第198話 一時の休息

 アイシャの言葉に、部屋は一瞬静寂に包まれる。

 ややあって口を開いたのはルイだった。


「……確かに、世界各国が保有している"魔宝石"がもらえるなら、一番早いでしょうけど。そんなことできるでしょうか?」


 全員が同じことを思った。世界中が混乱の坩堝るつぼと化している中、魔宝石は自国防衛のために使える"兵器"に等しい。

 それを簡単に譲ってくれるなど、とても考えられなかった。


「交渉次第だろうね。その辺は、君の仕事じゃないのかい?」


 アイシャは芹沢を見る。


「そ、そうですね。条件次第では可能かもしれません」

「本当ですか!?」


 悠真が前のめりに聞く。しかし、芹沢は咳払いして言葉を濁した。


「私一人の判断ではできませんので……上に報告しなければ」

「そう、ですよね」


 悠真は浮かせた腰を下ろし、俯いて黙り込んだ。そんな国際的なことを、簡単に決められるはずがない。

 思いのほか落ち込んでいる悠真を見て、芹沢は慌てて言葉を継いだ。


「私は総理とのパイプもありますので、安心して下さい。なんとか説得してみます。その間、三鷹さんはご家族と一緒に過ごされてはどうでしょう? ご自宅は一部損壊したと聞いています。政府が住居を用意しますので、そちらで……」


 芹沢の話を聞き、悠真は少しだけ安心する。

 今は自分の力でどうすることもできない。悠真は芹沢の言う通り、大人しく待つことにした。


 ◇◇◇


 都内某所。竜の攻撃を免れたマンションに、悠真は両親と来ていた。


「もう、本当に良かったわ。家族が全員無事で、一時はどうなるかと思ったもの」


 母親がドアの鍵を開け、部屋へと入る。母親に続いて父親に悠真、そして――


「ほら、行くぞマメゾウ」

「わんっ!」


 リードを引くと、愛犬は嬉しそうに鳴き声を上げた。

 全員で中に入り、政府が用意してくれた住居を確認していく。家具や家電は備え付けで、壁や床はとても綺麗だった。


「いい所だな。家に帰れるまでは問題なく過ごせそうだ」


 父親も気に入ったようで、満足そうに頷く。

 悠真たちはリビングに置かれたソファーに座り、話し合うことにした。

 足を拭いたマメゾウを抱きかかえ、悠真は何度も撫でて自分の膝に寝かせる。久しぶりに感じる癒しの時間だ。

 マメゾウは気持ちよさそうに目を閉じ、お腹を見せている。


「お前はいいな、悩みがなさそうで……」


 マメゾウのアゴを触りながら悠真がつぶやく。

 両親は互いに顔を見交わした。しばらくして、気を使うように父親が切り出す。


「悠真、楓ちゃんのこと……残念だったな。私たちも聞いてビックリしたんだ」

「ああ、うん」


 悠真は曖昧に答える。楓が生き返るかもしれないなど、両親に言えるはずもない。


「楓ちゃんね。悠真がいなくなった時、私たちを心配して来てくれたんだよ。本当にいい子だよ」


 母親の話に、悠真は顔を上げた。


「楓が来てたの?」

「そうよ。警察が家に来たり、悠真を批判する記事が出たりして大変だった頃、楓ちゃんが色々教えてくれてね。それなのに死んじゃうなんて……」


 母親は居た堪れない表情で俯く。


「悠真は、楓ちゃんがどうして死んだか知ってるの? あなたが入院した時は、元気にお見舞いに来てくれてたのよ」

「いや、俺もよく知らなくて」

「そう……どうして突然、あんな若い子が」


 そう言った切り、母は口をつぐむ。部屋に静寂が訪れた。

 しばらくして、話始めたのは父だった。


「悠真、私は信じていないが、マスコミが言ってた話は本当なのか? お前が怪物のような姿になると言うのは。探索者になったことと、なにか関係あるのか?」


 当然、聞かれると思っていた。なんと答えようか迷っていたが、あまり嘘をついても仕方ないと、悠真は腹をくくる。


「うん、変わった魔法が使えるようになったんだ。それが珍しかったみたいで、周りの人を驚かせちゃって……もう誤解は解けたから大丈夫だよ」

「そう……か」


 父親は複雑な表情になる。それ以上、なんと言っていいか分からないようだ。

 悠真は視線を落とし、マメゾウの白いお腹を撫でる。

 もう心配をかけたくないが、まだやらなければならないことがある。なんとしても楓は助けなくてはいけない。

 例えどんな犠牲を払おうとも、楓だけは――


 ◇◇◇


 悠真は再び芹沢に呼ばれ、首相官邸に来ていた。

 建物の一部は破損しているが、おおむね機能は維持しているようだ。


「行くぞ、悠真」

「はい」


 今回も神崎が同席してくれることになった。正面玄関に止めたジープから降り、悠真と神崎は首相官邸のガラス扉をくぐってエントランスホールに入る。

 そして――


「悠真」


 先に来ていたルイが、スーツ姿で駆け寄ってくる。

 楓に関することでもあるため、ルイも一緒に話を聞くことになっていた。

 そんなルイの姿を見て、悠真と神崎は自分の格好に目を向ける。

 グレーのストライプスーツをパリッと着こなしたルイに対し、悠真たちはいつも通りの私服姿。

 神崎はデニムに革ジャン、悠真に至ってはパーカーだ。

 二人が互いの顔を見交わすと、ルイが「どうかしたの?」と聞いてきた。

 悠真は「いや、別に」とだけ答え、まあ、いいかと気にしないことにした。三人は職員に案内され、連れ立って会議室まで足を運ぶ。

 室内の椅子に腰かけ、しばらく待っていると芹沢が入ってきた。


「お待たせしました」


 高そうなブランドスーツで身を固めた芹沢は黒いファイルを持ち、テーブルの対面に座る。

 三人は緊張した面持ちになり、息を飲んで芹沢が話すのを待った。


「結論から申し上げますと、各国との交渉……なんとかなりそうです」

「本当ですか!?」


 悠真がテーブルに手をつき、腰を浮かせる。

 それが本当なら、楓を助けることができるかもしれない。芹沢はファイルを開き、資料を見ながら説明する。


「日本が【赤の王】を撃退したことが、徐々に世界に広まっているようです。各国から情報提供と応援要請が来ています。魔宝石との交換を条件に受ければ、向こうも嫌とは言わないでしょう。これも三鷹さんの功績かと」

「そうなんですか?」


 あまり実感はないが、【赤の王】を倒したことで世界中に大きな影響を与えているようだ。

 魔物を倒すことで"白の魔宝石"が大量に手に入るなら、願ってもない。


「俺、やります! どの国へ行けばいいんですか!?」


 芹沢は頷き、資料に目を落とす。


「現在、交渉している国の中で、もっとも多い魔宝石の量を提示してきたのはインドです」

「インド……」


 悠真が拳を握り込み、決意を固めようとした時、隣にいたルイが声を上げる。


「インドってことは、まさか――」


 芹沢は首肯し、まっすぐに悠真を見た。


「【緑の王】の討伐と、世界最大の【緑のダンジョン】の攻略。この二つが条件になります」

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