第262話 黒の【強化種】

「くっ!」


 ルイは刀で炎を払い、一歩飛び退いて態勢を立て直す。黒い魔物はゆらりとこちらを向いた。


「風と火の魔法を使うなんて……この魔物は一体……!?」


 通常、魔物が自分の属性と違う魔法を使うことは有り得ない。

 もし例外があるとすれば……"強化種"か!? ルイは刀を構え、相手の右側へと足を運ぶ。

 魔物もタンッと地面を蹴り、凄まじい速さで突進してきた。

 ルイも地面を蹴って前に出る。炎の刀と魔物の腕が交錯すると、キンッと高い音が鳴って互いに弾かれる。

 ルイは【灼熱刀・零式】を下段に構え直し、より激しい炎を流す。

 火の魔力が増えたことで、今までより強力な炎が刀に走った。黒い魔物も、自分の剣のような腕に"風"と"火"の魔力を込める。

 右腕には風が渦巻き、左腕には炎が揺らめく。

 ルイは慌てることなく腰を落とした。一瞬の静寂。互いに動かず、一気呵成に攻め込む瞬間を待つ。

 ジリジリとした空気の中、先に動いたのは黒い魔物だった。

 まっすぐルイに向かい、風を纏った腕を突き出してくる。ルイも応じ、炎の斬撃が弧を描いた。

 鳴り響く衝撃音。

 互いの動きが止まり、少し間を置いてなにかが落ちてきた。

 細い刃物のようなもの。それは黒い魔物の腕だった。ルイの一撃によって両腕とも切断され、宙に舞っていたのだ。

 魔物は不思議そうに自分の腕を見る。ルイは灼熱刀を振り上げた。


「終わりだ」


 振り下ろされた炎剣は魔物の頭を斬り裂き、そのまま体もまっぷたつにする。

 地面に着いた刀は大地を爆発させ、噴き上がった炎の間欠泉は、魔物を跡形もなく消し飛ばした。

 ルイは刀を一度振ってからさやに納める。


「ふぅ……なんとか倒せた」


 ルイが一息つくと、少し離れた場所から「お~い」という声が聞こえてきた。悠真も無事だったようだ。


「いや~すげー遠くまで飛ばされたよ。なんなんだ? そいつ」


 悠真は砂になった魔物の残骸を見る。


「たぶん"強化種"だと思う」

「強化種? 強化種って……別の魔物の魔宝石を食って強くなったってヤツか?」

「うん、普通は同じダンジョンの魔宝石を食べるんだけど、今は魔物が地上に出てるからね。他のダンジョンの魔物を捕食したんじゃないかな」


 足元にあった砂は風にさらわれ、少しづつ消えていった。


「まさか、こんなのがウヨウヨいるんじゃねえだろーな」


 悠真が不安そうに言う。


「強化種はまれにしか生まれないって聞くけど、今は世界中がこんなだからね。普通じゃない魔物が出てきてもおかしくないよ」

「マジかよ。だとしたらドイツが壊滅状態になった理由って……」

「うん、魔物の"強化種"が関係してるのかもしれない。それを知るためにも、早く人を見つけて話を聞かないと」

「そうだな」


 悠真とルイは再びトラックに乗り込み、その場をあとにした。


 ◇◇◇


「ハァ……ハァ……」


 小さな足が裏路地を駆ける。今にも崩れ落ちそうなボロボロの階段を下り、日の当たらない地下街に入った。

 しばらく走ると見知った顔が声をかけてくる。


「おう、どうしたルイス? そんなに慌てて」

「ごめん、ポールさん。急いで報告しなきゃいけないことがあるんだ!」


 少年はそのまま構内を走り抜け、古びたドアの前に立つ。

 呼吸を整えてからドアノブを回すと、薄暗い部屋の中には一人の男がいた。酒瓶を抱いたままソファーに座り、目を閉じて眠っている。


「フィリックス! 起きて、大変なんだ!」

「……ん、ああ? なんだ、ルイスか」


 フィリックスは気だるそうに瞼を開き、無精髭ぶしょうひげの生えたアゴをボリボリと掻く。


