第261話 最初の魔物

 ルイはトラックを路肩に止め、車外に出てすぐに悠真のあとを追った。

 裏路地を通り抜け、辺りを見回しながら走っていると、突然パンッという破裂音を耳にする。


「え? 今のって……銃声!?」


 ルイは悪い予感がしたため、「悠真!」と大声を出しながら足を速める。

 しばらく走ると、古い倉庫のような建物が見えてきた。その倉庫の入口前に誰かが倒れている。

 ルイの表情から血の気が引く。


「悠真!! どうしたんだ!?」


 すぐに駆け寄り、倒れている悠真を抱き起す。全身に力は入っておらず、腕がだらりと垂れる。

 悠真が魔物にやられるはずがない。そう思ったルイだったが、悠真のひたいの傷を見てハッとする。


「これは……銃弾の痕。まさか、誰かに撃たれたのか!?」


 周囲を見るが人の気配はない。ルイは改めて悠真を見る。

 この程度の傷なら悠真の回復魔法で治せるはずだ。でも撃たれている場所がマズい。

 ルイはグッと臍を噛む。頭を撃たれて意識を失っている。

 意識がなければ魔法は使えない。悠真の左手首を触り、脈を確認する。かすかに動いていたが、どんどん弱くなっている。

 最悪だ。このままだと悠真が死んでしまう。

 この世界で【魔物の王】を倒せるのは悠真しかいないのに。楓を治せる可能性があるのも悠真しかいないのに。

 それなのに、こんなあっさり死んでしまうのか!?

 こんなことで……こんなことで!!

 ルイはなにもできない自分に絶望した。その時――

 ドクン、と手首の脈が大きく跳ねる。悠真の体がカタカタと痙攣し始め、胸がビクンッと動いた。


「な、なんだ!?」


 ルイは突然のことに動揺する。「悠真!」と呼びかけるも返答はなく、ただ異常な状況を見ているしかない。

 激しく痙攣する悠真の体を支えていると、ひたいの傷口から血が噴き出し、銃創じゅうそうから、

 ルイは驚愕して目を見開く。出てきたのは黒くひしゃげた金属のような物。


「これって……まさか銃弾!?」


 悠真の頭から出てきた銃弾は、ポロリと地面に落ちた。ルイはなにが起こったのか分からず、ただ困惑するばかり。

 さらに悠真の体に異変が起こる。頭の傷口から肉が盛り上がり、穴を塞いでいく。

 血も完全に止まった。目の前で信じられない事態が発生したが、ルイはこの出来事に見覚えがあった。


「これは……【深層の魔物】が使う再生能力! だとしたら白の魔宝石による"回復魔法"の第三階層って……」


 ルイが考え込んでいると、悠真が「んん……」とうめいて目を覚ました。

 顔をしかめ、頭を押さえたままルイに目を向ける。


「なんだ? どう……したんだ、俺……」

「悠真、大丈夫!? 頭を大怪我してるんだよ!」

「そう……なのか?」


 なにがなんだか分からない悠真だったが、頭部に激痛が走り「痛っつ!」と言って顔を歪める。


「血は止まってるけど、まだ完全に治ってないんだ。回復魔法を使った方がいいよ」

「ああ……そうだな。やってみる」


 悠真は右手に魔力を集め、回復魔法を発動した。手から光が溢れ、頭部を優しく包み込む。

 痛みは徐々に和らぎ、頭の傷は完全になくなってしまった。


「ふぅ~、もう大丈夫だ」


 悠真はゆっくりと立ち上がり、パンパンとお尻や腕を払う。


「一体なにがあったの悠真? 銃で頭を撃たれたみたいだけど」

「ああ、それは……」


 悠真は倉庫で出会った少年のことを話した。酷く怯えた男の子で、銃を持っていたこと。発砲したあとどこかに走り去ってしまったことなど。


「子供だと思って油断したよ。まさか銃を持ってたなんて」

「でも助かって良かったよ。死んでてもおかしくない傷だったからね」


 ルイの言葉に、悠真は怪訝な顔をする。


「それだけど……どうして俺は助かったんだ? ひたいを撃たれてたんだろ?」


 悠真は自分の頭を触りながらルイに尋ねる。今度はルイが説明する番だった。

 ルイはなんとも言えない表情で自分が見たことを悠真に話す。


「え!? 再生した? 自動的に?」

「うん、僕にはそう見えたよ。【深層の魔物】と同じ能力だと思う」


 悠真はサーと青い顔になっていく。


「おい、待ってくれよ! どんどん人から離れていくじゃねーか!!」


 困惑する悠真を見て、「まあ、今更感はあるけどね」とルイは苦笑する。


「ただ再生したと言っても、完璧に治った訳じゃなかったからね。魔物ほど強力に治せないのかもしれない。もし、もっと大きな怪我だったら……」

「……即死だったかもしれねーってことか」

「うん、その可能性はあると思う」


 二人は深刻な表情で考え込む。

 どれくらいの怪我なら問題なく再生するのか、あるいはどれくらいの時間で再生して動けるようになるのか、分からないことはまだまだあった。

 しかし、わざわざ怪我を負って調べる訳にもいかない。


「まあいいや。取りあえず【再生能力】について考えるのは後回しにして、いなくなった子供を探そうぜ」

「そうだね。子供がいるんなら、他にも人がいるかもしれないし」


 悠真とルイは周囲を調べたあと、トラックに戻って街を回ることにした。

 もしコミュニティーがあるなら政府関係者の生きているかもしれない。その人たちが【白の魔宝石】を保管している可能性は充分ある。

 わずかな希望ではあるが、悠真たちはその可能性にかけることにした。

 そして街を回ること一時間。出会ったのは――


「……ようやく出てきやがった!」

「うん、やっぱりいたね」


 ルイはブレーキを踏み、トラックを停止させる。道の真ん中に出てきたのは人ではない。

 黒く細身の体形。遠目なら人に見えるが、間違いなく魔物だ。

 ドイツに来て初めて出会った魔物。悠真たちはトラックから降り、慎重に近づいて行く。

 目の前にいる魔物は黒い金属のような体で、手や足は細い剣のように伸びており、顔はのっぺりとしていて、目や鼻、口などはない。


「黒のダンジョンの魔物かな?」

「そう見えるけど……ドイツに黒のダンジョンってあるのか?」

「確かあったはずだよ。それほど深くはなかったと思うけど……」


 悠真は「まあいいや」と言ってピッケルを構える。


「取りあえずぶっ倒して先に進もう」

「そうだね」


 ルイもさやから刀を抜く。どれほどの強さや能力があるか分からないが、二人がかりで倒せないなど有り得ない。

 そう思った悠真が仕掛ける。一気に突っ込んでピッケルを振り上げた。


「喰らえ!!」


 風が集まり、そこから雲散して"真空"を作り出す。今では自在に使いこなせるようになった"真空魔法"。

 一撃で倒せるとたかくくっていた悠真だが、魔物は軽やかに攻撃をかわした。


「なっ!?」


 クルクルとダンスを踊るように回り、右手の先を悠真に向けた。その瞬間、風が吹き荒れ悠真を吹っ飛ばす。


「うわあああああ!」


 風の障壁でガードするも、悠真はそのまま飛ばされてしまう。


「悠真!!」


 ルイが前に出ると、今度は左手を向けてくる。次の瞬間、腕の先から炎がほとばしり、渦巻く業火がルイを飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る