り、返す刀で胴を薙ぐ。黒い魔物の腹は赤く溶解し、まっぷたつになった。

 ルイは地面に転がった魔物を見て、あること気づく。


「思い出した! こいつら『黒のダンジョン』に生息する、"マリオネット"っていう魔物だよ」

「マリオネット?」


 相手の攻撃を防ぎつつ、悠真は怪訝な顔をする。


「うん、人形みたいに決まった動きしかしないから、それほど強くないって聞いてたけど……ここにいる魔物はかなり強いよ!」

「やっぱり"強化種"ってヤツか!」


 悠真は目の前にいる魔物を払いのけ、ピッケルを構え直す。その時、また悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃああああああああ!!」


 男の一人が魔物に胸を貫かれ、断末魔の叫び声を上げていた。仲間たちが銃で応戦するが、弾は魔物の体に弾かれてまったく効いていない。


「まずいぞ! 全員殺されちまう!!」

「分かってる。僕が助けに行くよ!」


 ルイは体勢を低くして走り出す。悪人とはいえ、ドイツの状況を聞くには助けるしかない。

 ルイは魔物が見える場所で立ち止まり、

 舞い散った炎は形を成し、三匹の鳥に変わる。鳥は翼を広げ、滑空して敵に向かっていく。

 黒い魔物にぶつかった瞬間大爆発し、一瞬で三体の魔物をほふる。刀を下段に構えたまま、ルイは技の威力に目を細めた。


「火の第三階層魔法。――【飛燕ひえん】、実戦でも充分使えそうだ」


 手応えを感じたルイはさらに別の魔物に向かう。今度の"マリオネット"は全身から青い光を放っていた。

 水魔法を使える個体か。厄介だが、より強い火魔法をぶつければいいだけ。

 そう考えたルイは刀に激しい炎を灯した。相手が振るった手の攻撃をかわし、刀を上段に構える。

 炎はさらに燃え上がり、猛獣の顔となる。


「【獅子炎武ししえんぶ】!!」


 振るった剣から炎の獅子が現われ、マリオネットの肩に噛みつく。相手の水魔法を打ち破り、獅子は魔物の体を食い千切った。

 溶解しバラバラとなった魔物を他所よそに、炎の獅子は別の魔物に向かって走り出す。

 意表を突かれた魔物は回避することができず、獅子に噛みつかれ、燃えながら最後は大爆発して死んでしまう。

 それを見ていた悠真は目をパチクリさせて驚いた。


「おいおいおい、めちゃくちゃ強くなってんじゃねーか! 俺なんてまだ風の第二階層しか使えないのに……」


 悠真はガッカリした。風魔法で戦えるようになったことを喜んでいたのに、ルイは遥か先に行っている。

 探索者シーカーとしてルイに追いつける気がしない。

 そんなことを考えていると男たちが一目散に逃げ出そうとしている。魔物を倒したことで包囲網に穴ができたようだ。

 逃げようとした男の一人が叫ぶ。


「お、おい! こいつら探索者シーカーだ。。逃げるぞ!!」


 全員が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。悠真は「あ! ちょっと待て!」と追いかけようとしたが、ルイに制された。


「悠真、まずは魔物を倒すのが先だ! 追いかけるのは後にしよう」

「あ、ああ、そうだな」


 二人は協力し、残った魔物を討伐していった。


 ◇◇◇


「ふぅ~……、取りあえず片付いたな」


 悠真は千切れた魔物の腕を放り投げる。地面に落ちた瞬間、砂になって崩れた。

 サラサラと風に舞う砂を見つつ、悠真は誰もいなくなった路上を見て溜息をつく。


「やっぱり、逃げられちまったな。探すのも大変そうだ」


 刀を鞘に納めたルイも、「そうだね」と言って頷く。


「でも、人がいることは分かったから。地道に探して行こう」

「にしても、あいつら酷かったな。追剥おいはぎと変わらなかったぜ」

「仕方ないよ。生きていくだけでも大変だろうから。それより気になることを言ってたね」

「ああ、確かに」


 悠真は男たちの言葉を思い返す。『こいつら本当に探索者シーカーだ。』と、そんな風に言っていた。

 それはこの国に、もう探索者シーカーがいないことを意味する。

 しかし、そんなことがあるだろうか? と悠真は首を捻った。ドイツにも優秀な探索者シーカーは多くいるし、養成機関だってある。

 全員が死んだなど、到底信じられない。

 そんなことを考えていた時、地面に転がっている丸い玉に気づいた。


「これって……」


 悠真はしゃがんでその玉を手に取る。錆びたような茶褐色で、手触りはとてもザラザラしていた。


「マリオネットの"魔鉱石"か! でも、なんか汚ったないな」


 相手が『黒のダンジョン』の魔物なら、悠真は討伐したあと100%ドロップさせることができる。

 普段なら気にせず口に放り込むところだが、見た目が汚いため躊躇ためらってしまう。


「なあ、このマリオネットの魔鉱石って、どんな効果があるか知ってるか?」


 悠真が尋ねると、ルイは「う~ん」と考え込む。


「魔鉱石については詳しくないけど……確か『体毛がちょっと早く伸びる』、じゃなかったかな。おもしろい効能なんで記憶に残ってるよ」

「なんだそれ! いらん、いらん。そんな魔鉱石」


 悠真は錆びた鉄の玉を放り投げ、立ち上がってパンパンと手をはたく。

 他にもいくつか玉は落ちているようだったが、悠真は気にせず、ルイと共に銃撃を受けたトラックの状態を調べた。まだ動くことを確認してからコンテナの扉を閉め、二人はトラックに乗り込む。

 ルイはエンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


「もうすぐ日が沈むから、寝る所を探さないとね」

「ああ、そうだな」


 普段ならトラックを路肩に止め、車内で寝ていたが、ここで同じことをすれば魔物に襲われるだろう。

 二人は人を探しつつ、今夜寝る場所を見つけることにした。

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