第224話 悠真の処遇

 悠真はもっと"火魔法"を試してみることにした。

 まだまだ大量に向かってくる魔物の群れ。悠真は右手の平に意識を集中させる。

 手の平に炎が渦巻き、バスケットボールぐらいの火球ができた。悠真はその火球を魔物に向かって投げつける。

 地面にぶつかると途轍とてつもない爆発が起こり、周囲の魔物を吹き飛ばした。


『……ハハ、すげーな。これ』


 悠真は呆気に取られるものの、この力なら魔物の大群を相手にできると確信する。

 数十体の羽虫が上空から向かってくるが、悠真は全身から炎を噴き出し、何十メートルもの火柱を作り出す。

 羽虫は火柱に飛び込み、ことごとく死んでいった。

 バッタや蜘蛛のような魔物も雪崩れ込んできたが、悠真は両手を横に振る。左右に炎の壁がそびえ立ち、魔物のゆく手をはばんだ。

 炎に触れた魔物は火だるまとなり、何者も"壁"を突破できない。


『火魔法が自在に使えるとこんなに気持ちいいのか!』


 悠真は手を頭上にかかげる。炎が噴き出し、上空で"炎の龍"へと形を変えた。

 龍はとぐろを巻きながら、上へ上へと昇り、そこから一気に下降する。地上に降り立つと大地を蛇行し、触れるもの全てを爆発させていく。

 気づけば辺りは燃え上がり、大規模な山火事になっていた。


 ◇◇◇


「これで全員か?」


 アサガッドの町に逃げて来たダーシャたちインドの探索者シーカーは、避難所である大学へと集まっていた。


「姉さん、被害はほとんどないみたい。探索者シーカーたちは全員避難できたと思う」


 カイラの言葉に、ダーシャは「そう、良かった」と安堵の息を漏らす。

 そんな中、インドの探索者シーカーの一人が声を上げた。


「み、見ろ! 山が燃えてるぞ!!」


 その声を聞いてダーシャたちは建物の外に出る。サッダーサンプールの方角を見れば、確かに空が赤く染まっていた。


「どうして……誰かが火魔法を使ったのか?」


 ダーシャがいぶかしんでいると、道の先から天沢と天王寺が来るのが見えた。特に慌てる様子もなく、平然と歩いてくる。

 ダーシャは二人に歩み寄り、声をかけた。

 

「無事だったか……君たちのおかげで全員脱出できたよ。感謝する」


 謝意を述べたダーシャに対し、明人は「かまへん、かまへん。うまく逃げられたんなら良かったで」と軽く返した。


「君たちもケガが無くてなによりだ。ところで――」


 ダーシャが山を指差すと、明人は「ん?」と視線を向ける。


「あの山火事は君たちがやったのか?」


 ダーシャの指摘に、明人は「ああ~そうやな……ルイが燃やしとったな」とルイに話を振った。

 急に水を向けられたルイはシドロモドロになりながら、


「え、ええ、皆さんが逃げる時間を稼ごうと思って……ちょっと大きくなりすぎたみたいですけど」


 ハハハと笑ったルイだったが、顔は引きつっていた。


「素晴らしい!」

「「え?」」


 ダーシャの称賛に、二人の声が重なる。


「君たちのおかげで魔物の追撃がかわせたようだ。本当にありがとう」

「い、いえ……」


 ダーシャから手放しの賛辞を受け、ルイはかしこまった。やってるのは悠真であって、自分ではないからだ。


「にしても山全部、燃やすとはな……ちょっとやりすぎなんちゃうか?」


 明人が小声でルイに話しかける。


「うん、でもそのおかげで一匹も魔物が来てないからね。悠真が完全に食い止めてくれたんだよ」


 ルイと明人は山から魔物が来ることを警戒し、インドの探索者シーカーが逃げたあとも山道に待機していた。

 だが魔物がやって来ることはなく、二人は山道を離れ、今ここにいる。

 全員の無事が確認されると、すぐに野営が敷かれることになり、ダーシャたちは魔物を警戒しつつ、朝を待つことにした。


 ◇◇◇


 日が昇り始めた頃、アサガッドに向かう人影があった。


「う~疲れた……」


 調子に乗って暴れ回っていた悠真だったが、山の中腹で『金属化』の効果が切れてしまった。魔物は全滅したものの、辺りは火の海。

 悠真は必死に山火事から逃げ、山中を彷徨さまよったあげく、やっと山を下りて目的の町『アサガッド』に辿りついた。

 顔や服をすすだらけにしながら、「水~」と言って町に入る。

 ちょうどその時、数人の探索者シーカーを引きつれたカイラに出会う。


「なんだお前、まだいたのか?」


 カイラは立ち止まって、さげすむように悠真を見る。


「いや、おれも命からがら山を下りてきたんだよ。水をくれないか、水を」


 それを聞いたカイラは「チッ」と舌打ちをする。


「姿が見えないからとっくに逃げたと思っていたが……お前のように力のない者がいると迷惑だ。車を用意するからカタックまで戻れ」

「ええ!? いやいや、俺も戦うよ。そのためにここまで来たんだから」


 こんな所で帰らされたら大変だ。と悠真が慌てふためいていると、向こうからルイと明人がやってきた。


「おい、悠真。やっと戻って来たか。遅すぎるで」

「大丈夫? ボロボロじゃないか」


 二人に会って悠真はホッと息をつく。


「ああ、大丈夫。だけど滅茶苦茶疲れたよ」


 ルイと明人に連れられ、悠真は避難所になっている大学校舎へと足を向けた。そんな三人の姿を、カイラは眉を寄せて見送る。

 探索者シーカーたちを引き連れ、大学の別棟へと向かった。


 ◇◇◇


「姉さん! あの魔法がまともに使えない男を、なんで追い返さないの!?」


 ダーシャがいる執務室に入るなり、カイラは机を叩いて大声を上げた。机で資料を見ていたダーシャは「なんだ、いきなり?」と目をしばたかせる。


「この最前線に集まる探索者シーカーは実力のある者だけにする。そう決めたのは姉さんでしょ!? あんなヤツをダンジョンに連れていったら、真っ先に死ぬわ!」


 どなり散らすカイラに、ダーシャはフフと笑みを零す。


「相変わらず優しいな、カイラは。そんなにあの男が心配か?」

「そ、そんなんじゃないわよ! ただ死ぬと分かってるのに、なにもしないのは気分が悪いの!」


 ダーシャは数枚の資料を整え、机の引き出しにしまう。フゥーと息を吐いたあと、睨んでくるカイラと視線を合わせる。


「彼……三鷹悠真に関しては、ダンジョンに入ってもらうことにしたよ」

「え? どうして!?」


 カイラは信じられないとばかりに目を見開く。


「天沢と天王寺の進言があってね。彼は役に立つから連れて行くと言うんだ。あの二人にそう言われては無下にできないからね」

「で、でも……」


 ダーシャは椅子から立ち上がり、窓の外を覗く。難を逃れた探索者シーカーたちが、態勢を立て直すため準備を始めていた。


「もしダンジョンで死んだとしても、気にする必要はない」


 ダーシャは振り返ってカイラを見る。


「しょせん、よそ者なんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る