「なんだじゃないよ! 見たことない男に追いかけられたんだ! 怖くなって思わず撃っちゃたけど……」

「男だあ? ツォーの連中か」

「分からない……でも仲間がいたっぽいから、報復に来るかもしれないよ」


 フィリックスは口の端を吊り上げる。


「ハッ、上等だ! こっちも仲間が殺されてんだ。連中とはいずれ決着をつけるつもりだったからな、丁度いい」


 ふらりとソファーから起き上がったフィリックスは、おぼつかない足で扉の前まで行き、ノブを回して外に出る。

 浮浪者のような人間が構内には多くたむろしており、全員がフィリックスに視線を向ける。


「ツォーの連中が攻めて来るぞ! 迎え撃つ準備をしろ!!」


 フィリックスの言葉にその場にいた者たちは顔を上気させ、「いよいよか!」「やってやる!!」と勇ましい声を上げた。


 ◇◇◇


 悠真とルイを乗せたトラックはベルリンの市街地に入っていた。

 少し大きな通りに出たので、二人は辺りを見回し、人がいないか注意深く探していた。


「やっぱり、いねえなー。どこかに隠れてるってことか?」

「だろうね。魔物が歩き回ってるのは間違いなさそうだし、安全を考えたら堂々と外には出れないよ」

「うーん……確かにそうだな」


 困った顔をする悠真を横目に、ルイはハンドルを右に切る。その時――乾いた音が何度も鳴り響き、フロントガラスにヒビが入った。


「え!? なんだこれ?」

「悠真、伏せて! 銃撃だ!!」

「ええっ!?」


 ルイはトラックを急停止させようとしたが、その前に凄まじい衝撃が走る。

 割れたフロントガラスから外を見れば、目の前の道路が爆破され、モクモクと煙を上げていた。

 ルイはトラックを止め、悠真と共に急いで車外に出る。

 周囲を見渡すと、十人ばかりの男たちが銃器を構え立っていた。


「やっと人は見つかったけど……なんかヤバい雰囲気だな」


 悠真は戸惑った顔で男たちを見る。ルイはイヤホン型の翻訳機を耳につけ、正面にいる男に話しかける。


「聞いて下さい! 僕たちは敵じゃありません。魔物を倒しに来た探索者シーカーです。責任者と話をさせてくれませんか?」


 ルイの言葉に、正面にいた男は「ハン」と軽く笑う。


「なに言ってっか分かんねーな。外人か? まあいい、もらえるもんもらえればな」


 男は拳銃を構えながら近づいて来る。他の男たちは小銃を手にし、よどんだ目でこちらを見ていた。

 ルイは視線を動かす。男たちの年齢は二十代から四十代。着ている服は薄汚れ、肌も黒ずんでいた。この辺りの自警団か? それとも――

 ルイが判断しかねていると、後ろから声が聞こえてきた。


「おい、見ろよ! 食料が積んであるぞ!!」


 振り返ると、コンテナの扉を勝手に開けている男がいた。

 他の男たちも「マジか!」「本当に食料なのか!?」と色めき立つ。ルイは正面の男に向き直り、

「食料は持っていって構いません。その代わりドイツの現状を教えてくれませんか? この国に来たばかりで、なにも分からないので」と落ち着いた口調で言った。

 しかし相手はイヤホンをしていない。こちらの言葉が通じないようだ。

 ルイはスマホの翻訳機能を使って会話しようかと考えたが、その前に相手の言葉が聞こえてきた。


「こいつらどうする? 地下街の連中とは関係なさそうだが……」

「まあ、殺しても特に問題ないだろう。やっちまおうぜ」


 物騒な会話を聞き、ルイは悠真を見る。悠真はコクリと頷き、持っていたピッケルを構えた。

 ――戦うしかないか……加減ができればいいけど。

 ルイは灼熱刀のに手をかけた。

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